第十話
◇◇◇
暫くすると近衛騎士団が駆けつけてくれた。騎士達が脈を取ったり呼吸を確認していたが、すぐに全員が跪き祈りを始めた。
そう、奇跡は起きなかった。既に息は絶えていた。
「アマリア様……」
私は祈りに合わせて泣くことしかできない。
暫くすると祈りを終えた騎士達はアマリア様の亡骸を白い布で包み、そのまま馬に括り付けて王宮の方に運んでいった。
直立不動で見送る騎士達。アマリアを乗せた騎馬が遠ざかると一人の女騎士が突然大声で叫んだ。
「我が国の領内で何をしていたか調査を開始しろ! アマリアはいないんだ。魔獣の恐慌がまた起きたら終わりなんだ。急げ!」
その声を合図に駆け出す騎士達。しかし先ほど大声で叫んでいた女騎士だけは、アマリア様の運ばれた方角を見ながら立ち尽くしていた。
「娘一人残してどうするつもりよ……」
その一言に胸の中の後悔が大きくなり押し潰されそう。
「……アマリア様……ごめんなさい」
謝ることしかできない。
可能なら自らの命を差し出してアマリア様を復活させたい。こんな役立たずの命などいつでも渡せる。
「教会で『復活の儀式』を――」
「――そんなことを言うのはやめなさい」
思わず口から出た言葉は女騎士の真剣な言葉で否定された。いつの間にか怒ったような、悲しそうな瞳で私を見つめている。
この世界で最も主流の宗教であるマリタ正教。その大教会には魂の復活すらできる術式が秘匿されていると噂されていた。自らの命を触媒に灰からでも復活させる奇跡の術式。私は自らの命も差し出す悲劇のヒロインを演じてでも、この状況から逃げ出したかった。
そんな弱さから出た言葉など見透かされているのだろう。
「アマリアは貴女を護れたのですから。強い心で生きなければいけません」
優しい顔で生きろと言う、恐らくはアマリア様と親しい間柄の騎士。そもそも私に命を捨てる覚悟などあるわけがない。急に恥ずかしくなり視線を合わせていられなくなった。
亡骸が運ばれた方向を見つめるしかできない。
「帰りましょう。黒鎧の皆さんもこの国に向かっているとのことです」
「えっ?」
「お待たせするのもいけません。さぁ、私達は先に戻りましょう」
この国の大事なものを壊してしまった私には、今後、この国でどう過ごしたら良いか分からなかった。だから、すぐに自国に帰国できると言われて安堵した。
その時、ふとアマリア様の声が心の中に響いた。
『リアを……護ってあげて。私の……代わりに』
(そうだ。リアちゃんを……リアちゃんに貴女のお母様がどんなに勇敢だったかを伝えないと!)
女騎士を見詰める。どう伝えれば良いのか、でも伝えないわけにはいかない。口を開こうと思った瞬間、先に喋り出したのは女騎士の方だった。
「私は近衛騎士団守護隊副隊長のエメリー・シュマイザーと申します。プリンセスよ、何かありますか」
優しく喋りながら私を騎馬に乗せてくれた。
「エメリー様、私、リアちゃん……リア様にお伝えしなければいけない事があります!」
すると、何故か一瞬悲しそうな表情に変わった。でも、すぐに優しい顔に戻っていた。
「分かりました。まずは王宮に急ぎましょう」
言うや否や騎馬に跨るエメリー。アマリアと同じように私のお腹の辺りを左腕でそっと抱えると、一気に騎馬のスピードを上げた。
◇◇◇
「アマリアが助けた命、無駄にはしていけませんよ」
「はい……」
そんな言葉に励まされて、なんとか涙を抑えることができた。王宮に近づくと
「もう到着していたか……」
エメリーが申し訳なさそうに呟いている。
「大丈夫ですよ。少しくらい待たせても何か言うような騎士達ではありません」
なんとなくエメリーを慰めるような言葉を掛けた。しかし、別のことを気にしているようだった。
「……リアに……会えるかな?」
王宮地下の転送ゲートに近づくと、既に帰りの馬車も用意されて、私の帰りを待っているようだった。その様子に流石にホッとする。
馬から降ろしてもらうと連れてきてくれた近衛騎士や朝に会ったばかりの大使に挨拶をしたらすぐにリアちゃんの元に急ぐつもりだ。
「ありがとう。まず礼を皆さんに――」
「――貴女は馬車に乗ってください」
何故か騎士隊長に遮られた。聞いたことのない声色に驚いた。まるで詰問されているようで怖い。
「いえ、命を助けられ――」
「――乗ってください」
「……あの、リア――」
「――乗ってください」
「……」
言葉遣いは丁寧だけど私が口を挟むのを強く否定されたように感じた。私の身の安全を気にしての事だとは思うが、どうしたら良いかと馬車のステップの前で立ち止まって思案していた。なかなか私が乗らないので騎士隊長はイライラしているようだ。
すると、大使が騎士隊長に話しかけ始めた。
「余計な世話だと思いますが、
「――内政干渉だ」
とても他国の大使に対する応対とは思えなかったが、『自国の姫の暗殺未遂の後』という事で、なんとなく頼もしく思えた。
「そりゃそうなんですが……」
ここで大使は何故か不安そうにチラリと私の顔を見た。
「……ウチの筆頭騎士を信じてくれても良いとは思いますけどね」
騎士隊長は大使の太った体躯をジロリと一瞥するだけで無言で立っている。外交的には全く失礼で無礼な様に少しの間だけ呆然としていると、肩を叩かれた。
ここで、再度リアに母親の最期を伝えなければ、と強い使命感に駆られた。本人の目の前で母親の死を告げる様を想像すると、それは大変怖く、この状況を都合良く利用して会わずに逃げ帰りたいとも思っていた。
しかし絶対に逃げてはダメだと心の中の
「すみません、アマリア様の最期をリ――」
「――早く乗れ」
その瞬間、言葉を遮るように馬車へ押し込められた。少し転がるように座席へ追い立てられる。
「ちょっと! 何を――」
「――黙っていろ」
ここまで強めに言われれば口を噤むしかない。
どうしても会わずに帰れと言われたのだ。仕方ないと思うことにする。すぐに再訪すると心の中で誓ってから座席に座ることにした。
溜息を吐きながら辺りを見回す。
「あれ? アビーは――」
「――別の馬車だ」
遅れて乗り込んできた騎士隊長の声色からは『もう喋るな』という空気を存分に感じた。二人の騎士に挟まれて、目の前には最後に乗り込んできた隊長が座った。
(私は犯罪者ではありませんよ)
冗談まじりに呟こうと思ったが、いつもと違う雰囲気に声を出すことも
その瞬間、ふと理解できた。
私が不審な行動を見せれば躊躇なく斬られるだろう、と。理由は分からない。でも、騎士達の視線から、それだけは強く理解できてしまった。
「そ、そのまま王宮に帰るのですか?」
平静を装って声を出すが反応は無い。その沈黙に思わず喉を鳴らして唾液を飲み込んでしまうが、その喉の動きすら監視されていた。
もはやアマリア様との思い出に浸ることすら出来なくなっていた。
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