紛失

「いててて……」


 私は重たい頭を抱えたまま、ベッドに寝そべった。

 酔って記憶をなくすのは久しぶりだった。

 しかも、玄関先で力尽き、おかしな態勢で寝ていたせいか、肩や首が痛い。


(久しぶりに、やっちゃったな……)


 昨夜。

 友人と別れた後、どうやってここまで帰ってきたのだろう?

 記憶を辿ろうとするが思い出せない。

 歩いて帰れる距離じゃないので、恐らくタクシーでも拾ったのだろうが……


「……」


 私は、ふいに気になり身を起こして鞄を開けた。



「……よかった」



 財布は入っていた。

 中も確認するが、お金やカードが盗まれた様子はない。

 ホッとしたように息をついて、それから「あれ?」と呟いた。


 財布は入ってる。

 だが、がない。


 鞄の中に手を突っ込み、見当たらないので中身を全部ベッドの上にぶちまけた。


 免許証。

 スマホ。

 自宅の鍵。


 貴重品はちゃんと入っている。

 でも、あの財布がない。


 私は首を傾げた。

 中身の詰まった財布を置いて、空の財布を抜いていく泥棒がいるだろうか?


 もう一度鞄の中を徹底的に調べ、着ていた服のポケットも調べてみたが、やはり財布はなかった。


 そうして、私は思い出した。

 友人が、いやにあの財布にこだわっていた事を。

 まさかとは思うが……


 疑いたくはないが、どうしても気になり、私は彼に昨晩の事を尋ねるメッセージを送った。


 >夕べは遅くまで飲んで大丈夫だった?

 >記憶がなくて、どうやって家まで帰ったのか思えてないよ

 

 当たり障りのない会話で、相手の様子を探ろうと思った。


 しばらくすると、メッセージに既読が付き、返事が返ってきた。


 >>ひどい二日酔い

 >>頭痛い


 それを見て、私も返事を返した。


 >俺もだよ

 >夕べタクシー使ったのかな?


 >>タクシー拾って帰ったじゃん

 >>覚えてない?


 >やべー全然覚えてないや


 >>笑


 私は少し躊躇ったが、思い切って返した。


 >財布が見当たらなくてさ


 既読が付いても、しばらくは返事がなかった。

 すると、

 >>盗られたの?

 と、返事が返ってきた。


 >空の方のね

 >>中古の財布?

 >そうそう


 何もアクションが無いので、私は再度書き込んだ。


 >タクシーの中に落としたのかも

 >どこのタクシー会社だったか覚えてる?


 しばらく間をおいてから、


 >>駅前だから〇〇じゃない?


 という返事が返ってきた。


 >じゃあ問い合わせてみるわ

 >ごめんな

 >また飲みに行こうぜ



 しかし、それに対しての返信はなかった。

 既読も付かなかった。



 何となくモヤモヤした気分で、私はスマホの画面を見つめた。

 タクシー会社に問い合わせたところで、恐らく見つかりはしないだろう。

 それでも、一縷の望みを託して聞いてみたが、案の定そういった落し物の報告は受けていないと言われた。


 警察に届けても、大した被害じゃないと思われそうだ。

 中身が入っている財布ならともかく、空で安物の中古の財布など――本気で探すわけがない。

 笑われそうで逆に恥ずかしい。




 あの財布には、縁がなかった――と思うしかない。



「はぁ……」

 二日酔いの気怠さと頭の痛みに、私はため息をついてベッドに寝そべった。

 そして、そっと目を閉じる。




(そう言えば――)



 ふと、思い出したように私は目を開けた。


(学生の時にも、似たようなことがあった気がする……)



 あれは確か――本を失くした時だ。




 大学二年の時。

 近所の古本屋で、探していた江戸川乱歩の初版本を見つけた。

 神田にある古本屋街でも見つからなかったのに、こんな目の前の小さな古書店に売ってるとは……灯台下暗しだと彼に笑って話した。


 見せて欲しいと言うので、彼に見せた。

 彼はその本を手に取って、神妙な顔で眺めていた。


 戦前に出された初版本で、買えばそれなりにプレミアがつくお宝本だが、私が購入した金額が四百円だというと、彼は呆れた様に笑った。

 そして言ったのだ。


「これ、俺がその倍の値段で買い取るって言ったら、どうする?」


 ――と。


 勿論売りはしなかったが、その後すぐに本の紛失に気がついた。




「まさかな……でも、本当に?」


 売ってくれないから盗んだのなら、ただの泥棒だ。


 けど、彼は人から物を盗む様な男じゃない。

 それだけは断言できる。


 他に目的があるとしたら、それは一体なんだろう?


 今回の財布も、あの時の本も。

 仮に転売したとしても、金額なんてたかが知れている。


 泥棒呼ばわりされるリスクを冒してまですることじゃないし、彼はそんなバカじゃない。


 相変わらず。

 自分の送ったメッセージに返事はなく既読も付かない。


 もう二度と飲みにはいかないという、無言の返事だろうか……

 それを思うと、私は無性に悲しくなった。





(会いに行ってみようか……)



 ふと、そんな思いに駆られて、私は身を起こした。


 彼はきっと、今もにいるはずだ。

 あの場所から、彼は離れることが出来ない。



 なぜって?






 彼にはがあるからだ――

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