冥府の門③

 引き続き一行は、フューメ山中腹を目指して登り続ける。リシャールが言った通り、山道の途中から鹿や猪の魔獣が次々と姿を見せた。山道は狭く、隊員たちはある程度、山道から逸れて戦うことを余儀なくされる。

「ベルナデット! オレから離れるなよ!」

「う、うん!」

 ラウルとベルナデットも、鹿の魔獣と対峙していた。この魔獣は特に肥大した角と素早さに気を付けなければならない。ベルナデットも聖剣を構えるが、それよりも速くラウルが動いた。ベルナデットは突進してくる魔獣を避けるので精一杯であったが、ラウルはそのすれ違いざまに魔獣の足を二、三回斬り付けた。そこで少しバランスを崩した魔獣の隙を突き、ラウルは魔獣の脇腹に剣を突き刺した。

「キィイイイ!!」

 魔獣は耳を塞ぎたくなるような断末魔の悲鳴を上げ、どさりと倒れた。

「・・・はあ、久し振りに魔獣を倒したが・・・やっぱり骨が折れるよな」

 ラウルは大きく息をついたあと、ベルナデットがいる所に戻りながら言った。

「でも、一人で倒せるなんて凄いよ。助かったわ、ありがとう」

 ベルナデットに礼を言われた途端、ラウルの顔は赤くなる。

「い、いや、どうってことねえよ! 怪我はないよな?」

 ラウルが照れながら訊いてきたので、ベルナデットは頷いて「大丈夫」と答えようとした。そのとき、遠方から指笛の音が聞こえてきた。この指笛は集合の合図である。

「山道からはそこまで離れていないな。戻るか・・・」

「うん・・・」

 ベルナデットはまた頷いて答えると、ラウルと共に来た道を戻るようにした。山道に出ると、魔獣の討伐を終えた隊の皆が、ぞろぞろ集まっていた。衣服や装備は返り血や泥で汚れている。

「皆無事か? ・・・どうやら欠けた者はいないようで何よりだ」

 リシャールはやや疲れたように話した。リシャールだけではなく、隊員の皆が戦のあとと同じくらい疲れたような表情をしている。

「休憩を挟むか?」

 リシャールが見兼ねて尋ねると、

「いえ・・・冥府の門を潰さない限り、また魔獣は現れるでしょう。おちおち休んでもいられないかと・・・」

 オリヴィエがそう返した。

「そうだな・・・やはり一刻も早く元凶を断つ他ないか・・・皆、辛いだろうが何とか堪えてくれ。進軍が不可能になった者は、先に下山して麓にいても構わない。では、先を急ぐぞ」

「はっ!!」

 リシャールの合図に対し、皆は疲れながらも何とか答えたのであった。


  ■


 山道を進んでは瘴気を浄化し、襲いかかる魔獣を倒しつつ、リシャール隊はようやく中腹まで辿り着いた。瘴気を浄化し先に進むと、また酷い死臭が鼻をつく。

「そんな、浄化はしたはずなのに・・・!」

 ベルナデットは口と鼻を片手で覆いながら呻いた。すると、山道の脇にある茂みが揺れると共に、低く唸り声を漏らしながら、ふらふらと屍兵たちが三体現れた。

「この酷い臭いの元と屍兵たちが出て来たところを辿れば、冥府の門を見つけられると言うことだな・・・」

 リシャールは馬上で剣を構えると、ベルナデットを見る。

「ベルナデット! トドメは刺せないが時間稼ぎくらいなら出来る! 屍兵を頼んだ!」

「はい!」

 ベルナデットは返事と同時に聖剣を構えた。屍兵たちも隊員たちからの敵意を感じ取ったのか、剣や槍を構えて襲ってきた。隊員たちは戦いやすいように散ると、屍兵との交戦を始めた。



――ベルナデットの聖剣の力により全ての屍兵を倒すと、リシャールは屍兵たちが出て来た茂みを見つめる。

「あの先に、もしかしたら冥府の門があるかもしれない。・・・何より、あちらから嫌な気配がする」

 リシャールの言葉に、全員が心の中で同意した。ベルナデットは、その“嫌な気配”と同時に悪寒を感じていた。



 山道から屍兵が出て来た場所を辿って行くと、死臭がより強くなっていくのが分かった。ベルナデットも他の隊員たちも、手や布で口と鼻を覆ってしまうほど強烈である臭いに堪えて進んでいくと、やがて開けた場所に出た。

「っ・・・!!」

 目の前の光景に、ベルナデットは言葉にならない声を上げた。

 ――赤黒い、複雑な紋様の魔法陣が不気味に光り、その周囲にはおびただしい血と人骨らしきものが撒かれていたのである。リシャールや他の隊員たちも、想像以上の凄惨な状態に、絶句していた。

「・・・これは・・・一体どれだけの人が犠牲になったんだ・・・?」

 しばらくしてリシャールは沈黙を破った。

「屍兵だけじゃなく、この門を作る為に多くの命が利用されたってことかよ・・・!」

 ラウルは怒りを滲ませながら吐き捨てるように言った。ベルナデットも隊の皆も、同じ思いである。一刻も早く目の前にある門も、他にも点在している門も破壊しなければならない、とベルナデットは強く誓う。しかし、具体的にどう壊せば良いのか分からない。もどかしく思い、無意識に聖剣の柄を強く握った瞬間――

<聖剣を一度天に掲げて、冥府の門を浄化するように念じなさい。聖剣が光を帯びたら、そのまま門・・・核である魔法陣の中央に突き刺して>

 ――頭の中にセラディアーナの声が響き渡った。突然の出来事にベルナデットは目を丸くするが、今は何よりセラディアーナの言葉に従う方が先だ、とベルナデットは判断した。ベルナデットは恐る恐る、魔法陣の手前まで近付く。

 ――近くで見る魔法陣は、より禍々しいものを全身で感じた。ベルナデットの本能が“これはこの世に合ってはいけないモノだ”と訴えてくる。セラディアーナに言われた通り、聖剣を、門を浄化するように心の中で強く念じながら空に掲げる。すると、にわかに聖剣が淡く輝き出す。ベルナデットはそのまま剣を魔法陣の中央に、思い切り突き立てた。

「・・・門が・・・!」

 リシャールと他の隊員たちは一斉に声を上げた。魔法陣は聖剣の近くから徐々に光の粒となって消えていく。まるで周辺の地面一帯から光が湧き上がっていくようである。やがて、ゆっくりと光の粒は天へ昇るように消えていった。それからは酷い死臭も、嫌な感覚もなくなっていた。ベルナデットは心底安堵し、聖剣を地面から引き抜いた。

「冥府の門とは、想像以上に悍ましいものなのだな・・・。これが他にもあると言うことか・・・。ベルナデットの夢の中で門の場所を教えてくれた少女には感謝と、疑ったことを詫びなければいけないな。・・・ベルナデットにも感謝する。ありがとう」

 リシャールはベルナデットに向かって感謝の言葉を述べると、隊員たちの方へ向き直る。

「皆、ここを去る前に犠牲になった人々に祈りを捧げよう。・・・本当はこうなる前に助けられれば良かったのかもしれないが・・・。とにかく、魂が楽園に行けるように祈ろう」

 そう呼び掛けると、ベルナデットも隊員たちも、目を閉じて黙祷した。皆は改めて、犠牲者をこれ以上出してはいけない、という同じ思いを抱いていた。


                   ◇


 夜も更けた頃、ミゼリアはふと書類から目を離し、窓の外を見上げた。そして、大きなため息をつく。

「まさか、もう冥府の門を一基破壊するとはね。聖剣には今後一層警戒しておかないと・・・帝国四将にも、門に関しては任せられないし・・・」

 ミゼリアは左手で頬杖をつき、右手の黒く塗られた爪でトントンと机を叩いた。しばらく思案したあと、

「仕方ないねえ。犯人捜しと人を集めるしかないか」

 そこで立ち上がると、ミゼリアは私室にある書類を保管している棚へと向かい、とある冊子を探し当てると手に取った。

「・・・さて、これからまた忙しくなるわねえ」

 ミゼリアは独り呟き、ほくそ笑んだ。


                              ―第一章 了―





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