第8話 初めての罠

昼の陽射しが村の屋根を照らしていた。

木柵の間から穏やかな風が抜け、草の匂いが漂う。

トモヤたちは三人で、村のはずれを歩いていた。


「罠を教えてくれる人、いるのか?」

トモヤが尋ねると、サナが頷いた。


「はい。トマスさんっていう人がいます。前に薪を分けてもらったことがあって、とてもいい人ですよ。」


ユキは前を歩きながら、ちらりとトモヤを振り返った。

「おじさん、ちゃんとついてきてよ。森のほう行くから足場悪いよ。」


「わかってるよ。」

そう言いながらも、トモヤは慎重に歩いた。まだ完全に体力が戻っていないのを、自分でも感じていた。


やがて、木壁の歪んだ小屋が見えてきた。屋根は苔むし、入り口の前には古い罠がいくつも吊るされている。

サナが軽く戸を叩くと、中からしわがれた声が返った。


「誰だ?」


「サナです。トマスさん、少し教えてほしいことがあって。」


「おう、入りな。」


中から現れたのは、灰色の髭を蓄えた小柄な老人だった。

片手に縄、もう片方の手には削りかけの枝を持っている。

その目は鋭く、けれどどこか穏やかだった。


「見ねえ顔だな。新入りか?」

トモヤに視線を向けながら、トマスが言った。


「はい。……最近、森の近くで倒れてたんです。助けてもらいました。」


「そうか。まぁ、理由はどうあれ腹が減るのは皆同じだ。少し教えてやる。」


トマスはそう言うと、笑いながら外に出た。

手に持っていた枝と縄を地面に置き、しゃがみ込む。

乾いた枝を交差させ、縄を器用にねじっていく。

その動きは迷いがなく、まるで呼吸するように自然だった。


「罠はな、獲物の通り道を読むのが先だ。見えない足跡を探すんだ。」


トモヤは隣にしゃがみ込み、真剣に見つめる。

枝の角度、縄の張り具合、仕掛ける深さ――すべてが理にかなっていた。

ユキは腕を組んだまま、それを静かに観察している。


「ねぇ、それ、ウサギが引っかかるの?」

ユキの問いに、トマスは口元を緩めた。


「うまくいきゃな。だが下手すりゃ風で壊れる。だから何度もやるんだ。」


「へぇ……地味。」


「地味なもんほど大事だ。」

トマスは笑いながら、縄をユキの手に渡した。

「お嬢ちゃんもやってみな。」


ユキは少し戸惑いながらも、手を動かした。

指先で縄を結ぶ動きはぎこちないが、真剣だった。

その隣で、トモヤも同じように枝を組む。サナは二人を見守りながら、時折アドバイスを口にした。


日が傾き始める頃には、なんとか形になった罠が三つ完成していた。

トマスの指導のもと、三人は村の外れの草むらにそれを仕掛ける。


「ここなら通るかもしれねぇ。あとは運しだいだ。」


トマスが立ち上がると、腰を軽く伸ばした。

サナが丁寧に頭を下げる。


「本当にありがとうございます、トマスさん。」


「礼なんざいらん。腹が減っちゃ動けねぇからな。明日、様子を見に来い。」


「はい。」


三人が帰り道につく頃には、空が赤く染まり始めていた。

ユキが肩に手を当てて息をつく。


「おじさん、けっこう器用だったじゃん。」


「いや、ほとんどトマスさんのおかげだよ。」


「ふーん。でも悪くなかったよ。」


そう言って、ユキは軽く笑った。

サナもその横で、穏やかな表情を浮かべている。


トモヤは二人の後ろ姿を見ながら、胸の奥に小さな満足感を覚えた。

一日動いただけで体は重かったが、それでも心地よい疲労だった。

ほんの少しだけ、自分もこの世界で“役に立てた”気がした。


夕暮れの風が、森のほうから吹き抜けてくる。

罠を仕掛けた草むらの方角に目を向けながら、トモヤは静かに息を吐いた。

その呼吸の音に、どこか確かな生の実感が宿っていた。

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