第九話

◇◇◇



「初めまして。私は――」

「――語るな」


 アマリアの冷徹な声に不安で胸が苦しくなる。


「私の高貴な実験を台無しにしおって……まぁ良い。貴様ら閃光――」

「――口が臭い。喋るな」


 辛辣な一言に会話が止まり不穏な空気が充満していく。


「女……貴様如き――」

「――喋るなと言ったぞ、粗チ○野郎。久々の女の香りに興奮しているのか?」


 ビックリしてアマリアの方を見てしまう。街の売女ばいたのような言葉遣い。


「黙れ、端ないメスは口の聞き方も知らない――」

「――三流のオスは女の扱い方も買い方も知らないと見える。さぞや暗い青春時代を送ってきたんだろう。あはは、ご愁傷様だな」

「黙れ!」


 憤怒の形相で顔を真っ赤にしてこちらを睨みつけている修道士。対して侮蔑した表情で横を向いているアマリア。


「私はモテない男と遊ぶ趣味も暇も無いんだ。大体からして既婚の女性と幼い少女に手を出すような悪趣味なヤツは直ぐに死んで欲しいのだが、如何だろう?」

「うぷぷっ……」


 余りの罵詈雑言に思わず吹き出してしまい慌てて両手で口を押さえる。すると、アマリアはそっとこちらに向かって微笑んでくれた。


「貴様ら……ならば死ね!」


 懐から指ほどの骨を出すと地面に撒いた。すると手から離れた瞬間から分裂し始めて、ものの数秒で骸骨の戦士スケルトンが現れる。


「私の結界の中では魔導は使えぬ。お前らは剣技が苦手だろう。ボロ雑巾のように斬られて死ぬが良い」

「チッ……」


 アマリアは私の前に立ちはだかってくれた。しかし剣も持っていない。可憐な制服は着込んでいても防具一つ身につけていない。

 援護の為に精一杯の力で炎の魔導を使役しようとしたが、何故か魔力が集まらない。


「小娘、無駄なことをするな。魔導は使えんと言ったろ」

「アマリア様……」

「……」


 スケルトンは骨で作られた剣と盾を構えて躊躇なくこちらに向かってくる。余裕が無く少し苛立っているように見えるアマリア。凛と睨みつけているが打つ手は無いのか微動だにしない。

 突然スケルトンがこちらに向かって走りだすと、アマリアに剣を振り下ろした。それを横に飛んで避けるアマリア。その瞬間、私と剣を持ったスケルトンを遮るものが無くなった。


「ひっ……」


 小さく悲鳴を上げると、虚空を見つめるスケルトンが明らかにこちらを敵として認識した。そのまま剣を上段に振りかぶると、一切躊躇なく振り下ろす。

 スローモーションに見える斬撃を見つめていると、何故かアマリアの顔が目の前に現れてギュッと抱き締められた。柔らかな身体の感触を感じた刹那にピクリと痙攣するのを感じた。


「サーガちゃん……大丈夫?」

「あ、アマリア様?」


 直後にアマリアを通して斬撃を感じた。背中に二度三度と剣を振るうスケルトン。


「あぁぁっ! アマリア様!」


 顔を歪めて呟くアマリア。


「参ったなぁ……」


 ここで修道士の笑い声が響いた。


「あははは! 情けないモノだ。大口叩いておいてその様は恥ずかしくないのかね? あはは!」


 絶望や恐怖と共にはらわたが煮え繰り返るほどの怒りが湧く。修道士を睨みつけ叫ぼうとした時、小さな声が聞こえてきた。


「サーガちゃん……」

「アマリア様……」


 血の気が引いて青白くなってきたアマリア。


「リアを……護ってあげて。私の……代わりに……お願い」

「あぁ、分かりました! 約束します、命に替えても約束します!」

「ふふ、良い子。じゃあ、もう一仕事しますか……ね」


 その瞬間、アマリアの背中からスケルトンに向かって真っ赤な線が何本も走った。あたかもハリネズミが針を立てているように見えた。

 しかし、スケルトンを赤く濡らすだけで何らダメージを与えられていない。


「違うか。ならば……こうか?」


 刹那に赤く染まった骨が炎に包まれた。燃え始めたスケルトンは数歩後退あとずさると、その場に燃え崩れてしまった。ふらりと立ち上がり修道士の方を向くアマリアは余裕のある表情を向ける。反対に悔しそうな修道士。


「下賎な技だな……」

「勝てれば良い。特に相手が下賎な男なら向いた技じゃないか?」


 苦虫を噛み潰したような顔をしたと思うと、無理矢理に笑顔を浮かべながら懐の中から何かを取り出した。


「ならば、スケルトンを足して――」

「――面倒だ」


 気怠そうな声が聞こえたと思うと、アマリアの全身が薄い炎に包まれた。刹那に尋常では無い速度で修道士のもとへ飛ぶように駆けていく。そのまま拳を振るうと修道士の鳩尾辺りに右腕がめり込んでいた。


「……貴様……体内魔導制御を習得していたのか……」

「そうか、これが『剣豪の秘技』というヤツなのか。ははは、流石は私、天才だな」


 アマリアの両目は真っ赤になり、涙のように血が流れていた。


「女だてらに秘技など繰り出せば身体はボロボロだ。すぐに死――」

「――まぁまぁ、まずお前が死ね」


 拳がめり込んだ辺りから炎が上がり始めた。アマリアが手を抜くと修道士の全身が炎に包まれた。


「……このミクトーラン様の仮初かりそめの身体を……娘共々地獄に行くが良い」


 恨み節を残すとスケルトンと同様に、ものの数秒で燃え崩れていった。


「あ……アマリア様……あ、あ、アマリア様ぁ!」


 声が届いたのかこちらを振り向いてくれたが、そのまま両膝をつくように崩れ落ちた。私は泣き叫びながらアマリアの元へ走っていった。


「アマリア様!」


 既に両手を地面につけて朦朧としていた。


「ふふふ、あなたは元気が良すぎるのよ……リア……」

「アマリア様、サーガです。お気を確かに!」


 既に瞳に力は無く、虚ろな視線を地面に向けていた。そして、そのまま突っ伏すように倒れ込んでしまった。


「あぁ、アマリア様」

「……リア」


 なすすべなく呆然と立ち尽くす。

 震える自らの身体を両手で押さえながらしゃがみ込む。既に真っ赤な背中に手をやると、掌にはベッタリと血がついた。その瞬間、柔らかな春風を頬に感じた。


「結界が消えた……あっ、回復術!」


 回復術を試すと精霊の力を感じることができた。ミクトーランと名乗った男の死と共に結界は壊れたらしい。しかし、遅々として出血は止まらない。そもそも切り傷や擦り傷を治した経験はあるが斬撃の傷など治し方も分からない。

 鼓動に合わせて背中からは未だ血が噴き出てくる。全く止まる気配は感じられない。


「アマリア様……サーガはどうしたら……どうしたら!」


 ひたすら魔力を込めながら回復術を試すが殆ど効果がない。教会の回復術を習得した熟練の修道士なら致命傷でも立ち所に治してしまうらしいが、そんな都合の良い存在が突然草陰から出てくることはなかった。

 ただ傷口に細々と魔力を流すことしかできなかった。


「……リ……ア……ごめん……ね……」

「アマリア様!」


(あぁ、私が森に来たいと言わなければ……あぁ)


「アマリア様ー!」


 暫くすると出血も止まったが、恐ろしいことにアマリアの身体は徐々に冷たくなっていった。それを泣きながら『早く誰か来て』と待つことしかできなかった。


「アマリア様、ごめんなさい! ごめんなさい!」


 泣き叫んでも、謝っても、虚ろな目は微笑み返してはくれず、朗らかな声も聞くことはできなかった。


(取り返しのつかないことをしてしまった……)


 その時、アマリアの最後の約束が聞こえてきた。


『リアを護ってあげて。私の代わりに、お願い』


 その声を思い出すだけで涙が迸る。


「アマリア様、リアちゃんは私が護ります! だから……だから……ごめんなさい……ごめんなさい!」


 後悔の念に押し潰されながら、ただ謝ることしかできなかった。

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