第3話 小春の団子


 次の日の朝は静かだった。

 天気のことだ。

 風が止み、落ち葉の掃除が楽で、空気の澄んだ冬の朝は気持ちが良い。

 天気は穏やかだが、若い侍は今日も団子百本の購入にやってきてくれたし、その代金の四百文を受け取り、待ってましたとばかりに借金取りが回収していって、天気以外は相変わらず騒がしい与田屋だった。


 鼻息まで白くなるほど寒い日で、小春は手を息で温めてからほうきを握った。

 掃除はすでに終わっているが、何でもいいから店先に立って道行く人に声をかけるのだ。と、ナカにきつく言われている。掃除のふりでもしなければ、店の前に居続けるのも小春は恥ずかしかった。


 昨日の売り上げは、若い侍が早朝に買い求めた団子のほかに、一日のうちに売れた団子は七十本だけだった。


 たったの七十本だけ……。

 もっともっと売らなければならない。がんばらなくっちゃ、と小春は唇を結んで気合いを入れるのだが、道行く人と目を合わせることすら小春には難しかった。


「あ……」


 ふと顔を上げて大通りを見た。文司がこちらに歩いてくるではないか。


(今日も来るの?)


 そう思って小春は内心で首を傾げた。

 昨日の今日で金が作れるはずがない。

 着流し姿で雪駄を履いて、その文司に近所の子供たちがまとわりついている。文司が笑顔になり、子供たちに何かを言っている。文司が手の平を広げて、首をぐるりと回して歌舞伎の仕種をしておどけているのは、「助六がきた!」とでも子供に言われて、即興で歌舞伎の真似をしているのだろうか。文司は意外にも子供に人気があるようだ。それが、与田屋の前では鬼のようになるから、小春は思わず溜息をついた。



「いらっしゃいませ」


 と、小春は店の前の竹床几に座った文司にお茶を出した。


「ぬるいなあ」


 ちっ……と舌打ちをして、文司が湯呑の中身を路上に捨てた。ぬるいお茶については昨日も言われて、小春は別に言い訳をしなかったのだが、これについては小春なりの理由があった。飲みやすいようにわざとお茶をぬるくしていたのだ。


「それで、金はできた? 今月の金利の一両だけでいいよ」

「それは……」


 ないものはない。

 どうしていいかわからず、小春は文司の前でお盆を抱えて下を向いた。久平もナカも外に出てきてくれないから、今日も小春が文司の相手をするしかしょうがない。


「君じゃ話にならない。親父さんはどうしたの」

「奥で、お団子を作っています」

「どうしていつも外に出て来ないのかなあ。金が無くても出せるものがあるでしょ」


 綾さんを嫁に――。ということなのだが、小春は軽く首をひねり、頭を下げてから奥に引っ込んだ。それで、出せる物といえば団子くらいしかないから、お盆に団子を乗せて文司の前に出てきたら、文司の顔が、みるみる赤く染まっていった。


「こ、これじゃない!」

「すみません……」


 小春は慌てて頭を下げた。人に謝罪に行くときなど、菓子折りを持参していくのが良いことになっていて、とりあえず文司に団子を出したのだが、なぜか文司は不機嫌になった。嫌そうに小春が差し出した団子を見つめているのは、文司も団子屋だから団子に食傷しているためだろう。


「でも、これをどうぞ。これを食べてくれませんか」


 と、小春はさらにお盆を差し出した。


「毒を入れたの?」

「まさか……。すみません、今のうちにはこれしかないんです」

「うん? 与田屋の“あん”は、こしあんじゃなかった?」


 文司が団子を一本手に取って、しげしげと眺めている。

 小春たちの与田屋で売っている「あん団子」は、白玉四つの上にこしあんが乗っているものだ。創業の六代前からあん団子はそれなのだが、文司に出したあん団子は粒あんで、文司も団子屋だからそういう違いに敏感だった。不思議そうに団子を眺めている。「粒あん」から「こしあん」に変わったのなら、材料費の捻出にいよいよ困り、なりふり構わない団子を作り始めたと思うのだろうが、粒あんの方が高級だから、どうしてこれを作ったのか文司には理解できないようだ。


「私が作りました」

「君が」

「文司さんに食べて欲しかったんです。これが売れそうかどうか」

「おとっつぁん、こういうことしても怒らないの?」

「おとっさんはなにも」

「勝手に作ったの?」

「いいえ、わからないところは、おとっさんが手伝ってくれました」

「ふーん」

「試食をお願いします」


 文司は、小春が思った以上に真剣に団子を見てくれた。

 そして、それを一本手に取って口に入れた。

 文司は十八歳でまだ若い。すでにあずま庵の主人なのだが、「自分の店の職人に信頼されていない」と、久平が言っていた。だから試食をお願いしたら嬉しいかもしれないと小春は思ったのだ。嬉しいというか、ちゃんと本職として、正しい感想を言ってくれそうな気がした。


「うん?」


 ひと噛みして、すぐに文司は気づいたようだ。


「あんを中に入れたのか」

「はい」

「いいけど、面倒なことをするね」


 文司に出した団子は、四つの玉を串に刺した普通のものに見えるが、実は白玉の中に、あんを入れてある。


「でもまあ、面白いんじゃない。わざと中に入っていることを言わなかったんだよね。知らずに食べたら驚くよ」

「ありがとうございます。お茶もどうぞ!」

「なんだ、出せるじゃないか」

「いいえ、お金はまだですけど……」

「声のことだよ。団子屋つながりでさ、君のことを小さな頃から知ってるけど、そんな大きな声は初めて聞いたよ」

「そう……ですか?」

「まあ、泣き声なら、大きなやつを聞いたことがあるけど」

「あの、お茶をどうぞ」

「毒入り?」

「ち、ちがいます」


 文司は改めて出されたお茶を飲んで首を傾げた。


「お茶が熱い……。まさか、最初のお茶はわざとぬるくしたの?」

「そのほうが飲みやすいと思って」

「それで、二杯目は量の少ない熱めの渋茶か」

「石田三成様みたいでしょ」


 小春が舌を出してわらうと、


「なんだ、笑顔も出せるじゃない」


 と言って、文司はまた驚いた顔をした。


「僕も小屋掛けの講釈をよく聞きに行くよ。だから、石田治部少輔光成の逸話は覚えてる。太閤秀吉にお茶を所望されて、最初に飲みやすいぬるいお茶を出して、次に中くらいの熱さのお茶。さらにおかわりを所望されて、三杯目は熱くて渋いお茶を出したってね。それで、秀吉は少年だった光成を気に入って召し抱えた。君、そんな話を知ってるの」

「私も本をよく借りるので」

「そういえば、あの婆さんも元亀天正の話が好きだったからね」


 あの婆さん――。とは、小春たちの手習いの師匠のことだ。

 小春と綾、それに文司は同じ手習いに通っていた。江戸には三千箇所も手習い所があって、女師匠だけで千人もいる。小春たちの師匠は初老の女で、それが歴史好きだったから、関ヶ原合戦の様子を、まるで見てきたかのように身振り手振りと共に語った。それに江戸では貸し本が盛んだ。本を読むといえば貸本のことで、気に入った本が出来れば、それを書き写して繰り返し読んだりする。



 小春が出したあん入りの団子は二本で、それを文司は完食してくれた。最後の玉を口に入れ、もぐもぐやって小春を見つめてくる。


「なんだい、三杯目のお茶は出ないのかい」

「お茶は二杯で終わりです」

「中途半端だな。二杯で終わったら、石田三成のお茶だって気づいて貰えないよ。あの話って、最後の三杯めに少量の熱いお茶を出すんでしょ」

「でも、三杯は手間がかかりすぎるので……」

「お茶は三杯出したほうがいい。手間はかかるが客だってその間は店にいる。団子を追加で買ってくれるかもしれないよ」

「なるほど、さすがですね」

「そんなの誰でもわかるでしょ」


 文司は苦笑いをした。


「あの……。文司さん、お金はお団子を売って必ず返します」


 小春は久平の分まで深々と頭を下げた。


「君が?」

「家のみんなで売って」

「そりゃあそうだけど、無理して返さなくてもいいから。綾さんが僕のお嫁さんになるだけですべてが解決するんだよ。それだけで借金は帳消しになる」

「この新しいお団子、売れると思います?」


 あんまり真顔で姉との結婚のことを言い出したので、小春は聞かなかったことにして団子のことを訊いた。


「ちょっと待って。君、勘違いしてるよ」


 文司の顔が急に怖くなった。


「僕をなんだと思ってるの。何度も言ってるけど、金が返せなければ与田屋は僕が貰う。君の親父は野垂れ死ぬ。それが嫌なら、君を女郎屋に売って金を作るしかない。君なんか売っても、たいしたお金にならないけどさ」

「返済の期限まで三月ありますよね? 野垂れ死ぬとか、そうならないためにお団子を売るんです。さっきのお団子、売れると思いますか?」

「いくらで売るつもりなの。あんを白玉の中に仕込んでさ、手間が掛かってるから八文くらい?」

「さっきのお団子は四文です」

「ぶはっ」


 文司がお茶を吹き出した。


「だから君の家は貧乏なんだよ。白玉の中にわざわざあんを仕込んだんだろ? その余分のあんと手間を団子に乗せないと。さあ、いくらで売る」

「でも、お団子は昔から四文と決まってるので……」

「べつに決まってはいない。倍の八文で売るべきだ」

「倍で……?」

「僕の店では、あんをどっさり乗せた団子を十二文で売ってるよ。金持ちに人気だし、町人だって少し無理をすれば買える。旨ければ高くても売れるんだよ」

「でも、お団子は昔から四文です」


 小春は言いきった。客も、当然のごとく値段を聞かずに四文を置いてゆく。それ以外の値段を付けるなど想像したこともなかった。


「君も、『団子屋の娘は太れない』って聞いたことあるでしょ。団子は娘の大好物……。でも団子屋は儲けが小さいから、そこの娘は貧乏で飯も満足に食えないっていう意味。四文にこだわっているから貧乏になるんだよ」

「でも、お団子は昔から四文です」

「君は頭が硬いよ。儲けたければ客からもっと取るんだよ。さっきの団子は旨いし、形も普通とは違うから特別な団子だと客は納得して金を払う。八文どころか十二文でも売れる。町人が、たまに食べる有り難い団子として売るんだよ。名前も特別に考えて」

「石田団子?」


 即興で小春が言うと、


「それじゃあ天下が取れないよ」


 と、文司が笑った。

 小春は「旨い」と何度も言われて嬉しくなってしまった。光りを放つような丸い笑顔で文司を見つめる。


「いや、そうじゃない。ちゃんと僕の話を聞いて。褒めてるんじゃないから」

「はい……」

「あの団子を四文で売れば一番人気になる。安くて旨いから当然。だけど、ほかの団子も四文でしょ? そうなると、ほかの団子はもう全く売れなくなる。あの手間が掛かる団子ばかりが売れたら、店はすぐに潰れるよ」

「いやだ、うちの団子がそんなに売れるわけないじゃないですか」


 けらけらと、手の甲を口に当てて小春は笑った。変わった団子を売ると、気味悪がられて客は一切買わないと心配していたが、文司は「売れる」と言ってくれた。


「いや、さっきのあん入りの団子は売れるねー」

「天下が取れそうですか?」

「取れるか馬鹿」

 文司は目を細めて笑った。

「君、おもしろいじゃない」

「私が?」


 小春は自分の顔を指でさす。


「いつもむっつり黙ってるからさ、知恵遅れかなって実はちょっと心配してたんだ。綾さんほどじゃないけど、頭の回転はまあまあいいみたい。綾さんと比べたら顔は見劣りするけど、別に顔が潰れてるってわけでもないし」

「顔が……」

「笑顔も個性的。顔は、かわいいと言えなくもない。匂いは気に入らないけど、まあ子供だから、子供の匂いはしょうがない」

「はぁ……」


 どうやら、褒められているようだ。


「いい? 石田光成はさ、天下を取ろうとして逆に殺されたんだよ。その殺した張本人が江戸を作った人だよ。そんな人の名前を団子に付けたら縁起が悪い」

「でも」


 と、ちょっと小春は考えて、


「石田光成様って、天下を取れそうなところまで行くんですよね? 私、それで十分にしあわせです。石田三成様にあやかったら、少しは団子が売れそうです」

「殺されたら意味がない。あの団子を四文で売ったら貧乏に殺される。だって、もしかしたらあの団子、原価を割れてない?」

「原価は割れてないですけど、ほかの団子より儲けは少なくなります。なら、いくらにすれば?」

「八文だよ」

「そんな……。実は、そんなにあんは多くないんです。あんを多くできないから、逆に白玉の中に入れたんです」

「どういうこと?」


 通常のあん団子は、白玉の上にあんを乗せるだけだ。たくさんあんを乗せると客が喜ぶから、なるべくあんを乗せるように与田屋では頑張っていたのだが、少し多く乗せた程度では客が気づかない。だが、あんを元の量に戻すと、なぜかそれには気づいて苦情を言う客が居て、「与田屋はケチになった」と言われたりする。それで、増やしたあんに気づいて貰える方法はないかと考え、白玉の中にあんを入れてみた。


「中にあんを仕込めば嫌でも気づくでしょ?」

「そういうことか」

「あんを中に入れると歯ごたえも楽しくなるんです。口の中で白玉とあんが具合良く混ざります。あんの分だけ白玉は小さくなりますから、材料費はあんまり増えてないんです」

「へー」


 文司は真剣な様子で少し考えて、


「八文だ」


 と、それでも値段を八文に設定した。


「その団子は八文だよ。八文で売れば、天下は取れずともいいところまで行くかもしれない。物事には変化が必要なんだよ。ほかの団子は四文で、その団子は八文」


 団子を食傷しているはずの文司が串まで舐めて、もっとあん入りの団子を食べたそうな顔をしていた。

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