禁術②
ベルナデットが冥府の門について話したあとに、鐘の音が鳴り、軍議の間にはぞろぞろと人が集まってくる。ベルナデットは自分が話している間に、軍議の時間になったことを知った。皆が所定の位置に着いたので、ベルナデットも自分の席に座った。軍議に必要な人物が揃ったところで扉が閉まると、皆の正面にいるリシャールは立ち上がった。
「皆、揃ったようだな。軍議を始める前に、今朝地下牢で死んでいた捕虜たちについての報告を」
「はい。一昨日に捕虜たちを5人収容し、昨晩まで見張りを務めていた兵士たちに事情聴取を行いました」
報告者であるラウルは、更に話を続ける。
「見張りの兵士たちは皆、捕虜に話し掛けることも、食事に毒を盛ることもしていないと一様に断言しています。確かに帝国に思うところはありますが、兵士たちは皆軍規を重んじています。捕虜の方たちも、早朝に苦しみ出すまでは何も変わったところはなかった、という証言もしています」
「ふむ。その証言を信じるのならば、何もしていないのに突如苦しみ、血を吐いて死んだということか・・・。そして、魔術師たちの方からは、捕虜たちの死因に関してとある可能性を考えていると聞いたが?」
「はい」
リシャールの問いに対し、立ち上がって答えたのはニアであった。
「捕虜たちには手当が施され、遺体にはそれ以降の新しい外傷は見つかりませんでした。そこで私たち魔術師は、とある方法に思い至りました。遠くにいる人間を殺害することが出来る“呪殺”という禁術です。呪殺は文字通り、対象に死の呪いを掛けて殺すことです。禁術なので詳しい手順は不明瞭なことが多いのですが、呪殺された対象に共通するのは“突然苦しみ出し、最後は口から大量の血を吐いて絶命する”という点です」
ニアの話に、その場にいた兵士たちはざわついた。ベルナデットは今朝、シャルリーヌが話していたことを思い出す。
「禁術・・・一昨日の軍議でもその話が出ていたな。そんな人間離れした術を使える者に心当たりがあるとすれば・・・死霊魔術師のミゼリアか」
リシャールはジョセフィーヌと同じ推測をした。
「もし、捕虜たちの死がミゼリアの呪殺によるものだと仮定した場合、俺たちがその標的になっていないのは何故だ?」
リシャールはニアに尋ねた。
「呪殺がどの範囲にまで及ぶのか分からないので推測でしかありませんが・・・もしかすると聖剣の力で私たちは護られているのかもしれません」
「聖剣の?」
リシャールはその部分を繰り返し、ベルナデットも内心驚いた。
「はい。聖剣には多くの力があり、まだまだ未知の部分も多いのですが、その中でも特徴的なのが“浄化”の力です。呪殺は“穢れ”の力でもあり、この呪殺の力と聖剣の力は相性が悪く、ずっと聖剣の近くにいる我々には通用しないのでは、と考えています」
「なるほど、確かに聖剣の加護と言われれば納得できるところがあるな。・・・今のところは、捕虜たちはミゼリアに呪殺された可能性の方が高い、と見るしかないな。今後もし同じことが起これば、更に厳正に対処することを全兵士に通達しよう。亡くなった捕虜たちの遺体はどうした?」
「砦近くの土地に埋葬し、悪霊にならぬよう祈りも捧げました」
オリヴィエがそう報告した。
「承知した。埋葬してくれた兵士たちには感謝していた、と伝えておいてくれ。・・・次の議題だが、急遽皆の耳に入れておきたいことがある。ベルナデット、先程俺たちに話してくれた“夢の中での出来事”を改めて皆に話してくれないか?」
「ええっ!?」
突然水を向けられたベルナデットは、素っ頓狂な声を上げてしまった。まさか、大勢の前で話すことになるとは思いもよらず、混乱し、リシャールに助けを求めるように視線を送った。
「大丈夫だ。俺たちに話したことをそのまま話せば良い」
助けるどころか逆に背中を押されてしまい、ベルナデットは退くに退けなくなった。恐る恐る周囲を見ると、皆ベルナデットに注目している。ベルナデットは腹を括った。
「その、私が昨晩見た夢の話なんですけど・・・」
そこからベルナデットは、ややしどろもどろになりながらも、少女の声が聖剣を通して冥府の門の位置を教えてくれたことを話した。ベルナデットの話が終わったあと、またしても周囲は少しざわめく。
「今ベルナデットが話した通り、冥府の門の位置が思いもよらぬところから入ってきた。この情報の真偽は不明だが、一昨日の軍議でも話したとおり、冥府の門の破壊も重要な目標の一つだ。たとえ嘘や罠だったとしても、行く他ないだろう。冥府の門の破壊へ向かう部隊、情報収集のための部隊、そしてこの砦の守備部隊の編成を、これから考えていきたいと思う」
リシャールは部隊編成へと話題を移した。自分の話が終わったベルナデットは、心底ほっとした。
――それからはあらかじめリシャールとローランが考えてきた部隊編成を基に、人員の配置について意見が飛び交う。冥府の門の破壊はベルナデットにしか出来ないため、否応なしにこの部隊へ入ることとなった。同じ部隊にはリシャール、オリヴィエ、ラウルらが編成された。ベルナデットと同じ部隊に入ることが出来たラウルは、どこか満足そうな表情をしている。
同時に動く情報収集部隊はローラン、ニア、ジョセフィーヌ。砦の守備部隊はガストン、ミゲル、シャルリーヌという振り分けである。念話が出来るニアともう一人の魔術師を、冥府の門と情報収集の部隊に配置し、砦への連絡は伝書ガラスを連れて行くことになった。守備隊以外の隊の人数は約20数名と少数で動くこととなり、機動力を重視した編成となっている。
「殿下、殿下は情報収集部隊にいなくてよろしいのですか?」
ローランはリシャールにそう尋ねた。
「何故だ?」
「情報収集部隊にいれば、もしかしたらセルジュ様と再会することが出来るかもしれないと思い・・・」
「そういうことか。それならば気遣いは無用だ。むしろ冥府の門というものがどのようなものか、この目で見ておきたくてこの部隊に自分を配置したんだ」
「そうでございますか・・・出過ぎた真似をいたしました。申し訳ございません」
「いや、気にするな。その気持ちだけはありがたい」
ローランの謝罪に対し、リシャールは微笑んで返した。
「・・・では、この部隊編成について他に意見はないか?」
リシャールは皆に尋ねるが、特に発言する者は出てこなかった。
――こうして軍議はつつがなく終了し、各部隊に配置された者たちはそれぞれ準備を始めたのであった。
―第二部 了―
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