第一章 夢はあります
第一話
◆◆◆ 帝国歴 二百八十七年 五月(冒頭の二年前)
ナイアルス公国 州都グロワール 王宮地下
王宮の地下にある転送ゲートを通って豪華な馬車が数台続いて姿を現した。全て同じ型であり、窓には分厚いカーテンが閉められているので姿を窺うことは出来ない。
警護担当の騎士が馬車に向けてピシリと敬礼した。
「暗殺防止ってことは……例のお偉いさんってことで良いんだよな?」
「そうだろうな……」
姿勢を崩さず横の同僚にだけ聞こえる声で愚痴を溢す。他に仕事は山ほどあるが、他国の使節が来訪すれば、礼を逸する訳にはいかない。
三台の馬車は車寄せに止まると真ん中と後方に位置する馬車から続々と騎士が降りてきた。一番前の馬車の前で隊列を作っているので要人は一番前の馬車に乗っているらしい。
「アイスバーグ共和国のプリンセスのお出ましだぞ」
五大国に数えられるアイスバーグ共和国は観光立国として知られている。氷と吹雪しか無い不毛の大地は、魔剣戦争の終結と共に壮大な雪山と永遠に続くかのような緑のフィヨルド海岸線に姿を変えた。これ
「ご苦労様です」
如何にもプリンセスといった風情の少女が降りてきた。歳は十歳前後だろう。ピンクの可愛らしいドレスに身を包んだ金髪の少女は自らの立場を良く理解しているようで、立ち並ぶ騎士に威圧される事もなく、しゃなりしゃなりと歩みを進めている。世話係の老婆と共に出迎えの大使に気付くと足を止めて和やかに会話していた。
ここで並ぶ騎士の一人が隊列から外れて警護騎士に近づいていった。
「護衛の国家騎士は何処に居られる?」
施設の警護や街で荒くれ者の対応をする騎士達は通称『地方騎士団』と呼ばれる。州都グロワールでこの任に当たるのはグロワール近衛騎士団だ。対照的に国家の顔として国外に出向いたり、戦時に主力で戦うのが『国家騎士団』だ。
(要人の護衛は普通、地方騎士だろ……)
愚痴を心の中で呟きながら騎士を睨みつける、が勿論相手にされていない。近くに寄ってきた若い騎士の鎧は立ち並ぶ騎士達と同様に黒一色で揃えられている。アイスバーグ共和国の国家騎士団『
「……」
しかし今回は近衛騎士団所属の騎士には指示が降りてきていないので答えることができない。そもそもゲートを使うことを知らされたのも数分前のことだった。
どう答えようか思案していると、明るい声が聴こえてきた。
「遅れてすまない。
如何にも慌てたフリをしながら小走りで近づいてくる騎士が一人。プリンセスに引けを取らず長い金髪……だが無造作に後ろで縛ってあるので芋っぽさだけが目立つ。そんな金髪を振り乱して騎士達の元へ走ってくる女騎士の服装はナイアルス公国の国家騎士団たる
堂々とした態度だが、帯剣もせずに半笑いなので真剣さに欠け若干の不真面目さを感じる。
「悪い悪い。予定されていた来訪に対応できないのは、こちらの失態だ。どうにか許してほしい」
臆せず騎士の作っている花道を逆走し自国の大使を押し退けて、プリンセスの前にサッと
「これはこれは可愛らしく麗しいプリンセスよ。此度の来訪に感謝します。是非楽しんでいってください」
「無礼ではないか、姫の手を断りも無く取るなど!」
世話係の叱責に少し呆然としていたプリンセスが慌てて手を引っ込めた。そして、その手を摩りながら女騎士を睨みつける。
「そ、そうよ、無礼よ。きっと筆頭騎士のアマリア様ならそんな無粋なことはし――」
「――ブホッ」
「……ない……わ?」
会話を聞いていた警護担当の騎士が耐えられず吹き出した。
「失敬……」
そんな笑いを堪える騎士の顔を口を尖らして睨みつける女騎士。しかし、小さなレディからの叱責はまだ終わらない。
「大体からして使節団を前に帯剣もせず、さも正装しました、なんて許されないわ」
「あらあら、城内は流石に剣を使うような――」
「――ただの準備不足に言い訳を並べ立てるのはどうかと思いますけど?」
勝ち誇ったような表情を浮かべる少女。憎たらしさより可愛らしさが溢れ出る。皆が『母親の真似でもしているんだろうな』と想像していた。
しかし、女騎士の額には青筋がしっかりと浮き出ていた。沸点が大変低いらしい。
「なにぶん急いでいた――」
「――急げば全てが許されるんですか」
「わ、私の剣はメンテナンス中で――」
「――まぁ、有事の際にどうするんですか。予備の剣も無いとは貧乏なのですか?」
震える女騎士と勝ち誇るお姫様。レベルの低い問答に周りの男達は既に無視と決め込んだようだ。
「……うっさ……」
「えっ?」
「うっさいわねぇ。剣なんか無くったって――」
「――騎士たるものが
「ぐぬぬっ……うっさい!」
小さなレディにしてやられる女騎士。口喧嘩で冷静さを失い言葉遣いも乱れて心の底から悔しそう。器が小さい小さい。
「決して騎士アマリア様ならそんなことはしないでしょう!」
「あら!」
ここで女騎士は両手を腰にやって急に胸を張るとしたり顔で喋り始めた。
「あらあら、私が――」
「――あはは、騎士アマリアならそんなことしないって……ぷっ、あははは!」
女騎士の言い訳を遮る笑い声。先ほど吹き出した騎士が今度は腹を抱えて大笑いしている。それを見る女騎士の顔はみるみる赤くなっていった。
「……部下の統制も取れないなんて、どうなってるのかしら」
畳み掛けるように辛辣な感想を聞こえるギリギリの小声で呟くプリンセス。それを聞いてか女騎士の身体は震えだしていた。
「あのう……」
ここで、黒色鎧の騎士がおずおずと声をかける。
「貴女が――」
「――フンっ! そうそう、護衛に
両腕を組んで顔をプイッと横に向けて答える女騎士。ここでマリアと名乗った女騎士に悲痛な顔を向けるプリンセス。
「そんな! アマリア様とお会いできるのを楽しみにしていたのに!」
マリアは改めて少女の前に跪くと、気取った声で挨拶を始めた。
「貴女の護衛を担当するマリア……マリア・カルナバルです。以後、お見知り置きを」
今度は無闇に手を取らず、そっと頭を下げる。すると、溜息一つ吐いてから少女も自己紹介を始めた。
「全く……私がアイスバーグ共和国のオリオール公爵が息女、サーガ・オリオールです。はぁ……よろしくお願いしますね」
期待してないから、という感情が漏れ出ているかのような態度に、改めて青筋が額に数個浮かび上がる器の小さいマリア。それに気付かずサーガも溜息ばかり吐いているので、ある意味良いコンビだ。
「しかしねぇ……アマリアも、そんなに真面目じゃないわよ」
「貴女のように怠惰な騎士は生まれてこの方見たことがありません!」
口はサーガの方が達者らしい。青筋を増やしながらニッコリと微笑むマリア。
「んほんっ! これでもアマリアの従兄弟の兄の友人の叔母の娘なんですからね」
「えっ? そうなんですか……って、他人じゃない!」
「ご名答! 私はサーガ様より四つほど下の娘も居るんです。仲良くしてやってください」
「フン!」
少しだけ小馬鹿にされて苛立つサーガはプイッと横を向いてしまった。マリアは溜飲が下がったのか立ち上がって隊長格の騎士に挨拶している。
ちなみにサーガから見えないように必死にウインクしながらだ。
「おほほ、それでは一週間、お預かりさせていただきます。公王には……あー、マリアがしっかりと護衛しますと言っていたこと、お伝えください」
「ご丁寧にありがとうございます。それでは我々は荷卸したら帰還させてもらいます」
苦笑しながらだったが、あっさりとこちらの茶番に乗ってくれた。というより、割とどうでも良さそうな雰囲気も感じる。
(この子も自国じゃ大変なのかしらね……)
世話係に小言を言われて辟易しているサーガを眺めながら、マリアは自らの娘の数年後を思い浮かべてニヤニヤしていた。
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