第3話 莚売りと黄色の頭巾・弐

「おいおい、喧嘩の仕方も知らないのか?」

 早々に気絶した男たちを前に、玄徳げんとくは驚きを通り越して呆れる。

「見つけたぞ!」


 背後から怒りの籠った声がして振りかえると、大きく黒い影が眼前の風景を遮った。


「……今度は何だ?」


 見上げていくと、筋骨隆々のたくましい体躯たいくがあり、その上には、


「子供……?」


 少年の顔があった。


「てめえも黄巾賊こうきんぞくの仲間か!」

「何だと。いい加減にしろ、私がこんな奴らの仲間だと?」


 即答すると、少年は慌て出す。大きな体をしているが、かなり若いようだ。


「そ、そうか。悪かった。じゃあ、助けてくれたんだな」

「……まぁ、そういうことになるのかもな」

「じゃああんた……良い奴なんだな」


 妙に逞しい少年は、その身体に似合わないほど無邪気な笑顔を見せる。


「おっと、姫様を助けてやんないと」

「姫様?」

「おうよ!」


 少年は、その姫様とやらに巻かれた袋を解きながら答えた。玄徳げんとくも手を差し出して解くのを手伝う。


「この方は、代郡だいぐん太守たいしゅ劉恢りゅうかい様の姫様だ」

「その姫様が、どうしてこんなところに。代郡だいぐんはここからかなりあるだろう? 結構固いな――よし、これで全部取れた」

「ありがとうございます」


 袋から出された少女の素顔が現れ、玄徳げんとくは息を呑む。


「父上が、黄巾賊こうきんぞく討伐の協力を、幽州ゆうしゅうの諸氏に請うべく参ったものにつき従ったのです。そうしたら、宿にいたところを賊に……」

「ホント、べっぴんさんだよな。俺も初めて見たときには驚いたぜ」


 玄徳げんとくの眼は、姫に釘付けだった。くりんとした大きな両の目と長い睫毛、色白で、つるんとした頬、柔らかそうな髪の毛、良い香りがしそう、なんて思ったところでまじまじと見つめすぎている自分自身に気づき、慌てて目を逸らしながら、少女に纏わりついていた紐で賊徒を縛り上げる。


「これはうちの荷車なんだ。こいつら俺の荷車盗んで、それに姫様のせて行こうとしやがった。とっちめてやろうとしたんだけど、二人に足止めされて、その隙に残りの三人で逃げやがった。あー、車輪が折れてらぁ……。けど、あんたのおかげで助かった!」

「何かお礼をいたしましょう。街へ戻れば、父上様が居りますから」

「おぉ、気前が良いねぇ! よし、あんたも行こうぜ」

「あ、あぁ。で、何処へ行くんだ?」

「聞いてなかったのか……オイオイ、今言ったろ? 太守たいしゅ様に会いにいくんだよ」


 会う? 自分が、郡太守ぐんたいしゅに?


「あ、いや、その」


 上の空だなんて何年振りだろうか。人の話が聞こえてこない程に、姫の美貌に玄徳げんとくは目も心も奪われていた。


「ほら、いくぜ。何ぼおっと突っ立ってんだ」


 少年に背中をばしばしと叩かれ、彼に連れられるがまま、玄徳げんとくは元来た道を引き返すことになった。


「そういや、まだ名乗ってなかったな。俺はこの川の向こう、蟠桃村はんとうそん張飛ちょうひあざな益徳えきとくってんだ。気軽に益徳えきとくって呼んでくれよ。そこいらの連中に聞きゃあ一発、ちったぁ有名人だぜ。あんたは?」


 道すがら名乗った少年に、玄徳げんとくは口ごもる。昔から、初めて逢う相手に名乗るのはいつも気疲れがした。だが、黙っているままという訳にもいかないので、苦笑いをしながら、


楼桑村ろうそうそん劉備りゅうび、字は玄徳げんとく

 とだけ言って、

「ただの、むしろりの農夫ですよ」

 そう続けた。


りゅうさんってことはかんの皇室か! 流石だねぇ。貧しくとも、仁義の心は忘れないってか。うんうん。あんた、やっぱり良い奴だな。農夫にしとくのは勿体ないくらい整った顔はしてるし、心は清く正しく誠実に、と来たもんだ」

「そんなことは……」


 褒められているのか。

 正直戸惑った。逢って間もない少年に、これでもか! というくらい褒められた。問屋の親父のそれとは違う、何かがそこにはあった。


「本当にお二人とも、ありがとうございました」

「そうだ、礼はどのくらい貰えんだ?」

「そうですね、父上の持ち合わせで足りなければ、後々届けさせることもできると思うのですが、あなた方のお望みには叶うと思いますよ」

「そりゃありがてぇ。こいつらに荷車をぶち壊されちまったからな。買いなおさねぇと」

りゅう玄徳げんとく様……と、おっしゃいましたか?」


 娘がこちらを伺う。

 普段若い女性と話す機会など滅多に無い。周りの女性、と言えば家に仕えるお婆と村のおばさん連中、あとは近所の子供たち程度で、こんなにも綺麗で高貴な人物と話すのは初めてだった。瞳の奥に、吸い込まれそうになる。

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