第五話

「お粗末様でした」

「うふふ、可愛らしいし料理も上手なんて、将来は引く手数多モテモテよね〜」


 容姿を突然褒められて、逆に幸せな気分が台無しになる。この後に続くのは『しかし残念な』や『惜しいことだ』と諦めのセリフが続く。だから嫌いなフレーズだ。

 能面のような顔で一礼する。


「はい、ありがとうございます」


 こちらの様子の変化に気づかないマリアは気にせず言葉を続けた。


「それにしても魔力操作が抜群に上手いわね。王族なんかにしておくの勿体無いわ」

「えっ……あっ、私は炎の魔導しか使えないので――」

「――良いじゃない! うちの騎士団に欲しいわ〜」

「えっ?」


 求められることに慣れてない。やはりただのお世辞と分かっていても嬉しいものは嬉しい。


(この国に生まれていれば……この人が母なら……)


 同じような黄金色の髪色。


「私も火炎魔導は得意だけど……ぬーん……ほら……」


 気合を入れると巨大な火炎球ファイヤーボールがマリアの頭上に現れた。それを気合いで小さく圧縮していく。数秒で掌の上には小さいが眩しく光る不穏な球体が浮いていた。それをポイっと花畑の奥の何も生えていない場所に放り投げる。


「耳塞いでね」

「へっ?」


 ふよふよと飛んでいく球体から目を離しマリアの顔を見つめてしまう。すると、こちらに視線を合わせてニコリと微笑んでくれた。呆然と眺める一瞬の後、灼熱の熱風と轟音が二人の髪の毛を靡かせた。

 何が起きたのかと爆心地を振り返ると、地面が黒く焦げ、大きな雲のような煙が上がっていた。

 もう一度マリアの方を向くとボサボサになった髪の毛を手櫛で直している。此方の視線に気づくと、恥ずかしそうに頭を掻いていた。


「精一杯小さく作ると、逆に爆発しちゃうのよね〜。不思議よね〜」


 呑気なことを呟いている。ここで王宮警護の騎士数名が駆けつけてきた。


「問題なーし! 原因はいつものヤツ!」

「人騒がせですよ。国賓のプリンセスも来ているのですから――」

「――うん、ここに居る」

「……」


 騎士の方と目が合った。思わず数秒見つめ合うと姿勢を正して一礼してくれた。


「失礼しました。我々は貴女のご滞在が良いものになるのを心から願っています……んほんっ! 何度も注意したよな。後で説教!」


 私には優しく語りかけてくれた。真摯に申し訳なさが伝わってくる。逆にマリアには不機嫌そうな捨て台詞を残すと睨み付けてから立ち去っていった。

 唇を尖らせて知らんぷりを決め込んでいるマリア。


「ほら。プリンセス、貴女の方が魔導の才に溢れています。蛇口を全開に開けるのは誰でもできますが、水量を調節するには熟練の技が必要です」


(認めてもらえた……)


 あまりの嬉しさに踊りだしそうになる。その瞬間、自国でのあしらいを思い出す。

 そうよ。これはただのお世辞。


「いえ、私は微量の炎しか出せないので――」

「――ここでは嘘はつかなくて良いの。貴女の魔力量は私を超えている。んふふ、間違いないわ。貴女はこの世界で数少ない『魔導の天才』よ」


 褒めちぎられて呆然としてしまう。ふと、だらしない顔で無言のままにマリアを見つめていることに気づいた。


「あっ……あの……あの……」


 顔が赤くなる。気分が高揚する。幸せな気持ちが溢れてくる。


「あの……あっ!」


 何故か瞳から涙が溢れているのに気づいた。


「あれっ? あれっ? 何で……ぐすっ、何で……ぐすん、悲しくないのに……ひぐっ……うれじいのに……」


 溢れる涙を両手で拭くが、すぐにまた溢れ出す。すると、マリアはそっと抱きしめてくれた。

 突然の抱擁にビクッと硬直すると、少しだけ更にギュッと抱き締めてくれる。


「良いのよ。こういう時はたくさん泣いちゃった方が気分が晴れるわ」


 抱き締められたのは何年振りか。自国では『呪いの子』と扱われ、次第に母も私を遠ざけるようになっていた。


(あの時もそう。初めて火球を披露した時の酷く哀しそうな顔。それ以来……)


「う……うわーーん、お母様、お母様、ぐすっ、な、なんでサーガを嫌いに……うわーん!」


 ただ思いの丈を叫びながら大声で泣いた。


 国の期待を裏切る

 国民の期待を裏切る

 王宮の皆の期待を裏切る

 家族の期待を……母の期待を裏切る


『私が炎の魔導しかできないばかりに!』


 残留する期待は呪いとして私に降りかかる。私には生まれた国に居場所が無い。だから捨てられるのだ。

 そして、もう諦めたはずだった。

 でも、こんなに優しくされたら、また思い出してしまった。


 愛されるということを。


 一度は捨てた愛されるということを、また思い出してしまった。そして、もう忘れることはできないだろう。


 泣きながらギュッとこちらからも抱きつく。すると抱き締められたまま、頭を撫でてくれた。懐かしいその感触に、また涙が溢れ出す。


 いつまでも、マリアは何も喋らず優しく抱きしめていてくれた。

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