Ⅲ アシスト

平日の昼下がり


稀依はいつものカフェで窓越しに座り、コーヒーを飲んでいた


「すみません、隣の席、空いてますか?」


「あ、はい…!…あ…」


ふいに声をかけられ、振り向いて驚いた

桜介がトレーを片手ににこやかな笑みを浮かべていたのだ


「…レコードショップの店員さん…ですよね?覚えてますか??」


はにかみながら、桜介の顔を覗き込む稀依

桜介は隣の椅子に腰かけ、ニコッと笑う


「もちろん…あ、そうそう。名前なんて言うの?

良かったら連絡先、教えてくれない?」


「…え?」


会ったそうそう、軽い調子の桜介の言葉に、若干引き気味になる稀依


「これも縁だから。匡輝さんの新しいライブの情報とか

分かったら教えてあげたいからさ♪」


「…!…あ、そっか♪助かります!!是非♪」


匡輝をダシにすれば、喰いついてくるに違いないという

算段だったが、いとも簡単に壁を取り払う稀依に

桜介は複雑な心境になりながら、LINE交換して

彼女の差し出す名刺を受け取る


「…名前は…小田 稀依ちゃんか。異次元コミュニケーションズ…?」



名刺を見ながら確認する桜介に、稀依は頷く


「はい。あ、でもバイトなので、春までなんです。あなたは?」


「僕は桜介。君も知っての通り、レコードショップのオーナーやってます。

今日はこのビルで知人と会う予定があってね。」


(会いたかった知人は、君の事だけどね…♪)


「! そうなんですね…桜介さん…で、いいですか?」


遠慮がちに尋ねる稀依に、桜介は穏やかな表情のまま頷く


「…女子大生か…。華やかで良いねえ。でも春までってことは…」


「あ、春からは、就職先も決まってまして。

今はちょうど、モラトリアムを謳歌中なんです♪」


「そうなんだ。そんな時にバイトって、偉くない?僕なら遊び回っちゃうかも(笑)」


コーヒーを飲みながら笑う桜介に、稀依も恥ずかしそうに笑う


「遊ぶにしても、先立つものが要りますし…あんまり友達も居ないので」


「そうなの?見た目、すっごく可愛いし、モテるでしょ?」


軽い調子で褒めまくる桜介の言葉には意を介さず、

肩をすくめて首を振る


「まっさか。全然ですよ~。好きな人からは、まったく相手にされないタイプです(苦笑)

好きじゃない人に声をかけられても、あまり意味ないじゃないですか」


「…なるほどね~…」


なんとなく理解して、深く頷く桜介


きっと彼女が「まったくモテない」というのは嘘だろう。

それどころか、むしろ頻繁に声がかかるタイプだ

だが、理想とするタイプのハードルがとてつもなく高いのか

あるいは、好きになると一途で、それ以外には興味を示さないのだろう


それとなく観察していると、ふいにスマホを取り出して画面を確認する稀依


「あ、すみません。時間なんで…そろそろ行かないと。」


「あ、そうだよね。今日はありがとう♪今度また、連絡するよ」


立ち上がる稀依を、手を振って見送る桜介


エレベーターの中で、スマホの着信音が鳴る

(……)


桜介から送られたスタンプに、クスッと笑う稀依


一方、桜介はカフェを出て、エレベーターホールの前に設置された案内板を

確認していた


(…異次元コミュニケーションズ…あった…えっ…

あの子の勤め先、隣じゃん…マジか)


見つけた名前に再び驚く桜介


束の間、スマホの着信音が鳴る

画面を見て、ふぅっとため息を零し、踵を返してエントランスを出て行く…


………………

………


30階


画面をモニタリングしていた蓮の元に、花がやってきた


「ん?花、どうした?」


「蓮さんすみません。ちょっとオーラが気になったので…」


そう言いながら、ちょうど蓮が見ていた階下のモニター画面を覗き込む花


「…あ。やはり、彼女でしたか…あら?横に居るのは…桜介さん?」


「そのようだな。」


「!…光さん…」


いつの間にか、すぐ後ろに居た光を見つめる花


「……光さん…」


「…ん?」


呼んでみたものの、その先を躊躇い、口元に手を当て俯く花


「お互いの魂が呼応し合い、導き合い、惹かれ合う。

そんな2人が、相手の存在に気が付かず

すれ違ってしまうのは…悲しいですね…」


そんな花を抱きしめ、髪を撫でて慰める光


「…そうだな。だが、それが運命ならば仕方ないな」


「本当にそうか?光」


背後からふいに声を掛けられ、光は振り返り

不思議そうに首を傾げる


「蓮?」



「もしもそれがお前なら、どうする?」


蓮はまるで答えが分かっているかのように、目を細めながら

紫煙を燻らせている


「…吾輩なら、居場所に気づかないなど、有り得ない。

必ず見つけ出して、地の果てまで捕まえに行く♪」


「…//////(笑)」


実際に、そうだったな…//////と

遥か昔の出来事を思い出し、はにかみながら苦笑する花


「相手が自分に気が付かなかったら?」


含み笑いしながら、更に問いかける蓮


「それなら、ほれ。虫を使えばいいだろ♪」


光もニヤニヤしながら、何かを放り投げるフリをする

その動作だけで花は身震いして怯える


「きゃあああっ…て、もう!!!//////」


「(笑)ほら。花、おいで。遠慮するな」


真っ赤になってプンスカする花を、楽しそうに笑いながら抱きしめる光


「わ…私は…今は、平気です!!!//////」


まさかのタイミングで抱きしめられて、ドギマギしながら

光の胸をトントンと叩くが、ビクともせず

ますます動揺して慌てふためく花


「ほら…どうした?花…可愛がってやるぞ…?」


「!!…んんっ…//////」


耳元で甘く囁かれ、耳朶を甘噛みされる

急激な胸の高まりに、目をぎゅっと瞑る花


「………」

「………」


光と蓮は、目配せしながら周囲を注意深く確認する


「…お前の力が、あいつらの役に立てれば良いな?Anye…」


「…!…え…//////」


久しぶりに呼ばれた名前に驚き、見上げた瞬間

柔らかい口唇に塞がれていた…


これがもしも現イザマーレなら、リリエルのおねだりに

知恵を働かせたかもしれない

だが、ここは人間界で、彼らの範疇外の事象だ


前世イザマーレである光の場合、

無償の愛である花(Anyeアンイェ)の魔力を解き放てば

運命の歯車が回転し、物語が動き出す…



次章に続く



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魔パルトメントⅡ 里好 @ricohsakura2666

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