第8話 逃げ出したら福来る?
「付与魔法系全滅、回復魔法系全滅、ポーションは効果なし。じゃあ、加工前のものはどうかしら。次はこの薬草を食べてくれるかしら」
「ま、まってくだひゃい……お、お腹、たぷ、たぷでぇ……うぷ……ぅえ」
「わからないわね、何を言っているの? ポーションをたった三十六本飲んだだけじゃない」
「三十六本も、です……うぷ……」
三十六本。それは冒険者が使用するにあたって有益な効果が確認されているポーションの種類とほぼ同数である。
中にはアウレーリアがダンジョンを攻略して手に入れて来た希少なポーションまであった。
それらすべてをアウレーリアはマルテに飲ませた。
一本飲むだけでもそこそこ量があり、続けて飲むのは熟練の冒険者ですら難しいとされているのだが、そんなものを三十六本も飲まされた。
それはお腹もたぷたぷになるのは当然と言える。
さらに言えば、希少なものを自分如きのために無駄にしても良いのかという忌憚の精神的ダメージも合わさって気分もお腹も絶不調であった。
それで効果があったりしたならばまだ救いはあるのだが、キツイ思いをして飲んだというのにポーションはどれもこれも効果がない。
徒労とお腹を圧迫する液体は、決壊寸前のダムを思わせた。
何か少しでも刺激を受けたら乙女の尊厳は木っ端みじんに砕け散るであることは間違いない。
マルテはせめて吐くのならばそれが守られる場所で吐きたいとせめてもと懇願する。
「は、吐きそうで……」
「じゃあ、吐いて?」
「ぅぇ……?」
「吐いた内容物も調べたいの。ほら、早く。お腹、押してあげようか?」
「や、やめ――ぷぇ、ぅ――」
無造作にたぷたぷに膨らんだお腹を押される。
一瞬堪えたが、アウレーリアの容赦のない圧迫は次の瞬間には口内中を喉奥から顔を出した酸っぱく名状しがたいもので溢れさせ、乙女の尊厳を決壊させるのに必要十分すぎた。
「うぐ――」
吐いている様は、マルテの名誉の為にも割愛するが色とりどりのポーションが混じって異様な色彩のグロテスクな吐しゃ物が桶の中いっぱいに溜まったとだけ言っておく。
「すんすん。ちょっとにおいがキツイかしら。味はーっと」
「ちょ、ま、まってくだひゃい!?」
盛大に吐いたせいでぐったりとしていたマルテも飛び起きるほどの、問題発言だった。
普段のマルテからは信じられないくらい機敏に身体は動いて、ぎりぎりで指を吐しゃ物の桶に突っ込もうとしていたアウレーリアの腕を掴むことに成功した。
「な、何をしようとしているんですか!?」
「何って、調査よ?」
「そ、それはわかってますけど、その内容です!」
「舐めようかなって」
「なんで!? 人が吐いたもの舐めるなんて、汚いし気持ち悪いしなんだか変態っぽいですよ!?」
「わたしは気にしないわ」
「あ、あたしが気にするんです!」
「やってる動物もいるじゃない」
「あなたもあたしも人間です!」
「ただの人間じゃないわ、天才よ。魔力汚染災害を根絶するためだし。致し方ない犠牲というやつね」
止められていない、もう片方の手指を吐しゃ物の中に突っ込む。
そして、その指をぺろり。
「ああああ……」
「うえっ、まずい。んーでも、ポーションの効果はあるわね。混ざっててすんごいことになってるわ。わたしのとは大違い」
「へ……?」
「わたしが飲んで吐いたものをネズミに舐めさせたけど効果はなかったもの」
「…………」
「たぶん、ポーションの魔力自体が取り込まれてないわね。ふふん、興味深い」
この女には何を言っても無駄なのではないかとマルテはおおよそ理解できて来た。
そもそも成り行きで行動しているだけでマルテには、アウレーリアの調査に付き合う義理はない。
そのことに思い至ったマルテは、逃げることにした。
「ポーションは素材が持つ人の魔力に作用する魔力を抽出してより薬効を高めたもの。だから魔力がないからと効果を発揮しない。効果がそのまま残るってことね。じゃあ、素材そのものを……あれ?」
アウレーリアが思索から戻って振り返った時には、マルテはいなかった。
●
逃げだしたマルテはと言えば。
「あああ……逃げちゃった逃げちゃった逃げちゃったぁ……すごいって言ってくれた人からにげちゃったよぉう……」
自分から逃げ出しておいて、さっそく後悔の渦中であった。
「でもでも、あたし悪くないもん。あんなことされたら、うん……うん、大丈夫!」
今はとにかくギルドに行って自分が請け負っていた依頼について確認をしにいかなければならない。
ドラゴンと魔力汚染騒ぎから一日経過しているため、全部無効になっているかもしれないが確認は大事だ。
それに騒ぎから顔を出していないから生存報告も兼ねて冒険者ギルドに行くことをマルテは決めて冒険者通りへと向かう。
朝というには遅い時間の冒険者通りは、人が少なく寂しい感じがした。
いつも通りの道を歩いていると、マルテの前にレッテリオが現れた。
「ん? マルテ!」
「わわ、レッテリオさん。どうしたんですか?」
「どうしたもこうしたもあるか、無事だったのか!」
「は、はい。大丈夫、です」
「はぁ、ノーチェのやつが気にしてたぞ。ドラゴンの囮になるだなんて、バカげたことしたってな」
「あはは、すみません。でもでもこうして無事ですし、大丈夫です!」
「ったくよぉ。もっと自分を大事にしろ。そうじゃねえと死んじまうぞ」
「大丈夫です、元気と丈夫なだけが取り柄ですから!」
「ギルドに行くんだろ、食ってけ」
「でも、お金……」
「奢りだよ。無事だったからな」
「わぁ、ありがとうございます!」
アナトラの串焼きを五本貰って先ほどまでの後悔なんてどこに行ったのか、うきうき気分でギルドに行くと血相変えたサペーレがマルテの前にやってきた。
「マルテ、キミ、いったい何をやったんだ!?」
「え?」
「指名依頼だ、キミに!」
「え? えええええええええ!?」
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