第二章
各々の帰還
リシャール率いる冥府の門破壊部隊がマルベル砦に戻ったのは、もうすっかり日が沈み、ランタンを灯す頃であった。砦のエントランスは、両部隊が帰還したことでかなり混雑していた。
「・・・ええっ!? どうしたの、その顔色!?」
ベルナデットたちを迎えたシャルリーヌは、皆の顔を見るなり驚いた。ベルナデットはこの表情の理由を説明しようとしたが、上手く言葉が出てこない。そこへ、リシャールがやって来る。
「思っていた以上に“冥府の門”が恐ろしいものかを、この身を以て我々は知ったからな。瘴気も多少吸ってしまったし、顔色が良くないのも無理はないさ」
「そ、そうなんだ・・・そんなに大変だったの?」
「・・・夕食前に聞きたいか?」
「うっ・・・そういうことなら・・・遠慮します・・・」
リシャールの念を押すような言葉に、シャルリーヌは何かを察し、断った。
「しかし、どういうものであるかは知っておくべきだろう。帝国がいかに恐ろしい相手であるかが分かるからな」
「ええ・・・どうしても聞かなければいけないの?」
シャルリーヌは嫌そうに聞き返す。
「王族は時として生々しく、辛い事実に向き合わなければならない。特に戦時中の今はな。お前はその覚悟があったからこそ、戦列に参加したのではないか?」
「・・・そうよね、兄様の言う通りよ。分かった、聞くわ」
シャルリーヌは少し躊躇ったあと、真剣な眼差しで返した。
「よく言ってくれた。・・・今回は皆も疲れている。夕飯のあとに一刻ほど休んでから、部隊長と出られる者だけでそれぞれの部隊の報告を行うとしよう。シャルリーヌも参加して、皆の報告を聞くと良い。オリヴィエ、各隊の兵士たちへの周知を頼む」
「はっ、承知いたしました」
リシャールは自身の後ろに控えていたオリヴィエに宗命じると、オリヴィエはすぐさまその場をあとにした。
「ベルナデットも大変だったな。聖剣がなければあの門を破壊するのは不可能だっただろう。とにかく、今はゆっくり休むと良い」
「うん・・・リシャールもね」
「ああ、そうさせて貰う」
リシャールは少しだけ口角を上げてそう言うと、階段のある方へと歩いて行った。リシャールも疲れているというのに、それを態度に出さないのはさすがだ、とベルナデットは心の中でリシャールに賛辞を贈ったのであった。
■
砦の中にある水場で落とせるだけの汚れを落とし、ベルナデットは装備を外すために一度自室へ戻った。鎧を外してもまだ身体が重い感じがして、すぐに椅子に腰掛けた。背もたれに身体を預けて目を瞑る。
――ベルナデットの脳裏には、まだあの冥府の門の光景が鮮明に焼き付いていた。あの血の量と骨の数は、一人や二人だけでは済まないだろう。犠牲になったのはリュヴェレットの国民も含まれているのかもしれないが、侵攻前に門が造られたのならば、帝国の人々が犠牲になったのかもしれない。そうだとするならば、帝国軍は自国民も門のために殺しているということであり、ますます狂気を感じてしまう。――
ベルナデットはそこまで考えて、寒気が走った。銃殺された捕虜といい、今の帝国では人の命はかなり軽いのかもしれない。不安や恐怖などの感情が少しずつかき混ぜられていく気持ちになり、ベルナデットは思わず大きなため息をついてしまった。そのとき、ドアをノックする音の直後に、
「ベルさん、乾いたお召し物を持ってきました。今、開けても大丈夫ですか?」
とエリーナが声を掛けてきた。
「はい、どうぞ」
ベルナデットはそう返事をして椅子から立ち上がった。ドアを開けると、綺麗に畳まれた服を持ったエリーナが立っていた。
「お休みのところ申し訳ないわねえ。はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
ベルナデットはエリーナから服を受け取った。石鹸の良い香りと、しっかり陽光に当てて乾いたときの、独特のふんわりとした匂いが服から香ってきた。
「・・・盗み聞きするつもりじゃなかったんだけど、大きなため息がドアの外からも聞こえてしまって・・・大丈夫ですか?」
エリーナは心配そうにベルナデットに尋ねた。
「えっ、外にまでため息が・・・? すみません・・・」
ベルナデットは“しまった”と思いつつ謝った。エリーナには不要な心配を掛けてしまったかもしれない、とベルナデットは反省する。すると、エリーナは首を横へ振った。
「いいえ、謝らなくて良いんですよ。シャルリーヌ様から、冥府の門とやらを壊しに行った部隊の皆が疲れた顔をして帰ってきたと聞きました。きっと大変なことがあったんでしょうね・・・」
「・・・はい、それが・・・」
「ああいえ、詳しく話さなくても大丈夫よ。私は戦うことは出来ないし、出来ることと言ったら料理と掃除と洗濯と、あとはシャルリーヌ様のお世話くらいですけれどね、美味しいお菓子であなたの心を慰めることは出来る自信はありますよ。もし食べたくなったら、気軽に言いにいらして下さいな」
エリーナはそこで微笑んだ。ベルナデットはエリーナの心遣いに気付き、つられて微笑む。
「ありがとうございます。そのときは是非、よろしくお願いしますね」
「ええ、任せて下さいな! それでは、私は他にもお仕事があるのでこれで」
エリーナはそう言うと、ベルナデットの部屋から離れて行った。ベルナデットも部屋の中に戻り、受け取った服をベッドの上に置いた。――ベルナデットから見てエリーナという人物は少し苛烈で、テキパキとした老婦人、という印象であった。だが、今のやりとりでエリーナの優しい一面を見たベルナデットは、エリーナの印象を改めなければならない、と畳まれた服を見つめながら思うのであった。
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