第19話 つめたい涙

「あーもー、し! ハズレ! ノーヒント! なんも分かんないよー!」

 ウルスラは自室でまくらをぽかぽかたたいた。冬至とうじぎて、授業じゅぎょうはしばらく冬休み。夜の神様がいたころ冬至とうじから十日間の冬休みがあって年が明けたのだが、今年ことしはまだまだ終わらない。夜明けの神様が、夜の神様が死んだ翌日よくじつを夜明けの日として新年に定めたのだ。だから、二月二日で新年になる。なんだかびみょうにキリが悪い。日付ひづけもずらしちゃえばいいのに、それはうまくいかないらしい。まあ、たしかにウルスラも、誕生たんじょう日が九月六日から突然とつぜんちがう日付ひづけになりますって言われたら、ちょっといやかも。きゅーろくの数字のならびに愛着あいちゃくがあるからだ。

 夜明けの神様と言えば、セルシアおにいちゃんの個人こじんレッスンが始まった。おにいちゃんの仕事しだいだけど、授業じゅぎょうのない日にだいたい朝から予定を入れてくれている。手紙について手詰てづまりになったウルスラは、ホントに夜の神様が書いていたのかもしれないと思って一度だけ、セルシアおにいちゃんに聞いてみた。すると「えぇ? あっはは、あの人がそんなことするわけないよ!」と軽くわらばされたので、そりゃそうだとずかしくなって話をそらした。本物の神様が司教しきょう様あてならともかく、ただの子供こどもひとりに手紙を書くことなんていよな。

 気にしなくてもいいんじゃないかとも思う。手紙の差出人さしだしにんはウルスラたちを心配してくれているものの、今のところ大したアドバイスになってないし、大した事件じけんも起きてない。なんだかよく分かんない精霊せいれいみたいなものが見守ってくれてるのかもしれない。ただ、モヤモヤはする。それで、ここのところ購買こうばいのおばあさんに今までに便びんせんを売った人のことを聞いてみたり(さっぱりおぼえていなかった!)、手当たり次第しだい最近さいきん手紙を書いた?と聞いてみたり(ドキッとする人はいてもウルスラあての手紙の話が出てくることはなかった)、いろいろ頑張がんばってみたのだ。結局けっきょく、手がかりはかったわけだけれども。

『そしてあなたはいずれ、否応いやおうなく、その差出人さしだしにんを知ることとなる』

 やみの大精霊せいれいの予言も、今はむなしいだけだ。

「いずれっていつだよ……」

 カレンに愚痴ぐちのひとつでも言ってやりたいところだが、冬休み中カレンは家に帰っていた。ふだんだれもいないウルスラの家とちがって、カレンの家にはおかあさんのサレイさんと、おにいさん二人ふたりと、めちゃくちゃ大きい黒い犬がいる。馬より大きい。畑の土づくりの手伝てつだいをしている玉犬ぎょくけんの一頭だ。

「……遊びに行ってもいいかな」

 ヒルタンをいていくのは気がかりだけど、昼間は一年生どうしで遊んでいてウルスラと顔を合わせることはほとんどない。カレンの家には今までも何度かまりに行ったことがあるし、道にまようこともない。

 ただ、今まではカレンにさそわれてのことだった。ウルスラからおねがいしたことはない。それに、セルシアおにいちゃんがイグラスにてからというもの、恋人こいびとという関係かんけいをなんとなく理解りかいしはじめたウルスラは、あんまり女の子の家に遊びに行くのもくないかなと思いはじめていた。ウルスラにきな人ができた時に、こまったことになるんじゃないかな。カレンにきな人ができた時は……そのことは、あんまり考えたくなかった。

 いや、でも、そうか。そう考えると、遊びに行けるのはもう今のうちだけかもしれない。おねがいしてみよう、もったいないし。

 ウルスラは思い立って厚着あつぎをし、雪用ブーツをいて外に出た。もしかしたらと思って外泊がいはくとどけも出してある。だめだったらおとうさんかガンホムさんのところに行けばいいや。最近さいきん騎士きしだんは、冬空をべないし冬の海ももぐれないので訓練くんれんばかりだという。ほかの国や世界がぜんぶくなったから、人を相手にけんるうこともない。さぞかしヒマしてることだろう!

 カレンの家の前までて、やっぱり気おくれしはじめたウルスラは、もうこのままチャイムをさずに騎士きしだん詰所つめしょまで行っちゃおうかなと思った。すると、バタンと玄関げんかんとびらが開いて、中から部屋着へやぎのままのカレンがしてきた。

「カレン!?」

「えっ、ウルスラ!?」

 薄着うすぎなのにもびっくりしたけど、どうやらいてたっぽいことにもっとびっくりした。カレンはウルスラの手をつかんで巨大きょだいな犬小屋にんだ。山のような黒い毛皮がみっちりまっている。小屋のあるじねむそうにうなった。

「ごめんねテテ、ちょっと一緒いっしょにいさせて……」

 カレンが言うと、テテはくぅと鳴いて体をたおし、カレンとウルスラを小屋の中にむかれてくれた。けもののにおいがする。えられないほどじゃなかったので、ウルスラはカレンにった。二人ふたりでテテにもたれてすわむ。ぐすぐすとすすりきを止めようと頑張がんばっているみたいだ。ウルスラは先に声をかけることにした。

「……ごめん、ヒマで遊びにちゃった」

「そっかぁ……んん、わたしこそ、タイミング悪くてごめんね。ちょっとだけ時間ちょうだい」

「いいよ」

「……おにいちゃんがね……シオンおにいちゃんがね、移民いみんせんに乗るって言ってるんだ」

「シオンおにいさん、って去年こっちにたおにいさん?」

「うん……」

 カレンには二人ふたりにいさんがいる。おとうさんの上司じょうしだったアザレイさんとちがって、シオンさんのことはほとんど知らない。会ったのも二、三回だ。イグラス出身だけど去年までちがう世界でらしていて、サレイさんの仕事を手伝てつだうために帰ってきたのだと聞いている。

「……ホントはね、シオンおにいちゃん、仕事が終わったらすぐに元の世界にもどるつもりでいたんだ。子供こどもが生まれそうだからおくさんをいてきたんだって。でも……大災害さいがいで、帰れなくなったから……」

 なるほど、と思う。大災害さいがいが起こる前、この世界はいろんな世界と地続じつづきでつながっていた。けれど、そのつながりもぜんぶ、海にながされてしまった。ほかの世界までどうなったかは分からない。もうたしかめるすべがないのだ。

「……だから、おにいちゃんは移民いみんせんに乗って、もしかしたらどこかに世界のつなぎ目がのこっていて、ほかの世界に行く手段しゅだんがあるんじゃないかってさがしに行きたいみたい」

 移民船いみんせんは、大樹たいじゅれたえだを使ってつくられはじめている。えだとはいえ、何千人も乗れるくらいの巨大きょだいな船になるそうだ。イグラスに今のこっている人は全員乗れるとも聞いた。でも、ウルスラのまわりで乗ると決めたという話はほとんど聞かない。移民船いみんせんがめざすほかの大陸たいりくが海につからずのこっている保証ほしょうはどこにもない。下手へたすると一生、船の上でごすことになるかもしれない。

 海がこわいという人も多い。それはそうだろう、見渡みわたすかぎりゆたかな森だった土地をぜんぶんだ「虚無きょむ」だ。そんなものの上にかんでいたら、いつ自分がまれてもおかしくないと感じてしまうだろう。

 乗る人は、イグラスに居場所いばしょのないぞく世界の人たちや、家族としょくをうしなって、どこで生きていてもわらないとはらをくくった人たち。それから、カレンのおにいさんのように、奇跡きせきにすがることをやめられない人たち。

 水面みなも会から乗りたいという子どもが出るかと思ったけれど、少なくとも今のところ中等科までではそういう話を聞いてない。子どもには学園という居場所いばしょがある。だれも知らないところに行くより、知った顔とごはんる場所のあるこっちがいいということだろう。家族がぞく世界にいてわかれていても、シオンさんのように行動にうつすのは勇気ゆうきのいることだ。

「すごいね、シオンさん……。……カレンは、心配なの?」

「ううん、シオンおにいちゃんはおかあさんと同じくらい魔法まほう得意とくいだし、心配はしてないよ。……いや、……してるけど……生活の心配じゃなくて、こころの心配だけ。

 ……もし、世界のつなぎ目が、この海をどこまで行っても見つからなかったら……。何もないって分かっちゃったら、おにいちゃんは……」

「……」

 カレンの心臓しんぞうがドキドキしている。こわいんだな。せっかくもどってきた家族が、せっかく一緒いっしょのこった家族が、ってしまうのがこわいんだ。

「……その時は、きっと帰ってきて、カレンにただいまって言ってくれるよ」

「そうかなぁ……」

「そうしてっておねがいしとくといいよ」

「ええ……だって、それって見つからないこと期待きたいしてるみたいにならない? それはなんか、ひどいから……いいや」

「……そっか」

 ひどい、と言われてしまった。そんなつもりはなかったんだけど、むずかしい。ウルスラもちょっぴりきたい気分だった。

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