第8話

クライゼンが魚の焼かれた香ばしい匂いに釣られた先にあった露店は、露店と言うにはそこそこの大きさがあった。普通の露店二つ分の敷地を使っており一つは、店主がコンロで魚を焼いており、もう片方のスペースにはベンチとテーブルが置かれている。すでに腰の曲がった一人の老人が串刺しにされた焼き魚を頬張りながら泡でいっぱいのビールを嗜んでいた。

「何にします?」

魚の匂いに誘惑されたクライゼンに気が付いた店主が彼女に話しかけた。こんがりと小麦色の焼けた肌と盛り上がった腕の筋肉が特徴的な四十手前ほどの男でうっすらと髭を伸ばしており、その風貌はいかにも漁師といった感じだ。

クライゼンは店主の手元のコンロに目を向ける。

炭火の上に敷かれているのは大小様々な魚や貝類だった。

「‥‥‥う~ん」

クライゼンはあまりに種類が多くて悩んでしまった。品書きを見ると、網の上に載っているもの以外にもあるらしい。

「さては魚好きだな?迷ったら岩魚の塩焼きにするといい。まぁこいつで間違いはないな」

「じゃ、じゃあそれで」

押される形でクライゼンは岩魚の塩焼きに決めた。どこの大陸にもいる一般的な川魚で、クライゼンも森に居た頃よく口にした思い出深い魚だ。

「岩魚の塩焼きかぁ。私も一本貰うよ」

アルドールも同じものを頼んだ。

「おう!少し待ってな」

店主はそう言うと慣れた手つきで岩魚の口から串を刺し、岩魚の体に満遍なく塩をまぶす。そして網の上におくと、あっという間に焼けて良い香りが漂った。

「はい!!お待ち!!そちらのベンチで食べれるからよかったらどうぞ」

アルドールとクライゼンは岩魚の塩焼きを乗せた紙皿を受け取ると、向かい合うようにベンチへと腰かけた。隣では老人はゆっくりとビールを飲んでいる。

「じゃあいただきまー‥‥‥」

クライゼンがようやくお待ちかねの魚に大きく口を開いて食らいつこうとした瞬間

「おぃテメェ!!金をだしやがれッ!!」

若い男の怒号が響き渡った。

声のする方向へ目をやると、一人の若者が黒い刃のナイフを先ほどの店主に突き付けている。その若者の後ろには取り巻きらしき連中が数人おり、へらへらとした笑みを浮かべてことの一部始終を見守っていた。

「わ、分かったから乱暴はやめてくれ」

店主はそう言うと、売り上げた金が入った入れ物をナイフを突きつけている若者に引き渡した。

「へっ!!根性無しがッ!!」

若者はそう吐き捨てると、人ごみに威嚇を飛ばしながら道を開けて消えていった。

「‥‥‥ちょっと行ってくる」

アルドールが立ち上がった。

「良いよ良いよお客さん。ああいう連中は金のためにやってるわけじゃないんだ。好きにさせとけばいいよ」

店主は諦めたように言ったが、アルドールは諦めるつもりはないようだ。むしろ笑みを浮かべて嬉しそうにしている。クライゼンはというと少し怪訝そうな顔をした。金のためではない強盗に何の意味があるのだろうか?

「ただの遊びだ。クライゼン、すぐに戻るから先に食べといてくれ」

そう言い残すとアルドールは若者たちが去った方向へと駆けだした。

「うん。分かった」

クライゼンはそう返しただけで、何事もなかったかのように岩魚にかぶりつき、幸せそうな表情を浮かべている。

「心配じゃないのかい?あんたのお連れさん、酷い目に合うかもしれんよ」

隣の老人がクライゼンに話しかけた。

「大丈夫。その気になれば街一つぐらいは消し飛ばせるほど強いんだから」

クライゼンはそう言うと、再び岩魚の腹に喰らいついたのだった。

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