謎掛けの魔法と銀の歌

千艸(ちぐさ)

第1話 魔法学園の特別な朝

 冬の終わりに起こっただい災害さいがいのあと、イグラスほうがくえんは半年以上いじょう授業じゅぎょうがお休みになっている。だから学生たちのさいしょのイベントは、授業じゅぎょうよりも前に、まちげてのあきまつりになった。ウルスラはまだ九さいになったばかりの三年生なので、メインイベントの空りゅうレースには参加さんかできない。でも、朝早くから待ち切れないようすでクルルッと高くりゅうたちの声が男子りょうかれ部屋へやまで聞こえてきて、ひさしぶりにすごく楽しいことが起ころうとしているのだと心がおどった。

「ウルスラおはよっ! だれおうえんするか決まったの?」

 なかよしの女の子、カレンが朝の食堂しょくどうでウルスラに声をかけてきた。二つにくくったきつね色のおさげと、元気に立ったまえがみがゆれている。

「おはようカレン。うーん、むずかしいよ。おとうさんのことは応援おうえんしたいけど、やっぱり強いのは前のだんちょうさんだと思うし、ガンホムさんのことも応援おうえんしなかったらガッカリされるかもしれないし……」

「そう言いつつ、しっかり人気なじゅんに三人えらんでるのが、さすがウルスラだよねー!」

 カレンが声を立ててわらう。ウルスラのおとうさんはディゾールという名で、前はこくてん騎士きしだんというりゅうたたかぐんりゅうだった。今はそのうでを買われ、人や物を運ぶのにりゅうを使うそうてん騎士きしだん団長だんちょうをやっている。長いきんぱつに、ひとめでちがう世界の出身と分かるぎんいろのきれいな目の、いわゆるだんだ。ウルスラはかみの色こそ少し赤みをふくんだ銀色でおとうさんとはちがうが、おとうさんにそっくりだと言われるのはうれしい。そのうえおとうさんはだれにでもやさしくてかしこくて、当然とうぜん人気がすごい。

 ガンホムさんは、今の黒天騎士きしだん団長だんちょうだ。ものすごく大きい人だからレースだと不利ふりな気がするけれど、りゅうのことをいちばんよく分かっていて、会話できているんじゃないかという人もいるくらいだ。おとうさんが黒天騎士きしだんにいたころは、ガンホムさんと二人ふたりひゃくりゅうちょうというりゅうの中のまとめ役についていた。二人ふたりはなかよしで、ウルスラも何度かガンホムさんに遊んでもらったことがある。

 そしてその二人ふたりしていた前の騎士きし団長だんちょうさんがアザレイさん、カレンのおとうさんちがいのおにいさんだ。なんと、まだ十六さい。いろいろあって騎士きしだんをやめたものの、その強さはずばけているし、なにより前の二人ふたりより小柄こがらだから、速さをきそうレースとなると有利ゆうりなのはまちがいない。

ぼく大好だいすきな人たちだからだよ、人気だからじゃないもん。そう言うカレンだって……」

「そりゃあわたしはアザレイおにいちゃんを応援おうえんするよ! ぜん団長だんちょうとか関係かんけいなくだよっ!」

「ほら、一緒いっしょじゃないか。あ、うさぎさん、こっちにお茶ください」

 立てばウルスラと同じくらいの大きさのはいちゃうさぎがテーブルの間をねているのが見えたので、ウルスラは手をげた。はいちゃうさぎはくるっときぴょんぴょんかれのそばまでやってきて、器用きよう背中せなかすいとうをおなかがわに回してウルスラのカップにお茶をいでくれた。

「ありがとうございます」

 ウルスラが小さくお辞儀じぎすると、はいちゃうさぎははなをヒクヒクさせて、ねんという頭にちょくせつ聞こえる魔法まほうの声でウルスラにへんをしてきた。

『どういたしまして。今日きょうのお茶は、たんぽぽとミントのハーブティーよ。お祭りでかれて食べすぎ注意!』

「あ、じゃあそれわたしもください!」

 はいちゃうさぎの説明せつめいを聞いてカレンもカップをさしだす。畑もぜんいちからやり直しになってしまったから、ハーブティーなんてしばらくは、今日きょうみたいな特別とくべつな日にしか飲めないにちがいない。

「ウルスラはセルシアおにいちゃんの歌はきに行くの?」

「オープニングはけるよ。蒼天そうてん騎士きしだんのお手伝てつだいにもうんだから、お昼の出し物はきに行けないと思うけど……」

「あれっ、黒天のほうじゃないんだ!?」

「おとうさんがてくれたらうれしいって言ってたからね」

「あっ、そうかディゾールさんは蒼天そうてん団長だんちょうさんになったんだった! ついまだ黒天にいると思っちゃうなぁ!」

 カレンはてへへ、とわらってごまかした。彼女かのじょの中ではおにいさんがいたころの騎士きしだんのままみたいだ。おにいさんが黒天騎士きしだん団長だんちょうさんだったころ、カレンはよく訓練くんれんの見学に行っていた。もちろん、ただの子供こどもにそんなことゆるされるわけがない。カレンは特別とくべつだ。だいどうサレイのむすめ騎士きし団長だんちょうの妹。それだけじゃなくて、カレン自身が、次のだい導師どうしになるだろうと言われるくらいの魔法まほうの天才なのだった。

「カレンもお手伝てつだいするの?」

わたしはおかあさんのお手伝てつだいするよ! お祭りでさわがしくなるから、せいれいさんたちとモメないようにね!」

精霊せいれいかぁ……やっぱりカレンはすごいよね」

 精霊せいれいなどというものが存在そんざいするなんて、ウルスラは知らなかった。魔法まほう学園でも教えられないことだ。それどころか、大導師どうしサレイが精霊せいれいについて語りはじめてようやく、その存在そんざいが人々にしんじられるようになってきたところだった。もちろん、ほとんどだれも今まで見たことがない。そんな中で、カレンはサレイさんから精霊せいれいのあつかいの手ほどきを受けていて、精霊せいれいを見つけて対話たいわすることができる。

「あ、でもおかあさんが言ってたけど、もうすぐ学園のみんなにも精霊せいれい魔法まほうを教えることになるらしいよ! 大災害さいがい自然しぜんにあるれい安定あんていになっちゃったから、それを使ってた今までの普通ふつう魔法まほうより効率こうりつがいいんだって!」

「よく分かんないけど、そうなんだ? カレンに追いつける気はしないけど」

「追いつくまでわたしとおかあさんでめっちゃ教えるから、がんばろ!」

無理むりだよ……」

「何言ってんの、わたし相棒あいぼうでしょー!」

 ぼくが〈おとたみ〉であるみたいに、カレンの才能さいのうもカレンだけのものだからしつけないでほしい、とウルスラは言おうとして、やめた。そんなことで大切な友達ともだちに、楽しいお祭りの日に、イヤな思いをさせたくなかった。

「カレンは夢見ゆめみがちだよね」

ゆめを見るのはだいじだよね!」

 びみょうなイヤミだと通じない。しかたない。ウルスラはふふっとわらってあきらめた。

「で、そのお手伝てつだいはいそがしいの?」

「ぜーんぜん! 見張みはりみたいなものだから、遊びながらでだいじょうぶなの!」

「じゃあ、りゅうレースはいっしょに見られるかな?」

「うん! それじゃ、行こ! っと、ごちそうさま!」

ぼくも、ごちそうさまでした」

さきくあれ!』

 ウルスラたちがぜんしに立つと、はいちゃうさぎが手をってくれた。彼女かのじょ魔法まほう生命せいめいたいだ。人手ひとで不足ぶそくになった今の学園では、掃除そうじ料理りょうりといった労働ろうどう魔法まほう生命体たちがやっている。

 あんな高度な生命を作れる人は学園にもほとんどいない。学園にいる魔法まほう生命体は、カレンのおかあさんの大導師どうしサレイと、先代の大導師どうしだったシャルレ・マダラ学園長が二人ふたりだけで全部作ったと聞いた。生き物の見た目をしているのがサレイさん作、人形やヨロイといった命のないものの形をしているのがマダラ学園長作。

 みんなは全部生き物のほうがかったと言うけれど、ウルスラはそうは思わない。この学園でただひとり〈音のたみ〉として特別とくべつな耳を持つウルスラは、はいちゃうさぎたちが息もしないし、心臓しんぞうの音もたてていないのを知っている。聞こえるはずの音が聞こえないのだ。さっき鼻をヒクヒクさせていたのも、ただのうさぎのまねっこだ。にせものの命なのに、生き物のふりをしている。

 ウルスラは最初さいしょ、それがこわかった。いっそおばけのほうがマシだと思った。それでも、毎日いろんな場所で見かけるものだから、とうとうれてしまった。彼女かのじょたちがいないと今の生活ができなくなると知っていたし、大導師どうし魔法まほう生命体はとてもかしこくて、いろんなお話ができるので、きらいつづけるのもむずかしかった。ただ、毎晩まいばん消灯しょうとうの見回りには子供こどもたちをこわがらせるためなのか生き物ではなくヨロイさんがカチャンカチャンとやってくるのを、ウルスラだけはひそかにかんげいしている。

「それじゃあいったんりょうもどって、ラウンジに十分後集合ね!」

「分かった、またあとでね」

 女の子が十分なんかでじゅんできるのだろうかと思いつつ、カレンから言い出したのだからいいかとウルスラはうなずいてわかれた。

 しかし、自分の部屋へやの前までて、かれかたまった。

「……ヒルタン、またやったな……!」

 ウルスラのとてもよく聞こえる特別とくべつな耳が、部屋へやの中でブブブブブンと元気にまわおとを聞き分けた。たぶん、五ひきよりもっといる。あいの一年生、ヒルタンがエサをやっている虫たちだ。ヒルタンが中にいる音はしない。前にもやられたように、エサを出したまままどをあけっぱなしにして出かけたにちがいない。つまり、今、中は虫たちのパラダイス。

 少し待って、虫の羽音が遠ざかるタイミングをねらって、ウルスラはいきおいよくとびらを開けた。

「〈氷よ、守れ〉!」

 間髪かんぱつれずに、自分の前に氷のかべを作る。ウルスラは氷魔法まほう得意とくいじゃないから、うすくてもうけはじめているけど、虫はつめたいのがきらいだし、これでしばらくはってこないはず。

「やっぱり……」

 ヒルタンのつくえの上には……なんだか黒いかたまりができていた。じっくり見たいとは思わない、きっと樹液じゅえきみつつぼに虫たちがたかっているんだろう。まどはもちろん開いている。前回はなさけないめいをあげてしたが、今回はそんなことはできない。ウルスラだって急いでいるのだ。風魔法まほうで全部ばすのは、げんがむずかしいから無理むりか。だったら、なるべく得意とくい魔法まほうでどうにかするしかない。

 パッと見た感じ、スズメバチはいないっぽい。カナブン以外いがいは小さいむしばかりだ。それならスズメバチがいかくする音を出せば、てんてきたと思ってすんじゃないかな。ウルスラは自分のおくをたよりに魔法まほうで音をんでいく。カチカチカチカチ、とかれの口から人の出さない音が鳴る。羽虫たちには効果こうかてきめんで、ウルスラからげようとパニックのようにまわった。まどからちゃんとげられたのは少ないけれど、自分にってこないと分かっているならかまわなかった。

 財布さいふとハンカチ、み用のえのかみゴムと、うっかり魔力まりょく切れを起こした時に使うお薬と、お手伝てつだいする時にかぶるぼうをポーチに入れて、外出用の青いローブをり、ブーツにえる。かがみでちゃんとみが左耳をかくしてくれていることを確認かくにん

 〈音のたみ〉はどちらかの耳がい。両方いこともある。ウルスラは左耳がい。くても聞こえる魔法まほうの耳だ。でも、〈音のたみ〉なんていうぞく世界の人たちのことを知ってるイグラス人はいないから、ウルスラは左耳のあるはずのところをみでかくしている。そうしたら、と入学初日しょにちにアドバイスをくれたのが、カレンだった。この耳を見るとたいてい、気持ちわるがられるか、かわいそうがられるのだけど、カレンはびっくりしただけだった。カレンは元気いっぱいに見えて、本当はとても相手を見ている。ウルスラにはカレンの、気を使いすぎない自然しぜんせっしかたがごこかった。

 よしながよう、急いで部屋へやを出ようとして、ウルスラはドアポストに何か入っているのを見つけた。

「手紙……?」

 ウルスラのあて名が書かれた、水色のふうとう差出人さしだしにんの名前は書いてない。でも今中身をたしかめる時間はない。ウルスラはそれをポーチにてきとうにんで部屋へやからした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る