第六話

◇◇◇



「すみません……はしたないところをお見せしてしまいました」


 目の周りが腫れぼったい。多分瞳は真っ赤になっているんでしょう。恥ずかしくて顔を上げられない。


「大丈夫ですよ。私の薄い胸で良ければいつでもお貸ししますよ」

「そ、そんなこと言わなくても……」


 女騎士と言うにはマリアはスレンダー過ぎる。腕も細く剣などとても振ることはできないだろう。どちらかと言えば踊り子が似合っている。

 少し艶やかな衣装で滑らかに踊るマリアを想像してみる。


(ダメだ、似合い過ぎる……)


 頭の上で手を払って変な想像を打ち消していると、マリアはバスケットに食器を片付け始めた。


「それでは皆が心配しますので、そろそろ戻りましょう。明日はアマリアと会えると良いですね」


 和かに微笑むマリアを見ていると、泣きじゃくって抱きつく自分を思い出してしまう。恥ずかしさと安堵感が心地よく身体を包む。


「あの……明日も――」

「――そうそう、クリスも紹介しましょうね。私の娘よ」

「えっ……クリス?」


 チクリと胸に何かが刺さるような痛みを感じる。


「そうよ。ミドルネームがクリス、ファーストネームはリアよ。リアはサーガの四つ下かな」


 急に疎外感を感じて心の中がささくれ立ってきた。


「ふーん……リアですか……」


 他所よその国の騎士の子息に『ちゃん』付けはダメだと思うが、どうしても張り合いたくなってしまう。今だけは、今、この瞬間だけでもマリアの一番で居たかった。


「ねぇ、今からリアに会いにいく? 仲良くしてくれたら嬉しいけどな」

「あっ、えっと……その……」


 何故かリアには会いたくなかった。二人がニコニコ見つめ合っている様を想像すると不安と苛立ちが襲ってくる。

 その時、突然そうか、と気づいた。


(私、『マリアの一番』に会いたくないんだ)


 仄暗い嫉妬、自分の中にそんな感情が芽生えるなんて思わなかった。そんな自分の気持ちに気づいた瞬間、恥ずかしくて耳が真っ赤になるのが分かった。

 返事もできずにモジモジするしてしまう。


「あら、恥ずかしいの? 大丈夫よ、ウチのリアもよっぽど人見知りだけど、今は絶対に変なこと言わないと思うわ」


(私……マリアを自分だけの人にしたいんだ)


 独占欲に負けた自分が恥ずかしく、それでも尚求めたいという強烈な欲求。苛立ちと理性が天秤の上で激しく揺れ動く。


(そうだ。会えない場所に行っちゃえばいいんだ!)


 そうすれば、『会ってみたいけど機会がありませんでした』で終われる。妙案を思いついた……が、何処に行けば良いか。


「ほらほら、それとも何処かに行きますか? 馬で遠乗りでもしましょうか?」


 パッとマリアの方に振り向く。


「はい。馬に乗って何処かに行きたいです!」



◇◇◇



 草原を駆け抜ける鹿毛かげの騎馬。その上でマリアに片手でお腹の辺りを抱かれて馬上の人となる私。フワフワと夢見心地なので背中の温かな感触にもなんだか顔が火照ってしまう。


「大丈夫ですか?」

「は、はひぃっ!」


 背後からの問い掛けに思わず変な声が出る。耳まで熱い。赤くなっていたら恥ずかしい、と思っても何もできない。


「ふふふ、スピードは大丈夫ですか? 怖くはないですか?」

「は、はい! 楽しいです!」


 楽し過ぎて興奮していると思ってくれたのか。少しだけスピードを上げてくれた。マリアに似た明るい茶色の毛をした細身の馬だったが、滑るように、というより飛ぶように草原を駆け抜けていく。


「凄いです!」

「んふふ、リリー、あなた凄いって!」


 その瞬間、明らかに速度が更に上がる。マリアの声に遠慮なく反応する騎馬リリー。手前に大木が迫るが手綱をひょいと動かすとスレスレを高速ですり抜けていく。


「ひぃ……」


 私も自国では騎乗訓練をしているが、こんな危険な乗り方はまださせてもらっていない。しかし身体が吹き飛びそうに傾く度にマリアは左手に力を込めて自分の体に押し付けてくれる。恐怖を感じるが、同時に愛情も感じてしまう。興奮しきりで楽しくて、歓喜を絶叫で表したかったが『お淑やかに』という強烈な呪いには打ち勝てなかった。


「はい。少し休みましょう」


 大きな木が木陰を作っている場所で馬から降ろしてくれた。自分の足で降り立つと何故か両足が震えてしまい言うことを聞かない。思った以上に強張って力が入っていたようだ。


「は、はい……っと――」

「――おっとっと。疲れましたか?」


 あっさり躓いてしまったが、それをマリアは抱き止めてくれた。蹌踉よろめくことも、まして膝が震えることもなく凛と立つマリア。


(なんだかんだ言って騎士なのね……)


 自分の不甲斐なさに悄気つつマリアの思ったより騎士っぽい所作にときめきそうになる。そっと離れてから首をブンブン振って不埒な気持ちを打ち消す。


「ははは、目が回りましたか?」

「あっ、いえ……そのようなことは……」


 思ったより遠くに来れたが、逆に言うと騎乗ならそんなに帰るのにも時間は掛かるまい。とはいえ、もう少し時間を潰せれば自然とリアマリアの一番に会わなくて済む。


「さてと……森は危険です。魔獣が出ますからね。そろそろ帰りましょうか」

「あっ! まだ……」


 何と言って引き止めれば良いのか、一瞬言葉に詰まるとマリアの顔が少しだけ曇った。


「あのぉ……娘と……リアとそんなに会いたくないのかな?」

「えっ? そんなことないですよっ!」


 思わず否定する。本音は正しく『会いたくない』なのだがリアが嫌いなわけではない。そもそも好きか嫌いかも分からない。正直に『今が楽し過ぎるので』くらい言えれば誤魔化せるが、それはそれで恥ずかし過ぎる。


「も、森に……あっ、他国の森林の植生に興味があって……あの……」


 我ながら無理がある。これは絵本に出てくるアメリア姫のセリフ。彼女は森林のスケッチが趣味。人里離れた森に一人で行くことが多い設定で、その為、『世界の秘密』を偶然暴いてしまうストーリーだ。


「私、森の木々に囲まれると落ち着くの。だから、この国の森はどうかなって……」


 ふとマリアを見ると、少し怒った顔をして仁王立ちをしていた。胸がキュッと押し潰されそう。今は何より嫌われたくない。


「ねぇ、サーガ様」

「は、はひぃ!」


 緊張して変な声が出る。


「私と一緒に居るのがそんなに楽しいの?」

「へっ? えっと……えっ?」


 質問の意味が分からず顔をじっと見てオロオロするしかない。すると、突然破顔したかと思うとお腹を抑えて身体をくの字にしながら爆笑し始めた。


「あははは、すまない。あまりにサーガ様が可愛いものでね!」

「えっ……えーーっ!」


 青くなった顔がみるみる赤くなっていくのが分かる。


(これは単純なおべっかよ。サーガ、がんばれ)


 自分に叱咤激励すると、取り敢えずなんでも良いから口を開くことにした。


「さぁ、王宮に帰りま――」

「――あ、貴女達は剣技を学ばず戦いにも加わらない、そんな噂がありますが、それは本当ですか?」

「ん? あー、戦いは嫌いよ。面倒だし」


 食い気味で問い掛けると、如何にも適当な感じで答えてくれた。足を止めるという最低限の目的は果たした。さぁ、ここからは勢いに任せて問答を続けることにする。


「で、では、た戦わない騎士団に意味はありますか?」

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