第三話

◇◇◇



「あれ? 今日は居ないわね、というより誰も居ない……」


 閑散とした厨房。休憩の時間なのか料理人の姿は見えなかった。その時、隣の女騎士から『グゥ〜』とお腹のなる音が聞こえてきた。誤魔化そうともせずお腹を物欲しそうに摩っている。


「仕方ない。じゃあ何か食材をゲットしましょうか……」

「ちょっと! 浅ましいんじゃありませんこと?」


 棚を勝手に漁り始めるマリアに叱責するが、チラリと此方を見ただけで気にする素振りはない。めぼしい物は無かったらしく心底悲しそう。


「あれー? フルーツもありゃしない。うーん……ねぇ、サーガ様、簡単な食事くらい作れない?」


 その台詞に両親からの叱責を思い出してパッと顔が赤くなる。


『公女ともあろう者が厨房でコックの真似などするな』


 私はいつも蔑んだ目で見られていた。食事も兄妹とは別に自室で取らされることが多かった。そして、その食事さえ差別されていた……というか、メイド達が忖度して私の扱いを勝手に悪くしていたらしい。

 食べ盛りの女の子の夕食にリンゴ一欠片と小さなパンが一つ。


『公女たる者は質実剛健でないといけませんよ』


 クスクス笑いながら部屋に食事を置いていく様は未だ記憶に鮮明に残っている。

 あまりの空腹に、深夜、泣きながら厨房で一人果物を食べているところをコック長に見つかった。恥ずかしさと悔しさで泣きじゃくっていると、飾り切りのされたフルーツの盛り合わせを目の前に出してくれた。人差し指を口にやって小声で話しかけてくるコック長。


「サーガ様、深夜の食事会は秘密の食事会。秘密厳守、おしゃべりは小声、我慢は不要でお願いします」


 それからは二ヶ月ほど、毎日深夜に厨房へ出入りするようになった。その内に料理を教えてもらったりしていたが、そんな楽しい時間も終わりを迎えてしまう。

 世話係にメイドから告げ口されると、理由も聞かずにコック長は所属を変えられ、私は手酷く叱責された。


(フン! 腹いせにそのままのセリフをお返ししてやるわ)


「まぁ、公女たる者、料理なんて下賎な――」

「――アマリアもお腹減ってるだろうから何かお土産を届けてあげたいわね……」


 手土産も無しで憧れの人に会いにいくのも気が引ける。マリアは無造作に食材を並べている。パンにローストビーフ、野菜と調味料。それらを見ればすぐにレシピが浮かぶ。


(これだけあれば……差し入れくらい作れるわね)


 コック長が親指を立ててウインクする様が頭に浮かんだ。ムカつくアビーの真似をしてる場合じゃない、と思い直す。


「し、し仕方ないわね……私は野戦の為に料理の基礎を教わっているの」


 これは嘘。騎士団の料理担当に話を聞いたことがある。戦場では如何に空腹を満たすかが重要視されるので宮廷料理人が作るような料理は出てこない。芋を煮ただけ、肉を焼いただけ、という粗雑な料理が多いそうだ。


(アマリア様へお近づきになる為には手段を選ばないのよ!)


「では、一品作りましょう」

「おおっ! よっ、流石はオリオール公女殿下! プリンセス・サーガ、カッコいい!」


 褒められ慣れていないので、ただのおべっかと分かっていても頬が火照るのを感じる。


「ふふん。では踏み台を持ってきなさい」

「はい、サーガ様!」


 マリアも真剣に従者を演じてくれる。かなり楽しくなってきた。


「こちらへどうぞ」

「本日のメニューはローストビーフサンドとします」

「きゃー! 私、大好物よー! 素敵〜」

「貴女のためじゃ無いわよ!」


 ここでマリアがしたり顔でニヤニヤしている。


「大丈夫。私の好きなものも嫌いなものも大体アマリアと同じよ」

「えっ、そうなの? じゃあアマリア様が苦手な物を教えて」


 サッと手を洗い、ペティナイフを片手に食材を品定め。メインのローストビーフを切るところから始めることにした。


「ローストビーフは好物だから沢山お願いね……ってアマリアも言ってた……」

「分かったわ!」


 軽食だから一人前四切れと想定。三人だから十二切れ。ローストビーフを薄く切っていく。


「あぁ、もっと分厚い方が好き……ってアマリアが――」

「――薄く切って沢山挟む方がジューシーですよ。ピクルスはどう?」


 問い掛けに本気で悩むマリア。


「あー、ピクルスかぁ。オリーブ嫌いよ……ってアマリアが――」

「――はい、オリーブ少なめね」

「入れるんだ……」

「刻むから大丈夫」


 トントンとまな板の上で数種類のピクルスを刻む。皿に入れたら幾つかの調味料と混ぜ合わせてソースを作る。


「あら、ホントに料理上手なんだ……」


 ここでまたポッと頬が火照るのを感じる。褒められて、ではなく羞恥心からの火照りだ。他国の騎士の前で料理を披露するのは流石に不味かったか、と今更ながらに焦り始めるが、ここまできたら『毒を喰らわば皿まで』と思うことにした。パン切りナイフで薄く切ったパンにソースを塗ってローストビーフを挟んでいく。

 あっという間に大きめのサンドイッチが三つ出来上がった。


『料理なんてはしたない真似止めなさい! 嫁ぎ先が無くなる!』


 思い出すだけで涙が出てくる。


(よし、バレたらバレただ。後から纏めて怒られよっと)


 諦めの中、作ったサンドイッチを紙ナプキンで包んでいると真逆の感想が聞けた。


「貴女、良い妃になるわね」

「へっ?」


 困惑しかない。思わず動きを止めてマリアの方を向くと、相変わらずニッコリしている。


「深夜にお腹が減った時、すぐに夜食を準備してくれたら……私なら惚れ直す」

「あら」


 更に熱っぽくなる頬に手を添える。


(この熱さ、多分顔真っ赤になってる)


「騎士団の野営、長旅で疲れ果てた夜に宿営地で美味しいものを作ってくれたら……誰もが尊敬する」

「あらあら」


 少し想像する。黒鎧アミュール・ノワールの団員達が私の作ったサンドイッチを美味しそうに頬張っている。それは幸せなイメージ。想像したこともない幸せな光景だ。

 どっぷり浸かると顔がだらしなくなって少し涎が出てきた。慌てて袖で拭いてしまう。


「貴女は努力をするプリンセスなのですね。私とは大いに違います」

「えっ?」


 優しい顔をしながら微笑んでいるマリア。その表情こそ、是が非でも手に入れたいものの一つだった。

 サーガの瞳に涙が溜まり始める。


「日々を一生懸命に頑張っているんですね」


 暖かな日差しが差し込む厨房で柔らかな微笑みを崩さず水筒に紅茶を注いでいる。注ぎ終わるや否や隣の部屋に駆け出したと思うと、藤のバスケットを手にしていた。

 サンドイッチと水筒を入れるともう一度微笑んだ。


「さぁ、探検の続きといきましょう!」

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