第十話:終点行きの和入道

琺瑯時ほうろうじさん……すっませんっす……」


 オットーが助けを求めるように呟く。

 琺瑯時はその姿を見ると、小さくため息をつき、冷たく睨みつけた。


「言ったはずだ。俺はをしに来た、と」


 すると、琺瑯時は銃を軽く上に放り投げ、そのまま蹴り飛ばす。

 蹴られた銃は突如炎を纏い、火の玉と化してオットーへと猛スピードで飛んでいく。

 頼は瞬時にワープホールを作り、なんとか回避させた。


「お前……こいつの仲間じゃないのか」


 頼が問いかけると、琺瑯時は口角を上げながら答える。


「あぁ、確かに仲間だ。だからこそ、戦いやすくするために消えてもらおうと思ったまでだ。死体なら蹴っても問題ないだろ?」

「え…、どうゆうことっすか……琺瑯時さん…冗談っすよね…」


 頼は琺瑯時のその言葉に、体から稲妻のオーラを放つ。


「お? 怒ったか?」


 だめだ…冷静になれ

 前回は負けた。

 自分が未熟だったこともあっただろう。

 でも、今回は違う。


 神凪は何か心境の変化があったかのように、一気に成長し、強くなった。

 自分も今なら、冷静に戦えるだろう。

 そして、ここには茂木もいる。


 頼は琺瑯時へ、殺意を向ける。


 すると、神凪が唐突に尋ねた。


「ちなみに……私が欲しいっていう話は本当なの?」


 琺瑯時はあっさりと答える。


「あぁ、本当だぜ。確かにお前を誘拐する作戦を立てた。その計画では、コイツらと連続で戦わせて体力を削り、俺が最後に簡単に捕まえる――そういう算段だったんだがな」


 琺瑯時はオットーを横目で見やり、呆れたように続ける。


「……あまりにもコイツらが使えなさすぎてな。だから予定よりも早く、直々に出てきてやった」


 オットーは目を見開く。


(そんな作戦聞かされてないっす…)


 つまり彼は遠回しに“捨て駒”と言ったのだ。

 琺瑯時はオットーの絶望した顔を見るが気にせず一言。


「それじゃ――始めるか。一瞬で終わらせる」


 その言葉と同時に、琺瑯時の姿がフッと掻き消えた。


 次の瞬間――


 琺瑯時は神凪のすぐそばに現れ、一瞬で腹を蹴り飛ばす。


「ぐっ……!? こっちから来るの!?」


 神凪は瞬時に体勢を立て直し、着地しようとする。

 しかし――すでに着地地点には琺瑯時が待ち構えていた。


 再び蹴りを放とうとするが、神凪は間に水を挟み、なんとか回避する。


「ほぉ〜、少しは頭が働くようになったな」


 そう言うと、琺瑯時は指を鳴らす。


 その瞬間――


 神凪が蹴られた場所から、炎が燃え上がった。


「……あっつ!!」


 すぐさま罔象女神ミツハノメの力で鎮火する。

 このままでは、前回と同じ展開になってしまう――。


 すると、その琺瑯時へ茂木の鋭い爪が襲いかかる。


(これで仕留められればいいが……)


 だが、琺瑯時は攻撃を受けることなく、一瞬で茂木の背後へ回り込み、蹴りを叩き込む。


「うっ!?受け身が間に合わん!」


 頼は素早く動く琺瑯時へと狙いを定め、指を銃のように構える。


「……当たれぇ!!」


 指先から巨大な稲妻が放たれ、琺瑯時を目がけて一直線に突き進む。

 琺瑯時は避けようとするが、稲妻がわずかに掠り、服に火がつく。


「あ〜あ、燃えちゃったじゃね〜か」


 琺瑯時はそう言うと、燃えた部分へ口を近づけ――かぶりついた。


限界突破オーバーリミット


 次の瞬間――琺瑯時の体が炎のようなオーラを纏い、その姿が変わった。

 赤い炎の刺青が体を這い、背中には火が灯る木造の歯車を背負っている。


「本当はこの姿を見せるつもりはなかったんだが……特別だ」


限界突破オーバーリミット

 異能力所有者が特定の条件を超える、または窮地に陥り意識が異能力に伝わった際に使用できるいわば究極の必殺技。


 琺瑯時は再び瞬時に移動し、頼へと襲いかかる。

 繰り出されるアッパー――その拳の軌道に沿って炎が現れ、空気を灼く。

 頼の耳には、バチバチと火花が散る音が響く。


「っく! 近づいてくんな!」


 頼は木刀を横になぎ払って追い払おうとするが――琺瑯時はその木刀を掴み、瞬時に炎を纏わせた。

 燃え移った炎が、頼の手へと迫る。


「チッ!」


 頼はすぐに木刀を手放し、ワープホールで撤退しようとする。

 しかし、瞬く間に胸ぐらを掴まれ――


 ドンッ!


 地面に叩きつけられた。


 茂木が琺瑯時へ追撃を仕掛けるが、すぐに距離を取られ、爪の一撃をかわされる。


「大丈夫か?」


 茂木が駆け寄ると、頼は素早く起き上がり、背中をさすった。


「あぁ、大丈夫だが――」


 琺瑯時は、頼と茂木をじっと見つめながら、指を鳴らす。


 その瞬間――


 先ほど神凪に使ったものとは比べ物にならないほどの火力の炎が、茂木の背中から燃え上がる。


「!?」


 茂木はすぐに神凪の方へ走り、水をかけてもらい、なんとか鎮火する。


 ――やはり、強さが桁違いだ。

 三対一にもかかわらず、こちらが押され始めている。


 そんな中、琺瑯時は頭をかきながら、頼たちを見据えた。


「はぁ〜……これだけ力量の差を見せつけてるのに、それでも引かないのか。めんどくせぇな」


 そう呟くと、ニヤリと笑い、一つの提案を持ちかける。


「じゃあ、ハンデをやる。お前らが俺に傷をつけられたら、お前らの勝ちだ。引いてやるよ。だが――」


 琺瑯時の目が鋭く光る。


「俺も手加減はできなくなる」


 神凪が頼の方へ目を向けると、頼と視線が交わる。

 その目を見た頼はすべてを察し、一歩踏み出しながらワープホールを開く。


 そこから現れたのは――本物の刀。


「あぁ……それで頼む」


 琺瑯時は「決まりだな」と言い放ち――またしても瞬時に移動。

 頼の隣に回り込むと、強烈な蹴りを放つ。


 頼はなんとか刀を構え、受け止める――。

 そしてなんとか琺瑯時に向かって刀を振り続ける。

 当たらなくてもいい――ただ、あの場所に誘導できれば……。


 琺瑯時は斬撃を受け流しながら、徐々に後ろへと下がっていく。


 あともう少し……。

 あと五歩程度……。


 そして、最後の一撃。


 頼は刀を手放し、体と同じほどの大きさの雷霆球らいていきゅうを生成すると、一気に琺瑯時へと撃ち放つ。


 しかし――琺瑯時は避けようとせず、雷霆球らいていきゅうを素手で受け止めた。

 強力な雷撃が彼の腕を襲うが、傷ひとつつかない。



 頼は歯を食いしばる。


(もう、これで傷をつけられなかったら……諦めるしかない)


 必殺技とも言えるこの作戦――これが決まらなければ、勝ち目はない。


 琺瑯時は、頼たちが狙っていた位置へと立っていた。


(ここで決めるしかない!)


 その瞬間――


 琺瑯時の足元から、巨大な水の竜の顔が三体出現し、長い体を駆使して彼を囲み込む。

 そして風が巻き起こり、水の竜巻が生まれる。


「水龍旋風!」


 神凪が叫ぶ。


「……あ?」


 琺瑯時は、竜巻の中で思わず声をこぼした。


 次の瞬間、頼が竜巻の上に暗黒の雲を発生させる。

 そこから――まるで人間の腕のような雷が生まれ、竜巻の中心へと叩きつけられた。


天雷轟轟てんらいごうごう!」


ガシャァァァァン!


 雷鳴が響き渡る。


 そして最後に――神凪による止めの一撃。


 空に炎の鳥と水の鳥が現れ、二体が合体し、巨大な神鳥が形成される。


 しかし、茂木の目が鋭くなる。


「おい、なんか変だぞ!」


 茂木が大声を上げる。


 頼も違和感に気付いていた。

 炎の分布が偏っている――本来の形ではない。


 しかし、頼は黙って見守る。

 神凪を、ただ無条件に信じる。


「炎水双鳥!」


 神凪が叫ぶと、神鳥が琺瑯時へと一直線に突き進み………。

 オットーとアイリーンは、目の前の神秘的な光景に、瞬きもせず見入っていた。



 どれほどの時間が経っただろうか。


 目の前の輝きが消え、辺りに広がるのは、黒焦げとなった芝生だけ。


 そして――一つの人影が、煙の中から姿を現す。


 そこには限界突破オーバーリミットが解除され、膝をついた琺瑯時の姿があった。


「まさか……限界突破オーバーリミットを無理やり解除させるとは……」


 茂木が驚きの声を上げる。


 すると、オットーが茂木へ尋ねた。


「どういうことなんっすか、あれ?」


 茂木は呆れたような顔をしながら説明を始める。


「まず、お前は限界突破オーバーリミットの原理を知っているのか?」

「ええ……一応……」

限界突破オーバーリミットというのは、一度発動すれば基本的に五分間は解除できん。ましてや、自分よりも格下の相手に解除させられるなんて前代未聞だ。そして――」


 その時、神凪が突然、その場に座り込む。


「はぁ〜……つ……疲れた……」


 頼は依然として琺瑯時から目を離さない。


 そして――琺瑯時が立ち上がる。

 その額には血が滴り落ちていた。


 琺瑯時は、一歩踏み出すと、ズカズカと神凪の元へと歩み寄る。


「っ!? 神凪、逃げろ!」


 頼が叫ぶ。



「……そして?」


 オットーが茂木へ続きを促す。

 茂木は淡々と答える。


限界突破オーバーリミットは、使用後、ほぼ無傷の状態で復活する」


 琺瑯時が神凪へと迫る。

 だが、神凪は疲労で動くことができない。


 頼は助けようと走り出すが、間に合わない。

 神凪も、自らを守るように両腕で顔を覆う。


 ――しかし。


 琺瑯時は神凪の両肩に、ポンッと手を置く。

 そして――キラキラした目で、まるで子供のように興奮しながら言った。


「なんだったんだ今の!? すっげ〜な!」


 神凪と頼は、ポカンとした顔で琺瑯時を見つめる。


 その光景に、茂木はため息をつくと、オットーに補足する。


「ちなみに、限界突破オーバーリミットを使った後は無傷になるとは言ったが、本来なら動けなくなるほどの疲労感と脱力感を伴うはずなんだ。……やはり、あやつは化け物だな」


 オットーは茂木を見つめ、ポツリと呟く。


「……詳しいっすね」


 茂木は少し悲しそうな表情を浮かべると、一言。


「まあ……夫が限界突破オーバーリミットをよく使用しているところを見ていたのでな……本当に馬鹿だった」


 いきなりの展開に、全員が各々の表情を見せるのだった。

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