第十一話:異変集結

 広々とした和風の座敷に、大勢の人々が酒を飲み、騒ぎながらはしゃいでいる。

 芽衣は、その賑やかな光景に少し怯えながら、茂木の隣に座っていた。


 一方、神凪たちはある男――今回の問題の主犯となった組織のトップと、対面して座っている。

 その隣には琺瑯時、オットー、アイリーンが、トップの男を挟むように座っていた。


 男は酒をちびちびと口に運びながら、優雅な姿勢で座っている。


「今回の件については、本当に申し訳なかったと思っているよ〜」


 本当に謝罪しているのかも分からないような態度で、トップの男は軽く詫びを入れる。


(……どうしてこうなった!?)


 神凪は心の中で、ここまでの経緯を思い返した。


 ***


「なあ! うちの組織のボスに顔見せてかねぇか?」


 両肩に手を乗せられた神凪は、唐突な発言に目を丸くする。


「………え?」

「あ? なんだ? 言ってる意味がよくわからなかったか?」


 神凪は首を横に振る。


「いや、言ってることは分かるんだけどね……逆に分からない? 私たち、連れて行かれたくなかったから抵抗してたんだよ?」

「あん、知ってるが」


 神凪はイラッとしながら声を上げる。


「それじゃあ、わざわざ誘ってくんな!」


 琺瑯時は頭をかきながら笑う。


「ははは、まあいいじゃねえか。っていうか、お前らだって誘っただけで攻撃してきたのもいけね〜んじゃねえの?」

「いや、誘われただけじゃ攻撃しないし!」


 その言葉に、琺瑯時は不思議そうに眉をひそめた。


「ん? どういうことだ? 俺は、交渉へ行ったら否定され攻撃されたって聞いたが?」


 その言葉に、茂木を含めた三人は、話の矛盾に違和感を覚える。


「え? それは誰から?」


 神凪が恐る恐る尋ねると、琺瑯時は頭の中で人物像を思い出しながら答えた。


「俺は名前を覚えるのが苦手なんだが……確か、美座和 加奈子みざわ かなこっていう、ボスに媚び売りまくってたババアだったな」


 頼はオットーたちに目を向ける。


「お前たちはどうなんだ?」


 オットーは痺れた体を起こしながら答える。


「僕たちのところへも、美座和さんから連絡が来てたっす。“交渉を行った結果、断られ戦闘に陥った。早期に強制送還または削除に当たりなさい”って」


 頼は、ますます分からなくなってくる。


「この命令が来たから、お前らは俺たちと戦いに来たってことか?」

「そういうことっす」


 琺瑯時はその言葉に便乗するように口を開く。


「ちなみに、俺は別に殺すのが好きってわけじゃねぇ。あのババアもそこそこ年齢がいってただろうし、頼み方が悪かっただけだとも思った。だから、戦いで負けたらシンプルに誘ってみようかと思ってたんだよ」

「……なぜ、そこに“戦いで負けたら”が付け足されるんだ?」


 琺瑯時の発言に、茂木が呆れた表情でツッコミを入れる。


「いいじゃねぇか。強え奴と戦ってみたいだろ? 普通」


 頼は、琺瑯時の感性が明らかにバグっていることを再確認すると、ふと思い出す。


「そういえば、芽衣に美座和の尋問を任せてなかったか?」

「……そういえば、そうだったね」


 茂木はその言葉に「ほほ〜」と目を細める。


「あ……」


 神凪が茂木へ視線を向けると、鋭い目つきでこちらを見つめていた。


「あ……あの、これは違くて……」


 なんとか言い訳をしようとするが、茂木の圧がどんどん大きくなっていく。


「いや、いいんだよ。連れて行けと言ったのは私だったからな。尋問のような非道なことを芽衣にやらせたことに関しては私は何もいえぬな、うん」


 神凪は茂木の圧に耐えられなくなり、急いで頭を下げる。


「す……すみませんでした……」

「素直でよろしい」


 頼は、逃げるように芽衣のいる自宅へとワープホールを生成しながら、ポツリと呟く。


「ハハ………。そうだぞ神凪、反省シナサイ」

「おい逃げんな! ていうか最初に芽衣に頼んだの、頼じゃん!」


 ピクッと茂木の耳が動く。


「おい! 余計なことを言うな! (小声)」


 頼が神凪の方へ振り向いた瞬間、ガシッと肩を掴まれる。


「誰が神凪と言った?」

「う………」


 結局、二人は茂木に叱られたのであった。



(余計なこと言うなよ……)

(本当のこと言っただけですけど〜)


 そして、お叱りタイムが終わると、頼と神凪は文句を言い合いながらもワープホールをくぐる。

 出た先は、地震の際に避難できるように設置された、紺色のコンクリートで作られた地下シェルターだった。


(ん?)


 そこには椅子が一脚置かれており、解かれた後のような紐が、その椅子を囲うように落ちていた。


「あれ!? 芽衣ちゃんは?」


 神凪が焦った声を上げ、部屋の周りを見渡す。

 だが、どこにも芽衣も美座和もいない。


「一旦閉じるぞ。リビングに繋げる」


 頼はワープホールを繋ぎ直し、リビングへと移動する。

 そこには、ソファーで寝息を立てている芽衣の姿があった。


 しかし、リビングにも美座和はいない。

 頼は一度ワープホールを出ると、玄関を確認しに向かう。


 そこには、誰かに開けられたのか、風で扉が全開になっている光景が広がっていた。


(なるほど……)


 美座和がいない理由がわかると、頼は玄関の扉を閉め、リビングへ戻ろうとする。

 だが、その途中で廊下に違和感を覚えた。


 美座和は神凪との戦闘の後に運ばれてきたはずなのに、痕跡は扉以外にまったくない。

 人が歩いたような足跡すら残っていないのだ。


 気のせいと言われれば、それまでの些細な違和感。

 頼はこの違和感を一旦、保留にすることにした。

 そしてリビングに戻ると、芽衣と茂木がまるで何十年ぶりに再会したペットと飼い主のように抱き合っている感動的な場面が広がっていた。


(そういえば、芽衣は茂木が生きていたことを知らなかったな)


 頼はそう思いながら、お祝いの言葉でもかけようと歩み寄ろうとしたその時――

 ワープホールから、琺瑯時がひょこっと顔を覗かせる。


「あ〜……できればボスのところに行くのは早い方がいいんだが。今日はウチで宴会があってな。なるべく早く来てほしいんだが……」


 神凪は「え〜」と、露骨に嫌そうな顔をする。


「誰も会いに行くなんて言ってないんですけど」


 琺瑯時は困った顔をしながら、両手の手のひらを合わせて懇願する。


「そこをなんとか! 今回の辻褄合わせのためにも来てくれよ! お前らにも何か振る舞うからさ! 頼む!」


 神凪はますます嫌そうな顔をしているが、頼が口を挟む。


「わかった。すぐ行こう」

「え〜、いいの?」


 神凪の顔には、「疲れたからもう動きたくない」とはっきり書いてある。


「………。もしかしたら美味い飯が出てくるかもだぞ。例えば……」

「いやいや、さすがに食べ物じゃ釣られn」

「プリンとか」

「行く!」


 あまりにも即答する神凪。

 頼は琺瑯時の方へ体を向けると、さらりと口を開く。


「ということで、今すぐ行こう。あと、できればプリンを用意しといてくれ」


 琺瑯時は困った顔をしながら、後ろに立っているアイリーンを見る。


「確か、お前そこそこ高級なプリン買いだめしてたよな。分けてくれないか?」


 アイリーンは嫌そうな顔をしながらも、「分かりました」と妥協してくれた。


「それじゃあ、住所を教えてくれ」


 オットーから住所を教えてもらい、頼はワープホールを開いて目的地へ向かう。


 ***


 そして今――


 大きな会場の前に着くと、黒スーツのお兄さんがこの場所まで案内してくれた。


「君たちに迷惑をかけるつもりはなかったんだけどね〜」


 なんともふんわりとした雰囲気の組織のトップが、優雅に微笑む。


「あ、自己紹介がまだだったね。僕の名前はエロス・ヴェネツィアだ。よろしく。出身はギリシャだよ。みんなからはヴェネって呼ばれてる。気軽にヴェネって呼んでね」


 頼たちは、この声を聞いていると何だか妙に落ち着く気がした。


「それじゃあ、早速本題に入ろうか」


 ヴェネは卓上で腕を組み、神凪たちとどのような経緯で関わることになったのかを語り始める。


「まず話しておかないといけないのは、うちの組織が何を目的に結成されたのかってところだね」


 ヴェネは、両隣にいる琺瑯時たちを交互に見ながら話を続ける。


「僕たちの組織名は『ソティリア』。我々は、もともとギリシャで異能力を持たずに苦しい思いをしていた子たちを救うために活動していたんだ。その中でいろいろあって、組織が壊滅スレスレになることが続いてね……逃げるように日本に来たんだ」


 頼は眉を寄せながら問う。


「それで、なんで俺らを襲う話につながるんだ?」


 ヴェネはニコッと笑いながら答える。


「うちの組織で行っていた、異能力を持っていない人を救う方法。それは、異能力の勾玉を無能力者に食べさせて、無理やり異能力者にするってやり方。今までは、組織のメンバーに異能力者から勾玉を引っ張り出せる能力を持っている子がいたから成り立ってたんだけど、その子があるクソッタレに奪われちゃってね。それで、同じことができるスキルを持つ神凪ちゃんを狙ったってわけ」


 理にはかなっているかもしれないが、異能力者から勾玉を無理やり引っ張り出すなんて、やってることが明らかに狂っている。

 簡単に言えば、無能力者を救うために異能力者を無能力者にして、今まで無能力者だった者を異能力者にする。

 悪い意味での無限ループが続くやり方だ。


「でもね、神凪ちゃんの話は美座和から持ち込まれたもので、その時、彼女はこう言ったんだ。『説得して平和的に』って。僕らもバカじゃないから、日本の警察がどれほど敏感で怖いのかも知っている。でも、『説得で平和的に』なら話は別だって思ってね。作戦や人員の配置も全部彼女に任せてほったらかしにしてたら……この騒ぎだよ。一回連れてくるのが遅かったから急かし脅したんだけどね。本当、笑えるよn」

「いや、笑えね〜よ!」


 頼はつい大きな声を上げてしまい、顔を赤らめる。


「す……すみません……。とりあえず、そちらの言い分は分かりました。それでは、こちらも言いたいことを言わせてもらいます」


 頼はヴェネを真剣な目で見つめる。


「まず、神凪はそちらに入る気は微塵もありません。その上で、これからは組織への勧誘などはしないでください」


 ヴェネは笑顔のまま頷く。


「あぁ。もちろん」


「正直、あなた方に課したいのはこれぐらいです。賠償を求めるつもりもありません」


 頼がそう言うと、ヴェネが口を挟む。


「いや、賠償はさせてもらいたい。事実、君たちをボロボロになるまで戦わせてしまった。美座和の件の主犯は彼女かもしれないが、原因は僕の監督不行き届きだ。我々も無実とは言えない。それに、お礼を兼ねても償いをさせてほしい」


 ヴェネは首を横に傾け、上目遣いで頼を見る。


「いいんですか? ていうか、お礼というのは?」


 その問いに、ヴェネは嬉しそうな顔をする。


「賠償を受け入れてくれてありがとう。お礼というのはね、この子たちを格段に成長させてくれたことだよ」


 ヴェネはオットーへ目を向ける。


「この子は、もともと自分の力に過信しすぎる癖があった。でも今回で、その考えを見直すきっかけになった」


 次に、アイリーンへと目を向ける。


「この子は、使える力が多すぎるがゆえに、宝の持ち腐れになっていた。だが今回、持っている力を最大限に発揮する価値を学んだ」


 そして、琺瑯時に目を向ける。


「この子には、仲間の大切さを教えてくれた。この子は、仲間だろうが敵だろうが、関係なく見捨てる癖があった。だが、二人の技の連携を見て、心境が大きく変わったはずだ」


 最後にヴェネは、芽衣へ視線を移す。


「そして、実狡。あの子には、我々があの子を助けた理由を気付かせてくれた。さぁ、もう解放してあげてくれないか?」


 芽衣は一つため息をつくと、隣に首だけの黒猫・ミーニュが出現する。

 そして、えずき始めたかと思うと、口から実狡を吐き出した。


 実狡は「ドチャッ」と嫌な音を立てながら畳へ落ちる。


「どうも」


 神凪はプリンを食べながら、涎まみれの実狡を見て、不快そうな顔をする。


「それで、賠償の話だけど、できればここで決めておきたい。金でも、やってほしいことでも、組織解散以外なら何でも」


 そう言うヴェネに、頼は即答する。


「なら、俺らの家族を殺した組織を探す手伝いをてほしい」


 ヴェネは目を丸くし、首を傾げる。


「別にいいけど……即答だね」


 頼は黙ったままスマホを取り出し、一言。


「連絡先を教えてください。詳しい話は後ほどメールで送ります」


 ヴェネは「わかった」と微笑みながらスマホを取り出す。


(遠回しに、この場では聞くなと言っているね)


 そうヴェネは思いながら、連絡先を交換すると、盃を持ち上げる。


「それでは、一時緊急講和会議を終わります」


 そう言うと、改めて楽しそうな声を上げた。


「一旦、今日は盛り上がろっか」


 まだやるべきことや考えるべきことは残っている。

 芽衣はあの時何があったのか、美座和は結局何者なのか、この組織が日本に追われるようになった原因は?

 だが、今考えても仕方がない。


 今は――今だけは楽しもう。


 そう思う頼であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る