第7話 伯爵の釘刺しは特に効きません
マルテはこのディアマンテを治める貴族であるところのセッカ・バッソフォンド伯爵の馬車に乗せられていた。
快適な馬車の座席で揺られているが、気分は売られていく家畜同然であった。
何よりも伯爵と筆頭魔法使いと一緒に馬車に乗っているという現実が、貧乏庶民同然のマルテの心の内壁をがりがりと削ってくる。
緊張で今にも倒れそうになっていた。
「タルタルーガの討伐、汚染の早期除去。貴様、これだけのことをやっておいて領主である私に一言もなしとはどういうことですか!」
「昨日行ったけど、あなたいなかったんだもの」
「ええそうでしょう。今、帰ってきたばかりですからね。わかりますか、部下から報告を聞いた私の気持ちが!」
「流石天才! アウレーリア様、ありがとう?」
「そんなわけないでしょう!」
「冗談よ。わからないわね、そんなに怒ることかしら」
セッカが白目剥くほど怒っているのに、怒られている側のアウレーリアはけらけらとのらりくらりとしてるせいでマルテはいつ自分に矛先が向くのかと気が気でなかった。
どうか、あたしの方に矛先が向きませんように、とマルテは必死に馬車の隅に身を寄せて小さくなっている。
しかし、貴族の馬車とは言えども空間に限りがあるため、その努力はほぼ無駄に近く、むしろ逆に目立っていることに気が付いていなかった。
「クレタの後始末は? ちゃんと全部消し飛ばしたから問題はないと思うけど」
「順調だったのに陛下から貴様を監督しろと命じられたのだ。よりにもよって何故、私の領地に来る」
「だってここ綺麗じゃない。
「貴様に憧れなどという感性があるとは」
「あら、あるに決まってるじゃない。あとはあなたのこと結構気に入ってるのよ、弟子の条件も満たしているし。弟子にならない?」
「おぞましいことを言わないでください。はぁ、それよりそちらのお嬢さんは?」
セッカの視線がマルテを射抜く。
ひぃと身をすくませたマルテはますます馬車の隅で小さくなろうとする。
「いいでしょ」
「それで伝わると思っているのなら、流石は天才様と言ってあげますよ。お言葉の使い方も人の先を進んでいらっしゃる」
「ふふん、そうでしょう。わたし天才だもの」
「…………で、本当のところは? 伊達や酔狂でE級の冒険者を連れているわけではないでしょう」
「この子、魔力汚染を受けないの」
「ほう、信じられませんね」
「でしょう? それが本当なの。わたしが直接、この目で見たから」
「だから、ノッツェパルトの教会にいたということですか。普通に考えれば、あなたが誰かと結婚などするはずもないですしね」
「よくわかってるじゃない。そういうわけだから、わたしは忙しいの。家の前で降ろしてくれる?」
「報告を書面で」
そんな暇ないのにとアウレーリアはくるりと指先を回すと鞄の中の羽ペンと紙が飛び出してきて、さらさらと報告書を書き始めた。
「はい。これ」
さらりと書き上げられたものがセッカの手の中へと滑り込む。
「はぁ、できるのなら言われる前にやってください、筆頭魔法使い殿」
「考えておくわ。そんな余裕ないし、それじゃあもう良い?」
セッカは嘆息しながら、御者へと指示を出す。
移動していた馬車は、方向転換して一路アウレーリアが買った屋敷へと向かい始めた。
「良いですか、くれぐれも余計なことはしないように。毎日、私のところに報告に来てください」
「面倒」
「陛下からのご指示です」
「仕方ないわね。はぁ、ネーヴェが生きてたら楽だったのに」
「……それとディアマンテに滞在している間は、我が家の為に働いてもらいます。まずはあなたが潰した街区の復興から。筆頭魔法使いがいるのならせいぜい活用させてもらいますよ」
「あなたのところにも魔法使いくらいいるでしょう? 」
「筆頭魔法使い殿がいるのですから、遊ばせておくのはもったいない。着きましたよ」
「これやっぱり左遷でしょう」
「一時的な出向ですよ。それに地方では私の方が上ですので」
「はいはい。わかってるわよ、伯爵様」
屋敷についてアウレーリアは馬車を降りる。マルテも慌てて続いた。
「くれぐれも余計なことはしないように」
「一度言えばわかるわ」
「ならばそれらしく行動してください、天才ならわかるでしょう?」
「ええ、天才らしく行動させてもらうわ」
セッカは何度目かになる嘆息しながら去って行った。
「さて、邪魔が入ったけどこれで調査の続きができるわね」
「あの流れで普通に調査できるのすごいと思います」
「わからないわね、何か問題がある? 調査は余計なことじゃないし、復興の手伝いなんてゴーレムでも送っておけばいいのよ」
ぱんぱんと手を叩くと手入れされていない屋敷の庭の土が盛り上がって辛うじて人型に見える名状しがたい形状のゴーレムが数十体も立ち上がってきた。
それらはのそのそと動いてアウレーリアが命じるままに、彼女が破壊した街区の片づけへと向かって行った。
並んで歩いていく姿は、魔獣か汚染獣でも出たのかと思うくらいに酷い。
「あれ、大丈夫なんですか……?」
「何が?」
「怪物だって思われるんじゃ……」
「ただのゴーレムでしょ?」
ゴーレムが歩いて行ったところから悲鳴が聞こえているが、マルテは少し考えてどうにもできないと悟り諦め調子に空湖を見上げるのであった。
何の悩みもなさそうな天空神チェーロの瞳が燦々と輝き揺れていた。
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