第50話 東大阪工業高校

 ピー

東大阪工業高校のキックオフで試合が始まった。



試合が始まってすぐに、

「なんで息子がスタメンじゃないんですか?」

急に観客席から女性の声が聞こえた。

声はピッチ上の選手たちにも聞こえた。


誰かと思って振り向くと、誰かの母親が声を出していた。

「すみません。

小田さん。

気持ちは分かりますが、試合中ですので。」

松長先生が謝る。

声を出したのは小田の母親だった。


「ベンチにして勝てなかったらどうするんですか?」

小田の母親が反論する。



 ピッ ピッ ピッ ピー

審判が笛を吹いて試合を止める。

審判が観客席側に向かう。


「すいません。 

ピッチにまで声聞こえてるんで、これ以上揉めるなら席から外してください。」

審判が小田の母親に言う。

「……。」

小田の母親は黙り込んだ。



一方、ベンチの小田は。

「またかよ。

あのババァ。」

「さっきの試合も騒いでたもんね。」

ベンチの八木が同情する。


実は、午前中の1回戦でも小田の母親はベンチのコーチ陣と揉めていた。

なんなら、試合が終わった後にもコーチ陣に問い詰めてた。


「これは小学生のときからだよ。」

「えっ? 小学生から?」

「サッカー始めた小学生のときから、あんな感じで小学校のときのコーチと揉めてた。」

「じゃあ、10年間ぐらいあんな感じ?」

「うん。

練習試合のときは練習だって嘘ついて騙してるけど、さすがに公式戦だと騙せないんだよね。」

たしかに、練習試合のときはコーチと揉めていなかった。


「はぁ~。

サッカーつまんない。」

小田がため息をついて、ストレスを吐いた。



 ピー

審判の笛とともに、試合が再開した。




 ポン ポン

神龍高校はビルドアップでボールを繋ぐ。 が、


「いけ!」


「いけ!」


東大阪工業高校のハイプレスで中々前に進めない。

東大阪工業高校はハイプレスが武器のチームだ。


 ポン

センターバックのデ・ヨングがインサイドハーフの幕井にパスをする。

すぐに、相手のボランチの⑥岩澤が寄せる。

⑥岩澤翔吾は2年生のボランチでキャプテン。


幕井は⑥岩澤が寄せたためキーパーの阿部先輩にバックパスをする。



阿部先輩はボールを持って、様子を伺う。

「3-4-2-1か。

守備はマンツーマン気味か、フリーな選手いないじゃん。」

東大阪工業高校のフォーメーションは3-4-2-1。


相手のプレスのかけ方はこうだ。

まず、フォワードの選手がアンカーの日村先輩をマーク。

3-4-2-1の2のシャドーの選手2人がセンターバックの渡辺先輩とデ・ヨングをマーク。

3-4-2-1の4のサイドの選手、ウイングバックの選手がサイドバックの加藤と松田先輩のマークにそれぞれつく。

ボランチの選手2人がインサイドハーフの幕井と小泉先輩のマークにつく。

3バックの選手3人がスリートップの佐藤、大宮先輩、春日先輩にそれぞれマークにつく。


マークは一定の距離感を保ちながら、パスが入ったらすぐに寄せる。

パスを出してもフリーな選手がいない、攻めてがない状態。



 ボン

阿部先輩が右ウイングの佐藤にロングボールを蹴る。

相手の3バックの左は、国体メンバーの②斎藤。


ミーティング通り、低身長の②斎藤にはロングボールを多く蹴る。



 ボン

②斎藤がロングボールをヘディングで跳ね返す。


「オーケー。 オーケー。

ロングボール続けてこ!」

キャプテンの松田先輩が声を出す。

失敗しようが変わらない。

チームとしてやることは変わらない。



神龍高校ボール。

ビルドアップのシーン。

渡辺先輩が自陣の少し高い位置でボールを持っている。


日村先輩は相手のフォワードとボランチの間に顔を出す。


相手の⑪シャドーが寄せてくる。

「(下げるか。)」

渡辺先輩がキーパーの阿部先輩にバックパスをしようとする。


「渡辺先輩!」

幕井がボールを要求する。

幕井は下がる。

幕井は渡辺先輩の右に立つ。

横パスのコースを作る。

ダウンスリーだ。


幕井と渡辺先輩とデ・ヨングでスリーバックを形成する。



 ポン

渡辺先輩が幕井にパスをする。

幕井にはプレッシャーがかからない。

フリーだ。


「(やっぱりだ。

俺のマークの6番。

俺がセンターバックまで下がったら、プレスをかけない。

マンツーマン気味であって、マンツーマンじゃない。

ポジショニングを工夫すれば、フリーは生まれる!)」

幕井は気づく。


幕井のマークの⑥岩澤はマークの対象を失い、迷う。

「(誰をマークすればいいんだ。)」

⑥岩澤が迷っていると、



フォワードの大宮先輩が、裏、足元の駆け引きの動きで足元でボールを要求する。

幕井が佐藤の方に体を向ける。

幕井が腰と足首をねじる。


 ポン

幕井が大宮先輩に縦パスを出す。

 ピタッ

大宮先輩がトラップで前を向く。

大宮先輩がキックモーションに入る。


すぐに、大宮先輩のマークの③センターバックが寄せるが間に合わない。

左ウイングの春日先輩が左サイドから中へ、斜めの動き出しをする。


 ポン

大宮先輩が春日先輩に左足でスルーパスを出す。

春日先輩が裏に抜ける。

キーパーとの1対1だが、


 ピー

審判が笛を吹く。

副審が旗を上げていた。

オフサイドだ。


春日先輩は納得がいかない様子だ。


「ナイスラン春日!」

松田先輩が春日先輩を褒める。


「大宮、幕井!」

山崎監督が大宮先輩と幕井の名前を呼ぶ。

大宮先輩と幕井が山崎監督の方を見る。

山崎監督が親指を立てる。


オフサイドだったが、良い攻撃だった。

神龍高校はBIG8のチームとやりあえている。



東大阪工業高校ボール。

神龍高校陣地内。

⑳左ウイングバックが左サイドでボールを持っている。


佐藤が中を切りながらプレスをかける。

松田先輩と渡辺先輩の間に⑪シャドーがいる。


 ポン

⑳左ウイングバックが⑪シャドーに速いパスを出す。

パスを出した瞬間、⑳左ウイングバックが中に走る。


 ポン

⑪シャドーが⑳左ウイングバックとワンツーをして、⑳左ウイングバックが中にドリブルする。

ゴールまで26m

シャドーの⑩菅原はデ・ヨングと加藤と日村先輩と小泉先輩の間、つまりギャップに立っている。

(ギャップ・・・選手同士の間にあるスペース)



幕井が⑳左ウイングバックに寄せる。

 ポン

⑳左ウイングバックは⑥岩澤に横パスを出す。


⑥岩澤に日村先輩が寄せる。

誰かが寄せるということは、その分ギャップが広がるということ。


⑩菅原がいるギャップが広がる。

⑩菅原は首を振る。


 ポン

⑥岩澤が日村先輩も小泉先輩の間にパスを出す。

パスの受け手は⑩菅原。

ゴールまで22m


小泉先輩が後ろから寄せる。

しかし、⑩菅原は気づいている。


 ピタッ

⑩菅原は左側からきたボールを右足でトラップ。

小泉先輩からボールを体で隠す。


 バーン

⑩菅原が体でボールを隠したことにより、小泉先輩が⑩菅原を後ろから倒してしまう。

 ピー

審判が笛を吹く。

小泉先輩のファール。

ゴールから22mの位置でフリーキックになった。



キッカーは⑩菅原。

位置は真ん中。

⑩菅原が助走をつける。


「壁5人!」

阿部先輩が指示を出す。

デ・ヨング、加藤、日村先輩、小泉先輩、春日先輩の5人で壁を作る。

キッカーから見て左側に壁を作る。

右側に阿部先輩が立つ。


 ピッ

審判が笛を吹く。

⑩菅原が走り込む。

左足を大きく踏み込む。


 ドーーン!

右足でボールを蹴り上げる。


 ピョーン

壁の5人がキックと同時に跳ぶ。


 ゴール


ボールは壁を越えて綺麗な放物線を描きながらゴールの左隅に吸い込まれた。

阿部先輩は反応できず、見ることしかできなかった。



『シャアー!!』

東大阪工業高校の選手達が⑩菅原に集まる。

⑩菅原は喜びを爆発することもなく冷静だった。

表情は変わらない。



試合は1-0で東大阪工業高校が先制した。

神龍高校が1点追いかける展開となった。






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