フォガース・クレック

 「フォガース様、第一王子のリシャールと聖剣使いが率いる軍が、南部に集結しています。いかがなさいますか?」

 黒い鎧に身を包んだ副官の男が、痩せぎすで長身の男─フォガース・クレックにそう尋ねた。一方フォガースは、読んでいた本から顔を上げる。――フォガースは今、ヴァリサント領主の城・ルエル城の領主の間にいた。

「兵力は依然としてこちらが上だ。それに冥府の門も屍兵もいる。こちらが仕掛けるよりも、戦力を南部以外に集中させておく方が良いだろう」

 フォガースは余裕のある様子で答えた。

「はっ、しかし・・・先程冥府の門が一基破壊されたとの報告が・・・」

「たかが一基だ。そもそも、あのような気味の悪いものを使わずとも、我が軍が後れを取ることはないだろう。それに・・・殿下からも『戦力をあまり分散させるな』と仰せつかっている。まだ様子見でも問題はないだろう。王都は特に守備を固めておけ」

「はっ、承知いたしました」

 副官は恭しく返事をした。しかし、言動とは裏腹に、心の中ではフォガースに対して呆れ返っていた。


 ――フォガースはリュヴェレット王国の指揮を任されてから、紙幣を含めた兵士たちを各地に展開し、制圧を完了させた。そこまでは良い。だが、それからはとにかく“守備に集中しろ”の一点張りである。王族の生き残りがいること、聖剣の使い手が現れたこと、そしてその者たちが軍を率いて反撃を開始した、と報告したときも悠長に構えているだけであった。それを見兼ねた部下の一人が、思い切って『攻勢に出るべきだ』と進言したところ、

「殿下の策が間違っているというのか!? 殿下を愚弄する気か!」

 とフォガースは激昂し、その部下をあろうことか斬り付けたのである。その部下は辛うじて命は取り留めたものの、今も目覚めないままである。――そう、フォガースは異常なまでにオーガストに心酔しているのだ。噂ではオーガストがフォガースを四将に推薦したことをきっかけけに、オーガストに執着するようになった、とも言われている。とにかく、その一件以来、フォガースに進言しようなどという者はいなくなり、フォガースを頼る者もいなくなった。

「そうだ、ルエル家の当主の処刑の準備は進んでいるか?」

 ふと思い出したように、フォガースは副官に尋ねた。

「はっ、滞りなく進んでおります」

 副官は自分の考えが態度や声に出ていないかヒヤリとしながらも、平静を装いつつ答えた。

「そうか、では引き続き王国軍への警戒を怠るなよ。下がれ」

 フォガースはそれだけ言うと、また読書を再開した。副官は表面だけの返事をすると、領主の間をそそくさとあとにしたのであった。

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