第二話
◇◇◇
「どうなってるのかしらね! 約束のアマリア様は来ず、生意気な女騎士が替わりに充てられるなんて――」
「――貴女様がもっと気品溢れるレディなら、そして魔力の才に長けて居られれば、こんなに見下げられることもなかったでしょうに……」
(ちょっと、今、それ言う?)
一週間とはいえ仮の我が家となる客室の中。
こちらを見もせずに発せられる世話係の嫌味な声。二人きりだと堂々と蔑んでくる。それは私の地位の低さを如実に表している。
(表では蔑んでこないけど、私の世話は完全にハズレ扱いだものね)
オリオール家の長男は元より私の二歳下の妹にも『黒鎧』から専任の教育官が宛がわれている。
(つまりお前の将来に『黒鎧』への入団は無い、そう言われているようなもの)
「はい。もっと品位を出せるよう注意しますわ」
「……まぁ、この国の騎士団に入るなら、多少芋っぽい方が良さそうだけどね……」
(はい、ホントの悪口は小声なのよね。でも、十一歳の耳の良さをみくびらないで!)
聞こえたからと言って反論はしない。小声の悪口に反論した事もあるが、大層口汚く罵ってきた。その後、『思わず口から出た』などと言い訳を始める様に余計に呆れてしまったが、弱みを握れたので放置することにしている。
(心のノートにはしっかり書いておくわ。四十六回目の悪口よ!)
「それにしても……
恐らく国外に追い出されるだろう私の将来の勤め先。あまり良い噂は聞くことがない。
この騎士団には『剣技を学んだ者は入団資格を失う』という謎の条件があり、貴族院などで武術に優秀な成績を収めた者は入団することができない。それ故に各国貴族のお荷物三女やポンコツ四女が箔をつける為に入団を希望していた。
世間の評価は正しく『煌びやかな腰掛け女騎士団』であり、実際に数年で自国に帰って自国の貴族と嫁ぐ団員が殆どだった。しかし、裏では悪魔の死病として世の中を席巻している『
「サーガ様の魔導の才能はココなら活かせるんじゃないですか? 汚い死体を燃やしたり。おほほ」
「うるさい、アビー!」
「おほほ、これくらいの煽りに逆上していてはダメですよ」
(ムカつく!)
教育係の立場を上手く使われると反論してもこちらが駄々っ子に見えてしまう。いつでも辞めさせられるが、逆に向こうもいつでも辞めてやるという気概を感じる。だからこう言う時はこちらも立場を使って遠ざけることにしている。
「アビー、喉が渇いたわ。何か持ってきて」
「はいはい、我儘お姫様の我儘を、聞くのも仕事ですからね」
(いちいち五月蝿い……)
何も返さないでいると溜息一つ吐いて部屋から出て行った。
「はぁ、二人きりが一週間続くのは気が重いわね」
こちらも溜息を一つ吐くと、顔を上げて窓の外を見る。
「でも、ここにはアマリア様がいらっしゃる」
まだ幼い時にお母様から読んでもらった『じゃじゃ馬姫と世界の秘密』という絵本。私は一瞬で主人公のお姫様の虜になった。明るく強く美しいアメイラ姫。家族から邪険にされても挫けず明るく過ごしていた。ふとしたことから世界の秘密を解き明かしてしまい、世界の危機に気付いてしまう。
「あはは、正しく『わたし一人しか知らない危機ならば、わたしが一人で解決いたしましょう』ね!」
絵本の中のセリフを口に出すと勇気が湧いてくる。世界に
「一人……」
覚悟しているとはいえ家族と離れ一人異国に放り出されることを考えると、瞳にはじわりと涙が溜まっていく。自分はアメリア姫でもアマリア様でもない弱い存在。
「ぐすん……あーあ、どうせ……」
どうせ病死した遺体を片付ける御役目。要するに自国の騎士にさせたくない穢れた仕事を引き受ける煌びやかな鎧を纏った墓守。
そんな集団の筆頭騎士に何を期待しているのか。
「……いえ、違うわ」
アマリア様は違う。自国に来訪したのを遠くから一目だけ拝見したことがある。
可憐な鎧に身を包んだ騎乗の人。
その人は
その一瞬の光景は私の瞳の中へ虹色に輝く影を刻んだ。
もはや忘れることなどできようもない。
「うへへ……はっ!」
思い起こすだけでうっとりしてしまう。袖で軽く涎と涙を拭くと、勢いよく椅子から立ち上がった。
「しょげても無意味な時間よ。それならば、このお城の探検に行きましょう!」
(まずアマリア様を探してみましょうか。国外に出掛けられたとは誰も言わなかったから、さぞお仕事が忙しいのでしょう)
部屋の出口まで歩くと扉に聞き耳を立てる。気配は感じない。そーっと扉を開けると顔だけ出して様子を窺う。
「よし、誰も居ないわね。探検に出発しんこ――」
「――サーガ様、お出かけですか?」
「ひっ!」
開けた扉の影からのそっとマリアが出てきた。さも『見破られてますよ』と言いたげな表情で直立不動のままじっとコチラを見ている。
「……戻ります」
扉をそっと閉めようとすると、あろうことか扉の隙間に足を入れてきた。
「ちょっと、何を――」
「――探検、行きましょうよ」
「はぁ?」
こちらから出掛けようとしたとはいえ、護衛なら流石に止めるべきでは無いか。そんなことも考えたがアマリア様と会うには、この女騎士の力を借りた方が簡単そうだと思い直した。
「いえね、護衛なんて思ったより暇で――」
「――では行きま……暇?」
「なんでもないですよ。さぁ行きましょう!」
(今迄見たことないくらいの不真面目ズボラ騎士じゃないの、この女……)
呆れた視線を向けると何故かお腹を摩っていた。
「では厨房に行きましょう」
「なんでよ!」
行くわけがない。他国の厨房に立ち入って食料を漁っていた、などと報告されたら、
「ちょっと貴女。仮にも騎士を名乗るなら下賎な厨房などに立ち入るべきではないと思いますが?」
両手を腰に怒りのポーズ。それに対してマリアはニッコリ笑顔だ。
「アマリアは食いしん坊よ。厨房でよく見かけるの」
「よし、早く行きましょう」
目的のために手段は選んでいられないわ。マリアと視線を合わせたまま力強く頷く。すると頷き返してくれた。
「では、探検に出発進行〜」
「出発進行〜……って恥ずかし……くない」
常日頃から『お淑やかにしていないと良い嫁ぎ先に行けない』と繰り返されてばかり。
急に恥ずかしくなったが、逆に反骨心がむくむくと湧いてきた。
(そうよ、私の夢はアマリア様の隣で勇ましく戦うことなの! こんなことで恥ずかしがっていてはダメ)
「行くわよ、ついてきなさい!」
マリアを押し退けると、フンっと鼻息荒く大股で歩くことにした。
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