第2話 秋祭りの始まり

「お待たせ、カレン」

「だいじょうぶ? あせかいてるよ!」

「うん、ちょっとヒルタンがね……いや、あとで話すよ。オープニングに間に合うように急ごう」

 二人ふたり昇降口しょうこうぐちから外に出ると、ちょうど大樹たいじゅかげのすきまにきたのか太陽の光がまぶしくかれらをらした。大災害さいがいより前は、かれらの住む大樹たいじゅかげにすきまができるなんて、考えもしなかった。

 世界はギリギリほろびなかった。

 夜の国イグラスのシンボルだった、山より大きい大樹たいじゅみきえだの上で生きのこった人は数千人。そう聞くと多い気がするけれど、世界ぜんでたったこれだけ。他は人もまちも森も山も国もぞく世界もまるごと、海にしずんだ。

 雲より高い大樹たいじゅこずえに住んでいたかみさまが死んで、その場所から、とどまることなく水があふれてきて、またたくになにもかもんでしまった。

 水のいきおいで大樹たいじゅえだだって何本もれて、水にはからない高さにあった王宮も、ぞくがいも、病院も、じゃなかった。しゅつしょくぎょう関係かんけいなくいろんな人が死んだりゆく不明ふめいになったりして、帰ってこなかった。

 神様が死ぬっていうのはそれほどのこと。

 不幸ふこう中のさいわい、その後すぐに新しい神様が立ったから、空中からわき出す水は止まらないもののおだやかになって、災害さいがいはそれ以上いじょう起こらなくなった。

 どうやら、なぜだか、自分たちは助かったらしい。のこったイグラスの人々はとつぜんあらわれたどこまでもつづく海をながめて、感情かんじょうのカタチを決められずにいた。悲しんでいるのか、よろこんでいるのか。

 王様もお姫様ひめさまもいなくなり、のこった三人のえらい人たちが、新しい神様の司教しきょうとなることを宣言せんげんした。司教しきょうというのは、神様の教えをつたえる役割やくわりの人だ。年若としわかくして黒天騎士きしだん団長だんちょうつとめたうえに公爵こうしゃく家の跡取あととりだったアザレイ・シュヴァルツきょう、イグラス最高さいこう魔法まほうしょくである大導師どうしのサレイ……カレンのおにいさんとおかあさん。それから、銀天騎士きしだん団長だんちょうのダイスモン侯爵こうしゃく。この三人が、イグラスの人々のらしを立て直すために神様やほか司教しきょうたちとイグラスとの間に立って復興ふっこうをおしすすめた。

 新しい神様と司教しきょうたちが人々をまとめはじめてようやく、イグラスの人々は実感が追いついた。

 ああそうだ、自分たちはつづけないといけないんだ、と。

 大樹たいじゅどうえだの一本に土がられ、だだっ広い畑になった。海水をふくんでしまった土からしおのぞくのは、めぐみの司教しきょう様がれてきた玉犬という七頭いろとりどりの大きなオオカミたちがやってくれた。土や岩を食べて、しおのないすなをうんちするのだという。みずは水の司教しきょう様が魔法まほうで出してくれる。ほかにも、学園の図書室にてくれるようになった理の司教しきょう様と知恵ちえ司教しきょう様がいろんな道具を作ってくれたり、しずんだ海のそこまちから使えそうなものを引きあげさせたりしている。

 黒い目じゃない、つまりイグラス人じゃない司教しきょう様もいる。みんな新しい神様にいてきた人たちだ。その中には、ウルスラのおとうさんのまれ故郷こきょうから、おとうさんをさがしてやってた人もいた。おとうさんと同じ顔をした、ウルスラの従兄弟いとこのセルシアおにいちゃん。このイグラスでただひとり、ウルスラと同じ〈音のたみ〉の耳を持つ、うた司教しきょう様。

 お祭りのオープニングは学園の園庭えんてい開放かいほうして行われる。ウルスラはよしっと気合を入れた。たくさんの人が出す音のあらしにはれてきたけれど、注意しないとひたすら聞くことに気を取られて動けなくなってしまう。全部聞かないように気をつけて、聞きたい音を決めないといけない。カレンの音、自分の声、お祭りの出し物の音声おんせい。それ以外いがいはわざと無視むししておく。全く聞かないようにするとだれかに話しかけられても気づけないからだ。

 人でごったがえした園庭には、生徒せいとだけが通れる道が用意されていた。の高い大人おとなの中だとステージが見えないからありがたい。道の向こうのステージ前では、ウルスラたちの担任たんにんのロゼンジ先生が、生徒せいとたちはしばすわるようにと指示しじしていた。

「カレン、ロゼンジ先生がいるよ。前まで行こう」

「おっけー!」

 おっけーというのはカレンの言葉で分かったという意味らしい。カレンのくなったおとうさんはウルスラのおとうさんとはちがうぞく世界の人で、カレンのおかあさんのサレイさんも三年ほどそちらにいたらしく、たまに不思議ふしぎな言葉が出てくる。

「あ、カレンとウルスラ! こっちこっち!」

「アテッタ! もう来てたのね!」

 二人ふたりに声をかけてきた黒髪くろかみの女の子にカレンが反応はんのうして、しまった、とウルスラは思った。アテッタは大災害さいがいで家をなくしてりょうに入り、カレンと相部屋あいべやになった同級生だ。かわいいものきを公言こうげんしていて、ウルスラをねこかなにかのようにあつかってくるからあまり得意とくいじゃないのだ。でも、カレンとはなれたくもないのでしかたなくついていく。アテッタはしばの上で広げた貴族きぞくらしい豪華ごうかなスカートをせてスペースを空けてくれた。

「ウルスラにゃんもおはようにゃ!」

「おはようございます、アテッタ」

相変あいかわらずウルにゃんはかたいにゃ~、カレンみたいに仲良なかよくしてほしいのに~」

「だってアテッタは貴族きぞくぼく平民へいみんですから……」

「カレンだってサレイ様のむすめよ?」

「おかあさんは貴族きぞくとは厳密げんみつにはちがうしおとうさんもちがうから、わたし平民へいみん!」

「カレンは……規格きかくがいというか何というか……。ぼくも気をかせてもらえないというか……」

「わたくしもそんななかがいいにゃ~。そもそも貴族きぞくなんて元、じゃない。家も領地りょうちも流されたんだもの、平民へいみんわらないのにゃ……」

 そのわりに、ぼくのこと下に見てるよね、とウルスラはチクリと考えたけれど、アテッタとしてはなぐさめてほしい発言なのだろうからだまっておいた。

大変たいへんだったよねぇ。でも、アテッタが同じ部屋へやになったのはうれしいよ!」

「カレン~! 大好だいすき!」

 ウルスラのとなりで、カレンが百点満点まんてんの返事をする。本当に、カレンという子はてきを作らない。ウルスラはその点カレンを尊敬そんけいしていた。

「あ、そろそろ始まりますよ」

 ウルスラが予告よこくすると、カレンとアテッタはそろってステージを見上げた。ティルーンという大型おおがた弦楽器げんがっきかかえたうた司教しきょう様が壇上だんじょうに立ち、歓迎かんげい拍手はくしゅこった。

「あいかわらずおきれい……そして見れば見るほど、ウルにゃんそっくりよね~」

 アテッタがうっとりとした顔でつぶやく。

「セルシアおにいちゃんはウルスラの従兄弟いとこだもんね!」

「顔だけです」

 ウルスラは、だれにでも愛想あいそのいいセルシアおにいちゃんとはちがう、と下唇したくちびるに力をめた。

 ティルーンのうつくしい調べが拍手はくしゅをしずめる。


 大樹たいじゅめぐみにいだかれて やみねむりし者たちよ

 今イグラスのは明ける 新たなる神むか

 せまりくる朝にそなえよ 大聖堂だいせいどうかねが鳴る

 昨日きのうりし夜の神 惜別せきべつの波せて

 世界はしずむ海のそこ 二度ともどれぬゆめなれば

 目覚めざめてふる明日あすのため 新たな神の名のもとに

 神の隣人りんじんむかれ とも祖国そこくてよ

 夜明けの神よごらんあれ!

 夜明けの神のご加護かごあれ!


 歌の終わりとともにラッパがたかだかとらされ、ワッと歓声かんせいが上がる。どどん、と空砲くうほうの音。ステージのうらから白煙はくえんがのぼり、お祭りの始まりを知らせた。

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