第9話

意気揚々とアルドールの強さを信じていることを口にしたクライゼンに、老人は目を細め、そして面白いものを見つけたと言わんばかりに口角を上げてみせた。

「あんたらは噂の旅人さんだな。それならさぞかし腕っぷしが立つのだろうなぁ。じゃが若さがゆえの加減の知らなさというのは怖いものじゃぞぉ?」

老人が脅すように言ったが、クライゼンは落ち着いたままだった。

「それでもアルドールならきっと大丈夫。それよりもさっきの強盗達が金のためじゃないってのはどういうこと?」

「最近、この国は嫌なブームがあってね。特に若者連中がはまってるんだが‥‥‥」

店主がクライゼンの疑問に答えようとしたが、老人が割って入って止めた。

「その話は、この娘さんの相棒が帰ってきたら話せばいいじゃろう。帰ってくればの話じゃがな」

そう言って老人は肩を揺らして笑みを零し、岩魚のはらわたの苦味がクライゼンの口の上に広がったのだった。


アルドールは人ごみの隙間を縫うように駆け抜けて、強盗達を追いかけていた。彼らは若者なだけあって足が速くもう姿は見えない。しかしそれだけでアルドールの追跡から逃れることはできない。

竜として、そしてかつ魔法が栄えた大陸で生を受けたアルドールは魔力を辿ることができる。魔力と言うのは誰しもが潜在的に持っているもので、いうなれば気配のように感じることが出来る。アルドールは人ごみの中から姿の見えない若者たちの魔力だけを辿って駆けている。絶え間なく動かす脚には一瞬の迷いもない。

あっという間に夜市を抜けると、ガス灯が立ち並ぶ通りに出た。ガス灯の橙色の灯りは弱々しく、露店に吊るされている強い光を放つ白色灯りが恋しく感じられる。

「路地の方へと逃げ込んだか」

アルドールは魔力を追ってレンガ壁で囲まれた路地に入った。路地は狭く、ガス灯の灯りもすっかり届かない。夜の闇が支配していた。

さらに魔力を追って進むと地下水道へと繋がる階段へと若者らの魔力は続いている。階段を下った先には鉄製の重厚な扉があった。すっかりと錆びており、ところどころに凹みが生じている。かなり古いものなのだろう。

案の定、鉄製の扉に付いた鍵は破壊されており、手で押すと軋む音を上げながら人一人が入ることのできるだけの隙間が開けた。

中は真っ暗闇で、一寸先の様子すら闇に覆われてしまった見ることが出来ない。少し離れた場所から水流の音と、天井から水滴が滴り落ちる音が反響して曇って聞こえる。どうやら地下水道のすぐ脇を走る通路に出たらしい。

灯りを持ってこなかったことを後悔しつつ、魔法で火球を浮かべようとした瞬間、ライトの眩い光がアルドールを照らした。

「死ねぇッ!!!」

ライトの持ち主がアルドールの頭目がけてバールを勢いよく振り下ろす。

「っと。急に危ないなぁ」

後方へと跳びはねると、余裕気にバールを避けて見せる。だが次の瞬間、背後からもライトが照らされた。

素早く腰を落とすと、先ほどまで頭があった場所をバールが通り過ぎて行った。

「相手は一人だッ!!囲め囲めッ!!!」

アルドールは5、6人の若者の男たちに囲まれて、一斉にライトを照らされた。

それぞれ手にしているのはバールだったりナイフだったりだ。

「お前、確かさっきの店にいた‥‥‥。サツかと思えばただの正義厨かよ」

笑みを浮かべてそう言ったのは先ほど店主を脅していたリーダー格の男だった。そして黒い刃をアルドールの方へと向けると「多少は出来るようだが、お前はたかが一人だ。全裸で土下座したら赦してやるよッ。甘えん坊の大人には丁度良い罰だろう?」そう言い放った。

リーダーの言葉に取り巻き達も下衆な笑みを浮かべる。

「そうだぜっ。早く脱げよ!!」「無理やり脱がしてやっても良いぜっ」「へっ。良い体してんじゃねぇかよ。滅茶苦茶になる前に大人しくした方が身のためだぜ」

口々に叫ぶ取り巻き達に目をやりながらアルドールはニヤリと笑みを浮かべる。その笑みはまるで新たな玩具を与えられた子供のような無邪気な笑みだった。

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