第10話

「さっさと許しを乞いy‥‥‥」

リーダー格の若者の言葉は途中でぷつりと途絶えた。代わりに顎の骨が砕ける音が鳴り響く。そして一拍遅れて、宙を舞った男の体が下水に落ちて出来た水飛沫の音が響き渡った。取り巻きの若者たちは何が起きたのかを理解できず、あたりを静寂が包みこむ。

先ほどまでリーダー格の若者が立っていた位置には拳を突き上げたアルドールが立っていた。

「何を突っ立っているんだ?屑ども」

アルドールの声が静寂を破り、止まっていた時間が動き出すがごとく若者たちがアルドールに襲い掛かる。しかし、1対5なのにも関わらず、間合いの短いナイフは勿論のこと、バールですらいくら振り回しても、軽やかに身を躱すアルドールには掠りもしない。

「くそっ!!ちょこまかと逃げやがってッ!!」

「ほらほら、どうした?この程度なのか?」

そう嘲笑を含んだ口調で挑発しながら、アルドールはバールを振り上げて腹にがら空きの隙を作った男に強烈な蹴りを叩きこんだ。

「うぐぉっ?!」

呻き声と共に若者の体が崩れ落ちる。口からは血の混じった泡を吹いており、体がビクビクと痙攣している。

別の若者がアルドールが蹴りを放った隙に、彼女の背後を取ることに成功し「舐めやがってッ!!」と叫びながらナイフを突き立てた。

しかしナイフは、身を半回転させたアルドールの脇の下を通り、彼は突き出した腕を逆に掴まれてしまう。直後、骨が折れる音と共にその若者の悲痛な叫び声が木霊した。彼の目には自身の腕があり得ない方向に曲がっているおぞましい光景と顔のすぐそこにまで迫っているアルドールの拳が映った。

顔面に拳を諸に喰らった彼は鼻血を吹き出しながら地面に倒れて動かなくなった。

残りは三人。

三十秒足らずでリーダを含め三人もやられたことに気が引き締まったのだろう。三人はアルドールを取り囲んだまま、攻撃をせず少し距離を取っている。

「ゴミ屑どもの癖して少しは脳みそがあるようだな。ま、私には通用しないけどね」

そう言うとアルドールは正面に立っていた若者に向かって駆け出した。

「くそがァッ!!!」

彼は覚悟を決めていたらしく、素早い動作でバールを振りかざす。

しかし、アルドールは彼のすぐ手前で急に止まった。

「捕まえた♪」

アルドールがにやりと笑う。彼女が背後に向けて伸ばした手は、もう一人の若者の胸倉をしっかりと掴んでいる。

背後から襲おうと考えた彼はアルドールの急停止で間合いを読み違えたのだ。

アルドールはそのまま、捕まえた若者の体を自分の前に引っ張り盾にした。直後彼の頭目がけて仲間のバールが振り下ろされる。

「ぐぉっ!!」

骨が割れる音が響き、バールで殴られた若者の頭からは血が飛び出した。仲間を殴ってしまった男の目は泳いでいる。

「よくもやってくれたなぁッ!!!」

狼狽えている男に変わって別のもう一人が、ナイフを構えて突撃してくる。

アルドールは頭を殴られて気絶した男を突撃してきた彼に向かって投げつけた。

「うわっ!!」

男は下敷きになって倒れた。アルドールはすかさず彼の側頭部を蹴り飛ばすと、泡を吹いて動かなくなった。

「さぁどうする?まだやるか?」

狼狽えていた若者にアルドールは笑みを向けながらゆっくりと近づいた。

「く、来るなぁ!!!」

若者はそう叫ぶと逃げ出して、暗闇の奥へと消えていってしまった。

「なんだ、連れない奴だなぁ」

そのときだった。下水の中から一人の若者が這いあがってきた。顎を砕かれて最初にノックアウトされたリーダ格の男だ

「ひゅめぇ!ひょくもひゃってくれひゃなぁ?!」

砕けた顎から発せられる可笑しな怒号がした方向へとアルドールが振り向くと、血走った眼をした彼とその手に拳銃が握られているのが目に入った。そして次の瞬間、黒光りする銃口から火が噴き、一発の乾いた銃声が地下水道に響き渡ったのだった。

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