第21話 頼りになる人

 騎士きしだん詰所つめしょが近づいてくると、ウルスラの耳は大人おとなの男の人たちのごえわらごえ、それからりゅう大鷲おおわしたちの鳴き声をキャッチするようになった。見てみたいのはりゅうだけど、まず騎士きしだんの人に許可きょかをもらわないといけないだろう。

 おとうさんのいる蒼天そうてんか、ガンホムさんのいる黒天こくてんまよって黒天をえらんだ。おとうさんだと仕事のじゃまをするなとしかられるかもしれないからだ。それに……。

「おっ、ウルスラちゃんじゃねェか」

 団長だんちょうのガンホムさんも、〈音のたみ〉ではないけれど、ものすごく耳がいい。生まれつき目が見えてなくて、理の司教しきょう様に見えるようにしてもらうまでずっと耳だけにたよって生きてきたからだろうか。こうやって、建物たてものに入るだけでウルスラがたと気づいてくれるのだ。

「こんにちは! 冬休みなので、見学にちゃいました。おじゃまでなければ入らせてもらっていいですか?」

「おう、いいぞ! つーかディズのやつ、冬休みなのに帰ってねえのか」

「おとうさんはお休みとかいですから、しかたないです」

「そんなもんかぁ? まっいいや、今ちょうど魔法まほうへい訓練くんれんやってんだわ、見ていくといい」

 ガンホムさんはウルスラが知ってる人のなかでだれよりも大きい。となりに立つと、天井てんじょうの明かりを見上げるようなかっこうになる。威圧感いあつかんはあるけれどこわい人ではない。森みたいな長い前髪まえがみの下の、きれいな緑色の目と目が合った。

たたかいの訓練くんれんですか?」

「ああ、精霊せいれいさわぎもあったからな。戦争せんそうじゃなくて今後はそういうのが主になりそうだ」

「そっか、そうでしたね」

 精霊せいれいウミウシを一撃いちげきでしとめたアザレイさんはもう騎士きしだんにはいない。人がいなくなったあなめるのが大変たいへんなのは、ウルスラも聖歌せいかたい痛感つうかんしていた。

 と、急にりゅうしゃの方からりゅうさけごえが聞こえてきた。鳴き声というより悲鳴ひめいに近い。

「えっ、ガンホムさん、あれ……」

「ああ……冬のあいだに、りゅうたちの手術しゅじゅつをやっちまおうと思ってな。だいじょうぶだから気にしなくていいよ」

「どこか悪いんですか……?」

「どこも悪くないんだが……あー、去勢きょせいっつってな。気性きしょうあらいオスをおとなしくさせるのに、オスのタマを取っちまうんだ」

 ウルスラがなんとも言えずにいやな顔をすると、ガンホムさんはひくうなった。

「……分かるぞ。男としてはいやな気分になるよなぁ。でも、今までとちがって、しばらくはこれ以上いじょうりゅうやすわけにもいかねぇし……かわいそうだが、こいつらのためでもあるんだよ。去勢きょせいすればオスじゃなくなるんだ。メスをこいしがってストレスめることもなくなるし、オス同士どうしのケンカもしなくなる」

「しかたないんですね……」

「ああ。ま、そんなわけだから今はりゅうしゃには案内あんないできねえ。また今度な」

「分かりました」

 りゅうを見たかったのは本当だが、たしかに今行ってもじゃまにしかならなさそうだ。ウルスラはおとなしくガンホムさんについていくことにした。

 りゅうしゃの横をとおって練兵場れんぺいじょうに出る。兵士へいしたちが二人ふたり一組ひとくみ防御ぼうぎょ攻撃こうげき魔法まほういしていた。寒いのにほのお魔法まほうは使わないんだ? 氷や風の魔法まほう魔法まほう防壁ぼうへきって、こちらまでこごえそうだ。ウルスラはガンホムさんにひっついてかくれた。

「どうした?」

「さっ、寒くて……!」

「おおそうか、悪いな。おれぞく世界の出だから、なんかあたたまるような気のいた魔法まほうも使えねえんだよな。ひっついててもいいがあんまり無理むりすんなよ?」

「だいじょぶでふ……ほのお魔法まほうはないんですか?」

「ああ、大樹たいじゅも家もえやすいからな。ほのおかみなり魔法まほうは使わないことにしたんだ」

「そういうことですか」

 だんるくらいのほのおなら歓迎かんげいだけど、大樹たいじゅえてしまうのはまずい。騎士きしだんの人って、たたかうこと以外いがいにもいろいろ考えないといけないんだなぁ。

 ウルスラのが合わなくなってきたのをガンホムさんはすぐに聞き分けて、休憩きゅうけい室に案内あんないして白湯さゆを出してくれた。ウルスラはお礼を言ってありがたく温まりながら部屋へやの中を見渡みわたした。

「あのカレンダーみたいなのはなんですか?」

「あれは見回りの当番表だ。まち事故じこ事件じけんがあったらけつけられるようにだな」

「そういえば、ウミウシさわぎの犯人はんにんつかまえる時は、騎士きしだんの人たちは来なかったですね」

「う、りゅうレースの直後でりゅうがぜんぶハダカだったからな……。アズ、いや司教しきょうサマにもだいぶお説教せっきょうを食らったんだ、祭りだからって警備けいびゆるめていいことにはならねえってな。今はもう、どんな時でも交代で何頭かはすぐ動けるようによろいを着せてあるから安心してくれ」

「アザレイさんのりゅうはレースの時もよろいを着てましたもんね」

「あれな……。うちの騎士きしだん魔法まほうを使えるやつは七十人ちょい、得意とくいなやつは十人ほどだ。それでも魔法まほうを使いつづけながら全速力を出させるなんて芸当げいとうができるやつはほかにいねえよ。しかも一等いっとうまで取られたんじゃお手上げだ。現役げんえきころから知っちゃあいたが規格きかくがいだよ、アズは」

「うふふ、カレンと一緒いっしょだ。二人ふたりのおかあさんの大導師どうしサレイさんも先生になったんですけど、ものすごいですよ。できないことなんていんじゃないかなってくらいです」

「あの家族がおかしいくらいすごいんだ……と言いたいところだが、神さんも司教しきょうサマたちもみんな何かしらおかしいからな……。ま、おれおれに見合った仕事をこなすだけだ。何万人の軍団ぐんだん指揮しきはとても無理むりだが、百人足らずの今の騎士きしだんならなんとか面倒めんどう見てやれるさ……。

 っと、悪かったな、なさけねえ話をしちまった」

「いいえ、とんでもないです! 騎士きし団長だんちょうをしてるガンホムさん、カッコいいです」

「そうか? カッコいいとこあったかなぁ」

ぼく、ほかの人をちゃんとほめられる人にあこがれてるんです。すごい人をすごいってみとめられて、ねたむんじゃなくて、自分も自分にできることしようってなるのがすごいです。ぼくもそうなりたくって……」

「なってんじゃねえか、もう」

「えっ?」

おれのことすげえって思ってくれてんだろ。そんで、自分もそうなれるように頑張がんばろうって思ってんだろ? だったら、おんなじだと思うがな」

 ウルスラは目からうろこが落ちるようだった。そうか、自分ではできないことばかりに目が行っていたけれど、気をつけよう、頑張がんばろうとすることなら、自分にもできるのか。

「そ……そう、かも……?」

「だろ。人のことばっかりじゃなくて、ちゃんと自分のこともほめてやれよ」

「自分でほめてもなぁ……。ほかの人からほめられるからすごいんじゃないですか?」

「んじゃあ、おれからほめるか。ウルスラはえらい、初等しょとう科でそんな大人おとなびたこと考えてるなんて大したもんだ」

「……ありがとうございます」

 催促さいそくしたみたいになってしまってウルスラはれた。でも、これは、すっごくうれしいな。自分で自分をほめるのはちょっとむなしいが、自分の想像そうぞうの中のガンホムさんがほめてくれると考えると頑張がんばれる気がする。

「ガンホムさん。あの、もしぼくが……」

 サレイ先生や、司教しきょう様たちとたたかわないといけなくなったら、と言いかけて、ウルスラは言葉にまった。ガンホムさんは騎士きしだんの人だから、司教しきょう様とウルスラだったら司教しきょう様をえらんで、ウルスラのことは助けてくれないかもしれない。

「なんだ?」

「……もしぼくが、先生とか……えらい人たちとたたかうことになったら、でもそれってぼくなりに、ぼくの思う正義せいぎのためで……そんなことになったら……」

「ああ、そんときゃ助けに行くさ。騎士きしだん正義せいぎの味方なんだ。ウルスラちゃんがこまった時は、かならず力になる」

「えへへ……ぼくが言いたいこと、バレてたんですね。さすがだなぁ」

「……なんかあったな? つらそうな、苦しそうな声だ」

「ホントにそうなるかどうかは分からないんです。もし、の話ですよ」

「ちゃんと相談そうだんに乗るぞ?」

「まだだいじょうぶです。今は、助けにてくれるって約束やくそくしてもらえたのでじゅうぶんです」

 ガンホムさんがあまりにウルスラにかまってくれるので、訓練くんれん中なのにもうわけなくなってきて、ウルスラは話を切り上げて帰ることにした。見学させてもらえればよくて、じゃまをするつもりはなかったのだ。

 お礼を言ってわかれ、ひとり雪道を下る。来る時よりも心が軽くなっている。てよかった!

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