第三部

第一章

冥府の門①

 軍議が終了してから二刻後(二時間後)、先にマルベル砦を出立したのは情報収集部隊であった。出立の直前に、砦の守備隊であるシャルリーヌは、

「フィー姉様もベル姉様もずるい! 私も外に出たい!」

 と、エントランスでいじけていた。

「遊びに行くわけではないのだぞ。皆が帰ってくる場所を守るのも、大事な務めなんだ」

 ジョセフィーヌはシャルリーヌにそう言い聞かせ、宥める。そこへ、

「分かるぜ姫さん。オレも留守番とはなあ・・・久々に戦う機会があると思ったんだが・・・」

 偶然側を通りかかったミゲルが、同情するように話し掛けた。

「おい、せっかく守りの大切さを説いていたのに邪魔をするな。貴殿もしっかり務めを果たせ」

ジョセフィーヌは割り込んできたミゲルに対し、そう説教をした。

「へいへい、それはよーく心得てますよ。拠点の守りは基本だからな。姫様も一緒に頑張ろうぜ」

「あなたに言われなくとも分かってるわ! フィー姉様、ベル姉様、気を付けていってらっしゃいませ!」

「ああ、任せたぞ」

「ええ、行ってきます」

 シャルリーヌの見送りの言葉に対して、ジョセフィーヌとベルナデットは各々笑顔で返した。シャルリーヌを茶化していたミゲルの姿は、いつの間にか消えていた。



 冥府の門を捜索・破壊する部隊も、情報収集部隊よりも少し遅れて出立した。ベルナデットの護衛はラウルが務めることとなり、その歩みはどこか変に力が入っているように隊の者たちには見えた。

「ベルナデットは指一本動かさなくても良いよう、オレがしっかり守るからな。大船に乗ったつもりでいてくれ!」

「聖剣を使わないと瘴気が祓えないんだけれど・・・」

「あっ!? ・・・そうだったな・・・」

 ラウルとベルナデットのやりとりを聞いていた周囲の者たちは、肩を震わせながら笑いを堪えていた。

「ラウル・・・張り切るのは良いが、張り切りすぎるのも駄目だぞ? 冥府の門がどういうものなのか具体的に分からない以上、想定外のことが起きてもおかしくないんだからな」

 二人の前を歩いていたオリヴィエが、振り向いて苦笑しながら忠告した。

「分かってますよ! オレだってそこは心得てこの場にいますから!」

「どうだろうな、お前は調子にも乗りやすいし、すぐカッとなるからな。不測の事態になっても自分を見失わずにいる自信はあるのか?」

「・・・何とか頑張ります」

 オリヴィエに問われたラウルは、少し声量を落として答えた。少なくとも今指摘されたことに、ラウル自身は心当たりがあった。

「・・・お前の剣の腕は確かだから、そこは自信を持て。ベルナデット殿も色々と不安だろうが、ラウルならしっかり護ってくれるだろうから安心してくれ」

「わ・・・分かりました」

 急に話を振られたベルナデットは、慌ててそう答えた。確かに自分に対して挙動不審なところはあるが、ラウルが強くて頼りになる、ということは今までの戦いや軍議の様子を見ていて知っているので、その点に不安はなかった。



 本隊よりも少し先に周囲を偵察してきた斥候兵が、隊に戻ってきた。

「周囲に帝国軍の気配はありませんでした。その代わりに、魔獣を二頭確認しています」

 斥候兵はリシャールにそう報告した。

「魔獣がうろついているか・・・他に変わったことは?」

「ここ周辺は平原や小高い丘が多いのですが、どの植物もしなびており、野鳥の声なども聞こえてきません。それと、妙に空気が生温いと言いますか・・・何か嫌な気配がします」

「分かった。・・・これは“当たり”の可能性が高いな。とにかく、フューメ山まで進もう」

 リシャールは隊の皆に声を掛け、前進を再開した。



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