第18話 精霊は怖いもの

「リン、出てきて」

『そんなんでいいの? みんなはもっとちゃんとした召喚しょうかん詠唱えいしょうとかが見たかったんじゃないの?』

 突然とつぜん頭のなかにねん話がんできた。まちがいない、ウミウシ事件じけんの時に聞こえたおねえさんの声だ。

「だめだよ、かんたんにまねされたらあぶないもん」

 カレンがゆかかげびかけると、クスクスとわらごえがした。

『そんな心配いらないわよぉ、だって……』

 ずる、と。

 部屋へやちた夕闇ゆうやみが、動いて。

精霊せいれいをオモチャにする悪い子たちは、みぃんなここで食べちゃえばいいのよぉ~!』

 中等科の先輩せんぱいたちがさけぶまもなく、まっくろいかげにおおわれて、どろりとけた。

「ひっ、あ、うわあああ!」

 ダープレット先輩せんぱいが悲鳴を上げる。ほか生徒せいとたちもそうとしてこしかしたり、思いつくかぎりの防御ぼうぎょ魔法まほうを出そうとしたり必死ひっしだ。ウルスラはまずカレンが無事ぶじなのを確認かくにんして、その顔がまったく動じていない、ちょっと迷惑めいわくそうにまゆせているだけなのに気づいた。

「やりすぎ! みんなこわがってるじゃん!」

『……このくらいしてやらないとかないと思うのよね』

 カレンにめられてしぶしぶ、というようすで、やみはとぷんとぷんれて中等科の先輩せんぱいたちをした。顔はまっさおになっているけれど、無事ぶじのようだ。

「い、生きてる……? おれ、生きてるよな……?」

「ごめんなさい、もうしません、ごめんなさい……」

「び、ビビらせんなよな……」

『カレンに感謝かんしゃすることね。わたしとしてはあのままんでやっても、ちっともこまらなかったんだから』

 いつの間にか、やみは人のかたちになっていた。サレイ先生をわかくした感じの、すらりとの高いきれいな女の人。まっすぐ長い黒髪くろかみやみ色のひとみ、赤いくちびると黒いネイル、細身の赤のドレスで背中せなかに身のたけほどもある黒い大きなつばさを生やし、鹿しかの頭の形をしたじょうとうの、青黒く長いつえを持っている。おおよそ人のかたちはしているけれど、ミリヤラとちがって息もしてないし血もかよってなさそうだ。

「えーと、あらためて紹介しょうかいするね。やみの大精霊せいれいのリンです」

『リンよ。名乗らなくてもいいわ。ナディブ、アルルク、ヤメスティ、シーブニル、ミスト、ランシャン、レビィ、ノイマン、グシャクにウルスラ。みーんな知ってるもの』

「な、なぜだ……」

 グシャクもひるんでいる。めずらしいものを見たな。

やみはぜんぶお見通しなのよぉ~!』

「お母さんの契約けいやく精霊せいれいだから生徒せいとの名前もおぼえてるだけだよ。ごめんね、ムダにこわがらせちゃって!」

『カレン! すぐネタばらしするのはくないと思うわ。精霊せいれいをオモチャにする子たちのあつまりなのよ? わたしたちの機嫌きげんそこねたらこわいんだぞってこと、ちゃんと分かってもらわないといけないの』

「そういうのはね、こんな無茶むちゃしなくても、お母さんがちゃんとやるから……。だいじょうぶだから……」

『食べちゃうぞ~!』

「だめ! 〈びし者のほっするところをせよ〉」

『……あーあ。わたしもヤキが回ったものよねぇ』

「ヤキが回るの意味分かって使ってる?」

『んー、だいたい?』

 リンはそう言うと、とぷんとやみに体をかして今度はつばさのある大きな鹿しかのすがたになった。立派りっぱな角があるけどメスではないんだろうか。いや、精霊せいれいにオス・メスなんかいか。きなすがたをとっているだけなんだろう。

鹿しかになった……その子もリンさん、いや、リン様なのかい?」

 ダープレット先輩せんぱいがおそるおそるカレンに聞いた。

「うん、話したくないってねたらこんな感じ!」

ねてなんかないわよ』

「リン、逆効果ぎゃくこうかだよ。かわいーってなっちゃうよ」

『まあ、なんてこと……』

 黒いつややかな毛並けなみの鹿しかはやれやれと言いたげに首をって、羽をたたみひざってすわんだ。ようやく落ち着いたと見たのか、カレンが精霊せいれい愛好会あいこうかいのみんなのほうに向き直る。

「えぇと、こんな感じだけどリンはまちがいなく世界で一番強い精霊せいれいだよ! 質問しつもんとかあったら、わたしの分かる範囲はんいで答えるよー!」

 カレンの言葉に、先輩せんぱいたちは顔を見合わせた。専科せんかのアルルク・ヨーン先輩せんぱいが手をげる。

「その……詠唱えいしょうかったから分からないんだけど、今はどういう状態じょうたいなの?」

「あ、そっか。今はわたし魔力まりょくが少なくなるまで、わたしのぞむとおりにしてくださいって感じのおねがいをしてるんだ! まあ、あんまりすごいことはさせられないけど、お話しするくらいならまだまだ時間に余裕よゆうはあるよー」

 カレンくらい魔力まりょくがあると何でもありなんだな、とウルスラはしたいた。

「じゃあ、はい。やみ精霊せいれいってどんなことができるんだい?」

「えっと……」

 ダープレット先輩せんぱい質問しつもんに、カレンは言いよどんでリンのほうを見た。

『……死ののろい。やみを広げること。やみまぎかすこと。光につらなる属性ぞくせい軽減けいげん。水、地、波動はどうなどのやみつらなる属性ぞくせい吸収きゅうしゅう未来みらい予知よち。……最後さいごのは現状げんじょうわたしにしかできない』

「すごい……未来みらいが見えるの!?」

 ランシャン先輩せんぱいが目をかがやかせる。精霊せいれい鹿じかはクアッとあくびのまねをした。

『そりゃあ、死をつかさどるモノですもの。えるわよ、いくせんいくまんとおりのことなる未来みらいが。そのすべてでいずれ死ぬヒトの未来みらいがね』

 ランシャン先輩せんぱいの目がかがやきをうしなった。思っていたものとちがったらしい。あなたは将来しょうらいあの人と結婚けっこんします、みたいな予言がしかったのだろうか。ウルスラは、未来みらいなんか決まっててたまるかと思うけれど、予言をしんじたがる人たちがいるのも知っている。

 そういえば手紙の内容ないようも、未来みらいのことしか書いてなかったな。ウルスラは耳をませながら、二通の手紙を取り出した。

「ここに二通の手紙があります。中身は未来みらい予知よちのようなものでした。あなたは関係かんけいしていますか? そして、ぼくはこの先、手紙の差出人さしだしにんめられますか?」

 リンはすっと首をもたげて手紙に顔を近づけてきて、それからゆっくりまばたきをした。

『……いいえ、わたしは今のところ、関係かんけいしていないわ。そしてあなたはいずれ、否応いやおうなく、その差出人さしだしにんを知ることとなる』

「……ありがとうございます」

 ウルスラはコクンとうなずいて引き下がった。鼓動こどうを持たないリンの言葉が本当かどうかは分からないが、ひとつだけ分かったことがある。

 精霊せいれい愛好会あいこうかいのメンバーの中に、手紙の差出人さしだしにんはいなかった。

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