第9話 静かな夜

夜の村は、静かだった。

外では風の音がかすかに流れ、木の壁が時折きしむ。

部屋の中は薄暗く、月の光が窓から細く差し込んでいる。


トモヤは目を覚ました。

眠れないというより、考えごとが頭の中で渦を巻いていた。

あの森で倒れてからここまでの出来事を、どうしても整理できない。


(……この世界が“異世界”なんだとしたら、俺にも何かあるのか?)


ベッドの上で身を起こし、周囲を確かめる。

隣の部屋からは、サナとユキの寝息が微かに聞こえてくる。

トモヤは小さく息を吸い、ためらいながら言葉を口にした。


「……ステータスオープン」


何も起きない。

手を前に出してみても、光も文字も現れない。

もう一度、心の中で念じる。

――やはり、何も変わらない。


(やっぱり、俺にはないのか)


ほんの少し、胸の奥が沈んだ。

サナには〈応急処置〉というスキルがある。

彼女の手に救われたのは一度や二度ではない。

一方で、ユキには――まだよくわからない。

彼女はあまり自分のことを話さない。

けれど、その落ち着きと身のこなしには、どこか違和感があった。

ただの少女には見えない瞬間が、時々ある。


(俺だけが、本当に“何もない”のか)


その考えが頭を離れず、トモヤは小さく息を吐いた。

喘息の発作も、まだ完全には治っていない。

薬も医者もないこの世界で、何ができるというのか。


(年の離れた女の子が二人と、おっさん一人……冷静に考えたら、だいぶおかしいよな)


少し笑ってしまう。

だが、その笑いはすぐに消えた。

彼女たちがいなければ、自分はもうここにはいなかった。

助けられた。その事実だけは変わらない。


布団に戻り、目を閉じる。

月明かりが天井を照らし、木の節の影がゆらめく。

焦りと安心が胸の中でせめぎ合う。

“何もない”自分でも、生きている――それだけが今の現実だった。


眠りに落ちる直前、ふと頭の奥で言葉がよぎった。


(俺は……なぜここにいる?)

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