第四話
◇◇◇
少し不満げな
大きな木の木陰にある花畑にテーブルクロスのような布を敷くと、靴を脱いで座れなどと言ってくる。
「地べたに直接座るなど、高貴な身分のものがすべきことじゃありませんわ」
「まぁまぁ、硬いこと言わないで!」
マリアは既にブーツを脱いでシーツの真ん中に座って手招きしている。
(こんなところをアビーにでも見つかったら何を言われるか……)
誰かに見られたら、そう思うと楽しそうでも躊躇してしまう。
「これはピクニックという文化的な活動なのよ」
淡々とバスケットからサンドイッチと紅茶の準備をしているマリア。バスケットの中からしっかりとした陶器の食器が出てくるのには驚いた。カトラリーも小さな机に並べていく。
「でも……」
確かに食器類はテーブルの上なら立派なアフタヌーンティーだ。しかし文化的だろうがはしたないものは、はしたない。
「さぁ、頂こうではないか、プリンセスの手作りサンドイッチを!」
「……し……」
しかし、自ら作ったサンドイッチを一緒に食べようと言ってくれている。それは掛け値なしに嬉しい。
「……仕方ありませんわね」
形だけ諦めの溜息を一つ吐くと、この
パンプスを脱いで小さな机に向かい合わせに座る。
ここで少し冷静になったので周りの花畑に目をやる。端正に整理して植えられた庭園の花々と比べると乱雑だが可愛らしい花々が多い。風に揺れる花弁を見ているだけで自然と顔が緩む。
「アマリアも出張で運が無いわね〜。こんな美味しそうなサンドイッチなのにね〜」
ニコニコしながらサンドイッチを皿に乗せて渡してくれた。
(ふむ……我ながら良い出来だ)
思わずニヤリとしてしまうと、マリアも私の表情を見ながらニヤニヤしている。少し恥ずかしくなって俯いてしまう。既に首筋は真っ赤になってるかもしれない。
マリアはすかさず皿からサンドイッチを両手に取ると軽く舌なめずりをした。
「では、サーガ様、いただきます!」
「召し上がれ」
大口で齧り付く。口を閉じたまま数秒止まるとサンドイッチを皿へ丁寧に戻して両目を瞑り熱心に咀嚼し始めた。
(何コレ、凄い緊張感なんですけど)
思えば自分以外の為に食事を作るなんてコック長を除けば初めてだ。マリアがどう答えるかをじっと見つめてしまう。正直、ドキドキで自分の食事どころじゃない。
(このレシピ、間違い無いはず……あっ、黒胡椒忘れたかも! いや、ローストビーフに粗挽き胡椒が多く振ってあったから――)
心の中はレシピと調理手順の確認で忙しく冷や汗が出てきそう。その時、ゆっくりとマリアの両目が開かれた。
「美味し〜い! 私、オリーブが苦手なんだけど、このソースは美味しいわ〜!」
破顔すると頬に手をやって幸せそう。
ほっと胸を撫で下ろし落ち着くことができた。頭の中のコック長は会心のガッツポーズ。しかし、あんな緊張感は味わったことがなかった。マリアはこちらの様子などお構い無しにパクパクと食べ進めている。食べながら食リポが止まらない。
「ローストビーフも薄切りを重ねる方がジューシーさを余計に感じるのね。シンプルな食材だからバランスが――」
「――あまり食べながら喋るモノではありませんわ」
褒められ慣れていないのに絶賛の食レポを続けられては此方の精神が保たずトロトロに蕩け落ちてしまいそうだ。
精一杯に冷静さを保つ為、いつもの通りにサンドイッチを炎の魔導で炙ることにする。
「良い匂い……って、あーーっ! 何それ、ズルい! 私にもやって!」
「……? あっ!」
思わず自室でしかやったことのない炎の魔導を料理に使うという禁忌の技を披露してしまった。
「あ、あの、これは……これは……」
慌てているので冷静さを保つ為、いつものルーティーンを
「って違う! 両面こんがり出来ました、じゃない!」
「美味しそ〜」
「あぁ、これは……あの……」
炎の魔導が顕現する者は土地柄なのか
だから『王族の恥』、『呪いの能力』、単純に『氷の国で炎の魔導使いはみっともない』などと常々言われていた。
だから、私のこの
「良いなぁ。ねぇ、アマリアの分、食べて良いよね。アマリアも食べて欲しそうよ」
「な、何で分かるんですか!」
アマリア様が気品溢れる姿で私の作ったサンドイッチを口にするイメージを思い浮かべる。しかし、上品な微笑みを浮かべながら『後でいただきますね』と食べるのを固辞するイメージに変わった。
悲しい想像で勝手に泣きそうになっていると、マリアが小首を傾げている姿が目に入った。
嬉しそうに大口を開けて食べていたマリア。
(マリアに食べてもらった方が……)
ここで機嫌を損ねても告げ口される可能性を増やすだけだ、そう自分に言い訳をして、致し方なくマリアに食べてもらうことにした。
「……んほんっ。仕方ないですね、アマリア様には明日、改めて作って持っていきます。皿ごと貸して下さい」
片手を伸ばすと、ワクワク顔のマリアは小さな子供のような純粋な瞳で見つめながら両手で熱心に皿を渡してきた。
「どこでもトースト出来るんだ〜。良いなぁ」
「……」
受け取った皿からサンドイッチを左手で摘み、右手の人差し指から小さな炎の塊を出して丁寧に両面をトーストする。何気無く、焦げ目で『マリア』と名前を刻んであげた。パンの焦げる幸せな匂いがマリアに届くと身震いするほど嬉しそうだ。
「はしたない真似をしてしまいました。これにて他言無用でお願いします」
出来る限り冷静なフリをして皿を返す。対してマリアは子供のように大騒ぎだ。
「きゃーー! 名前入れてくれてる〜! オシャレ〜、可愛い〜!」
「冷めないうちにお食べください」
「勿論よ〜!」
喜ばれれば嬉しいもので、自然と背筋も張ってしまうし口元も緩む。先ほどトーストする前も美味しく食べていたマリア。今度は自信満々に食事風景を眺めることができた。
「美味しい〜、さっきも美味しかったけど香ばしさが加わって最高よ!」
予想通りの絶賛のコメント。こちらも身震いするほどの嬉しさが込み上げる。マリアは二口ほどで食べてしまうと満足したのかお茶のおかわりを用意し始めた。
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