第20話 もしかしての話

 カレンはんでからもしばらく、だまってテテの毛並けなみをでていた。ウルスラもそっとでてみる。体は大きいけれどふかふかで、意外と鼓動こどうも人間と同じくらいのスピードだ。

「……精霊せいれいと生き物のちがいって知ってる?」

 カレンがぽつりとつぶやく。でも質問しつもんのかたちの言葉ということは、ウルスラに答えを期待しているのだろう。

れいでできているかどうか?」

「んー。そう思われてるけどね。じつは生き物も、多少はれいふくんで、れいで動いてるの。このテテなんかは、身体は生き物としてあるでしょ、でもほとんど精霊せいれいみたいなものだったりする。精霊せいれいは生き物より自由に体のかたちをえたりほどけたりするけど、それもれい割合わりあいがちがうから、というだけなんだって。

 ただ、ひとつだけ絶対ぜったいにちがうところがある。生き物は思い出をわすれる。いやな記憶きおくも、たいせつな記憶きおくも、そのうちいつかくなってしまう。それは、記憶きおくを頭のなかに保存ほぞんするからだって。

 そんで精霊せいれいは、絶対ぜったいわすれないんだ。精霊せいれい記憶きおくを自分の中にのこさない。精霊せいれい記憶きおくは、この星の記憶きおくそのものなんだって」

「それって、精霊せいれいが食われてものこるの?」

「えっ? 食われたらのこってても意味ないんじゃないかな……?」

普通ふつうに考えたらそうか……。じゃあ、食われた精霊せいれい復活ふっかつしたら?」

「うーん、同じ精霊せいれいなら同じ記憶きおくにたどりつけるかもね。

 でも、なんでそんなこと聞くの?」

「ミリヤラが、リンさんとなにか因縁いんねんがありそうだったんだ。四千年前に食ったのに、ってサレイ先生が言ってたけど、たぶんあれはリンさんの言葉だったんだと思う」

「ああ~……ここだけの話、おかあさんは精霊せいれい同化しちゃってるからね……。契約けいやくってことにしてるけど、もうそのへんの人格じんかく境界きょうかいがけっこうあいまいなんだよね……」

 同化だけはしないでよ、うつわこわれてしまうから。そうサレイ先生がミリヤラに言ったのは、自分と同じ道をたどらせないためか。やみの大精霊せいれいと同化なんかしてしまったら、未来みらい予知で頭がおかしくなってしまいそうだけど。

「そういえば、やみの大精霊せいれい未来みらい予知できるなら、光の大精霊せいれいもなんかそういうすごいことができたりするの?」

「うん……でも、これ説明せつめいして分かるのかなぁ……。わたしもじつはピンと来てないからさぁ……」

 カレンがふにゃふにゃと首をらす。

「光の大精霊せいれいウェルは、過去かこを見て、過去かこ干渉かんしょうできるって言われてる。でも、過去かこえても今のわたしたちの過去かこわらないんだって。時空の分岐ぶんきを起こせるだけ……あったことがかったことになった〈今〉が、べつに発生するだけ。それって何がうれしいのか……わたしにはよく分かんない」

「んと、こっちのぼくらがそっちの〈今〉にうつったりとかは?」

「生命体はそういうことはできないみたいだね。精霊せいれいなら行けるって」

 カレンがそう言うってことは、精霊せいれいからちょくせつ聞いたのだろう。

「神様は行ける?」

「神様も生命体だよ!」

「へぇ……いや、そりゃそうか。死ぬってことは生きてるってことか」

 精霊せいれいたちがほかの〈今〉にうつれるなら、こんなになってしまった世界にまだのこつづける理由はなんなのだろう、とウルスラは思った。

「……もしかして、夜の神様が死んでしまったこの〈今〉が、精霊せいれいたちにとっては理想だった……?」

 それなら納得なっとくがいく。夜の神様が死んで、精霊せいれいが見つかりやすくなったという。精霊せいれい魔法まほうをサレイ先生が、つまりリンが広めようとしている。夜の神様が精霊せいれいに気をつけてって手紙を送ってくるのは、巫女みこだったサレイ先生から未来みらいを知って、精霊せいれいたちのなにかのたくらみを阻止そしするのに、ウルスラとカレンが適任てきにんだったからでは? ひょっとして、夜の神様をころしたのは、大罪人たいざいにんじゃなくて精霊せいれいたちだったのかもしれない……?

「……ウルスラの発想って、ときどきこわいよ」

 カレンがぽそりとつぶやいて、ウルスラはハッとした。さすがに突拍子とっぴょうしもなさすぎる。でも、手紙のことを軽く見るのはやっぱりやめよう。差出人さしだしにんの正体が、ホントに夜の神様である可能性かのうせいが出てきたんだ。

 カレンに今の推理すいりつたえるべきだろうか。いや、カレンに言うとサレイ先生につたわる。光の大精霊せいれいウェルにもつたわるかもしれない。カレンの力は必要ひつようだけど、精霊せいれいてきかもしれないんだ。だったら、カレンに考えぜんぶは言わずに、これからどうするかだけ言うのが安全だろう。

「ごめん、ただのこじつけだよね。それより用事を思い出しちゃったからもどらなきゃ。ヒルタンが待ってる……カレンは、もうだいじょうぶそう?」

「そっかそっか、それはたいへんだ! うん、わたしならもう平気だよ! 寒いし、家にもどるね~」

「うん、風邪かぜには気をつけて……それじゃ、またね」

「またねー!」

 カレンに笑顔えがおで手をってわかれる。用事があるなんてウソをついた。カレンがウルスラみたいに、心臓しんぞうの音を聞いてウソを見抜みぬける人じゃなくてよかった。

 べつに遊んでってもよかったんだけど、カレンの家にはサレイ先生が……リンがいる可能性かのうせいが高い。警戒けいかいしておくにしたことはない。

 りょうに帰る? いや、なんとなく今は、たよりになる人のところに行きたいな。

 ウルスラは、騎士きしだん詰所つめしょに足をばすことにして、大樹たいじゅみきの雪道をサクサクと登っていった。

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