終焉白黒世界

自己否定の物語

AI技術を活用して執筆



 目に映るものは、すべて無彩色だ。崩れたビルの廃墟も、空を焦がす火の手も、灰色に沈んで見える。痛みはどこか遠くて、腕がもげても「変だな」と思うだけ。まるで自分の身体が自分のものではないかのようだ。

 けれど、不快には感じない。むしろ、胸の奥から湧き上がってくる謎の高揚感が俺を満たしている。ひどい戦場の光景さえ、祭りのように感じさせる――ゾンビに特有の、悲しみや恐怖を感じる代わりに「楽しい」を優先してしまう性質ゆえだろうか。

 まるで夢の中で駆け回っているような、浮遊感。それが俺の日常だった。


 ……けれど。

 その陽気な感覚の裏側で、俺の心のどこかにはいつも、ぽっかりと穴が開いているのがわかる。何か大切なものを失ったような痛み。それが何なのか、思い出せない。思い出しかけても、こみ上げる高揚感にかき消されてしまうんだ。


失った何かに触れる衝動


「よし、今日も行くぞ、No.101!」

 研究所の上層階で俺に声をかけたのは、同僚のゾンビ兵士No.204だ。腕に奇妙な改造を施されていて、しょっちゅう関節が外れているやつだ。皮膚の色だってまともじゃない。けれど、そんな姿でさえ「陽気に笑える」のがゾンビだ。

「へへ、今日は北地区の偵察かぁ。ま、何もなけりゃいいけどねー!」

 他の仲間たちも同じように陽気な声をあげる。その勢いにつられて俺もつい笑ってしまう。いや、こういう状況だからこそ、笑うしかないのかもしれない。


 ――そう、これがゾンビ研究所の兵士たちの日常だ。崩れ去った街や、侵略者に破壊された施設を巡回し、場合によっては交戦する。

 何度も何度も体がバラバラになっては修復され、ときには「新しいパーツを試してみようぜ!」なんて冗談交じりに改造が施される。ここに悲壮感など存在しない。あるのはどこまでも楽天的な笑い。それに混じって、俺が感じるのは虚無感とも言える「欠落」だった。


 ある日、仲間の噂話が耳に届いた。

「聞いたか? 最深部に眠る“イヴ”っていう人間……どうも近々目覚めるかもしれないらしいぞ」

「え、人間? ゾンビじゃなくて?」

「そうらしい。ドクター・カノウが、彼女の遺伝子を使ってなんか企んでるって話だ」


(……人間か)

 その瞬間、心の奥がちくりと疼いた。まるで、失われた何かを思い出すきっかけを掴んだような感触。俺は思わず足を止めてしまい、ぼんやりと仲間の会話に聞き耳を立てる。


 「イヴ」に会えば、この穴が埋まるのではないか――そんな甘い期待が頭をよぎった。覚えていないのに、なぜか胸の奥で騒ぐ。白黒の景色しかない俺の視界が、微かにざわめいた気がした。


戦場と失われた色


 夜。瓦礫と化した街を、俺たちゾンビ兵士は一列で進む。宇宙侵略者がまた動き出しているという報告を受けたからだ。破壊されたビルの骨組みが剥き出しになり、月明かりが強く照らしている……が、俺の目にはすべて灰色にしか見えない。

 遠くで爆発音が響いた。

「お、始まったかな?」

 笑いながら仲間が駆け出す。背後からは別のゾンビが「よし、こっちもやるか!」と追従する。俺もとっさに続こうと足を動かすが、心の底には淀んだ気持ちがまとわりつく。

(本当に、これでいいのか?)

 問いかけたところで、回答はいつも“楽しい”という高揚感が塗りつぶしてしまう。結局、いつも通り、俺は体を突き動かすままに戦いへと飛び込んでいくのだ。


イヴとの出会い:胸を穿つ確信


 侵略者の攻撃が思いのほか激しく、研究所にも大きな被害が及んだ。その衝撃で最深部の冷凍装置が破壊され、イヴが目覚めたのは、そんな混乱の中だったという。

 俺が慌てて駆けつけたとき、すでに彼女はゾンビ兵士たちに囲まれていた。伸ばしかけた俺の手に、彼女の瞳が一瞬だけ合う。

 ――人間だ。

 よく見ると、顔色は悪いし震えている。とにかく目に宿った光がゾンビとはまるで違った。白黒だけの世界に、彼女の存在だけが儚い光を持っているように見えた……いや、実際に色は見えないが、それでもそう“感じる”んだ。


「こ、こっち来ないで……! やめて、触らないでっ!」

 イヴの悲鳴がこだまする。周りのゾンビ兵士は彼女を害する気などなく、むしろ「大丈夫だって!」「怖くないよ!」とアピールしている。しかし、その陽気さが逆に不気味に映るのだろう。

 俺は彼女の必死さに、なぜだか胸が苦しくなって、強い衝動に駆られた。どうにかしてイヴを安心させたい、と。失われた何かを、彼女が握っているような気がしてならなかった。


哀しみと陽気の共存


「おいおい、イヴってば怯えすぎだろー?」

「まあ、しょうがないって。ゾンビになったことないんだし」

「人間だもんな、ピンとこないよな!」

 仲間たちは相変わらずヘラヘラしながら不謹慎な冗談を飛ばす。体の一部がちぎれても笑って済ませる奴らにとって、イヴの悲鳴はまるで別世界のもの。

 俺も彼らと同じゾンビなのに、なぜか笑う気にはなれなかった。イヴを前にすると、自分がゾンビであることを心底痛感する。彼女の恐怖は俺の中の「何か」を呼び起こすけれど、すぐにそれは高揚感に押し流されてしまう。もどかしさと焦燥、そして妙な悲しみが胸を往復する。


「……こいつだけ、少し違う」

 イヴの声が耳に届いた。視線の先には俺がいる。唇を震わせながら、それでもじっと俺を見ていた。

「え、俺?」

「他のゾンビと同じに見えるのに……どこか、そうじゃない。笑ってるのに、悲しそう……」


 言葉が出なかった。初めて、自分の“足りない表情”を誰かに見抜かれた気がする。白黒世界が大きくうねり、痛みはないのに胸が締め付けられる。

(――彼女なら、俺の欠けた何かを知っているかもしれない)


激しさと崩壊:リセット計画


 程なくして、ドクター・カノウが「リセット計画」を宣言する。侵略者の拠点を大規模爆破し、地球をまるごと浄化しようというものだ。ゾンビである俺たちさえも、その犠牲になるかもしれないらしい。

 研究所のメインホールに残ったイヴは、「そんなことしたら私も、ここにいるゾンビたちも、みんな巻き込まれるじゃない!」と声を荒らげた。カノウはニヤニヤしながら「滅びの先にある未来を知らずして、何が科学だ」とうそぶき、周りのゾンビも「まあ、死なないしなあ」と妙に納得してしまう。

 俺は薄ら寒さを覚えた。命の危機を前にしても陽気な仲間を、自分も含めて「おかしい」とは思えない。これがゾンビの本能だからだ。だが、イヴの焦燥と絶望を前にすると、自分もその感情を共有したいと思うのに、うまく湧いてこない。


「No.101……あんたは、どう思うの?」

 イヴに問われ、返す言葉が見つからない。

 心の穴が大きくなる。高揚感で満たされる前に、俺はせめて彼女の不安を和らげたいと思ったが、喉がカラカラで声が出ない。代わりに、モノクロの視界が小刻みに揺れるだけだった。


最終決戦:壮絶な戦場


 リセット計画を実行すべく、ゾンビ研究所の兵士たちは侵略者の拠点へ進撃を開始した。夜空が爆音と炎で引き裂かれる。俺の周りでは、仲間が楽しげに「腕がもげたー!」とか「頭が取れたー!」とか叫んでいるが、もう耳障りで仕方がない。

 一方でイヴも必死に生き延びようとする。銃を構え、涙を浮かべ、それでも敵に立ち向かう姿は正直、まぶしい。俺はそのまぶしさに惹きつけられながらも、笑い声と悲鳴が入り混じる白黒の地獄を駆け回る。


 すると、敵の中枢から閃光が走り、ドクター・カノウの狂笑が響く。リセット計画が起動したのだ。研究所ごと、都市ごと、すべてを巻き込んで大爆破が始まる。

「イヴ!」

 反射的に俺は彼女の腕を掴む。抱きしめるようにして瓦礫の影へ飛び込んだ――その一瞬、世界が白い閃光に染まる。俺の頭の中では、イヴの叫び声がやけに鮮明に鳴り響き、そして、何か大事なものを掴んだ気がした。


終わらない戦い、そして希望


 爆発のあと、視界を開けばやはり白黒で、体の半分が吹き飛んだような感触がする。それでも再生が始まるのか、じわりじわりと感覚が戻ってきた。傍らにはイヴが倒れこんでいて、まだ息はある。俺は大きく安堵の息をついた。

「……な、なんとか……生きてるな」

「そ、そうみたい……」

 イヴが苦笑しながらうなずく。周囲にはゾンビ仲間たちの断末魔やうめき声が飛び交い、炎と煙が廃墟の空気を重たく塗り込めている。完全に終わったわけでも、完全に勝てたわけでもない。侵略者の増援がいつ来るとも限らないのだ。


 それでも、イヴの存在が俺にとっての救いだった。失われた何かを完全に取り戻したわけじゃない。俺の視界が色づいたわけでもない。でも、彼女の瞳を覗き込むと、不思議と穴が少しだけ小さくなったように思えるんだ。


「……この先も戦わなきゃならない。でも、今のままじゃ人員不足ね。私たちだけではどうにもならないわ」

「そりゃそうか。ドクター・カノウもいなくなっちまったし、研究所もこの有様だし……」

 半壊した研究所へと目をやる。日が落ちきっているはずなのに、炎の照り返しが空を白黒のグラデーションに染め上げていた。イヴは小さくため息をつき、それから少しだけ笑う。


「だから……あなたと二人で“増やしていく”しかないわね」

 そう言いながら、彼女は俺の襟元を引き寄せる。


「え……?」

 言葉を飲み込む間もなく、イヴは俺の唇に軽く触れてきた。まるで唇を合わせるその行為に、なんの迷いもないかのように。いや、彼女の指先は微かに震えていたから、ほんの少しだけ緊張していたのかもしれない。


 だけど、俺は何がなんだかわからなかった。ここは戦場で、周囲は火の手が上がっていて、仲間のゾンビたちが「腕がないー!」「足はどこだ!」なんて叫んでいる。なぜそこで口付け? そして“増やす”ってどういう意味だ?


「…………」

 結局、イヴが俺の唇を離したとき、俺はただ呆然として彼女を見つめるしかなかった。驚きもあるし、高揚感もあるし、胸の穴がまた別の痛みで疼いている。イヴは、そんな俺の様子を見てくすりと笑う。


「……ま、どうせゾンビにはわからないか」

 そう呟いた彼女の顔は、どこか晴れやかな決意に満ちていた。


 モノクロの景色の中で、俺はイヴの手を借りながら立ち上がる。身体の再生は未だ途中で、感覚のない部分も多い。それでも、彼女がすぐ隣にいると感じるだけで、立ち止まるわけにはいかないと自然に思えた。


 彼女はもう一度、薄く笑う。

「行くわよ、No.101。戦いは終わっていないし……私たちで人員を増やして、反撃するんだから」

「……ああ、そう、だよな。……うん、わかった」


 その言葉の意味を、本当に理解していたかは自分でも怪しい。ただ、イヴが求めるなら、俺は何だってやるだろう。白黒の世界しか見えなくても、胸の穴がふさがらなくても、俺が守りたいのは彼女……その想いだけは揺るぎなかった。


 薄くなった煙の向こうからは、まだくぐもった砲声が聞こえる。増援が来るかもしれないが、俺たちも止まるわけにはいかない。イヴと並んで歩き出す足取りはふらついているけれど、奇妙なほど高揚感に満ちていた。


 ――この先、どれだけの苦難が待ち受けようと、俺とイヴの“二人”がいれば、きっと何とかなる。人員を“増やす”って、どうすればいいのか、正直全然わかってないけど……それもいつか、彼女が教えてくれるんだろう。


 白黒に染まる世界の中、唇の残り火がじんわりと胸を焼く。失ったものが少しずつ回復していくような、不思議な感覚のまま、俺は彼女の手をそっと握り返すのだった。

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