禁術①
ベルナデットは周囲が明るいことにぼんやりと気が付きつつ、目が覚めた。身体を起こし、今まで見たものは夢だったのか、と心の中で確認する。しかし、夢にしては実際に目の前で起こったことのような生々しさもあった。――少女の告げたことが本当ならば、すぐにでもリシャールに報告しなければならない。ベルナデットはベッドから出ると、素早く身支度を整える。その間に、部屋の外で人の往来が多いことに気が付いた。一体何事かと気になり、慌てて部屋を出た。
階下の方からざわめきが聞こえ、いよいよ何かがあったのだと確信する。ベルナデットは急いで階段を下りる。
砦は地下を含めた5階建ての構造であり、ベルナデットは3階にある自室から一階まで下りた。階下に下りるにつれ、人がどんどん増えていく。それはレザール砦でもマルベル砦でも変わらないが、その人々の様子が昨日とは違った。そのとき、
「ベル姉様!」
背後からシャルリーヌに声を掛けられた。振り向くとシャルリーヌの隣に、ジョセフィーヌもいる。お互い朝の挨拶を交わすと、ベルナデットは二人に訊いてみる。
「あの、何かあったの? いつもと違って物々しいというか・・・」
「それが・・・私も現場を見てはいないんだが、どうやら地下牢にいた帝国軍の捕虜たちが全員、血を吐いて死んでいるのを見張りが発見したそうだ」
「えっ!?」
ジョセフィーヌから衝撃的なことを聞かされたベルナデットは、驚愕した。
「どうしてそんなことに・・・」
「分からない。帝国に対して恨みを持つ誰かが食事に毒を盛ったのか・・・だが、リシャールは見張りの兵たちに『私怨は尽きないだろうが、捕虜として扱う以上、決して殺してはならない』と毎回強く言い聞かせていたそうだ。だから、捕虜を殺した者は軍規を乱したとして重い処分を受けるはずだ。そんな危険を冒してまで捕虜を殺すだろうか?」
ベルナデットの戸惑いと疑問の声に対し、ジョセフィーヌは自分の見解を述べた。
「あの・・・私、教わったことがあるわ。人を、遠い場所から呪い殺す“禁術”があるって・・・。その術に掛かった人は、例外なく血を吐いて死んでいるって・・・」
恐る恐るシャルリーヌは話した。その話を聞いたベルナデットとジョセフィーヌは驚く。
「禁術・・・そうか。・・・それが出来そうな輩に一人、心当たりがある。・・・帝国の死霊魔術師・ミゼリア。そやつなら可能かもしれない。冥府の門に屍兵、それらを造り出したのならば、呪殺など容易いことだろう」
ジョセフィーヌは捕虜の死因が呪殺である場合の犯人を推測した。
「でも、その呪殺だとしたらどうしてそんなことを・・・?」
ベルナデットはジョセフィーヌに尋ねた。
「捕虜たちが死んだ時期を考えると・・・ミゼリアが自分の名を口に出されたことを何らかの方法で知って、秘密を守れなかったことに対して処罰を下したのかもしれない」
「そんな・・・」
ベルナデットはそれ以上の言葉が出なかった。シャルリーヌとジョセフィーヌが言ったことが本当だとすれば、ミゼリアという人間は人間離れした相手である。――そんなとき、夢の中で少女が言っていた『私はあなたに冥府の門を破壊して貰いたい』という言葉が気になって来た。ミゼリアは何としてでも倒さなくてはいけない敵なのだ――ベルナデットは改めてそう認識した。
■
ベルナデットは少し沈んだ気持ちで朝食を終えると、夢の中での出来事をリシャールに伝えるために、軍議が始まる時間よりも少し早く軍議の間へと向かった。扉をノックして名乗ると、ガストンが入るように言ってくれた。ベルナデットが挨拶をしつつ入室すると、案の定リシャールが早めに席に着いていた。リシャールは入室してきたベルナデットを見る。
「おはよう、ベルナデット。・・・こうやって直接話すのは久し振りだな」
「そ、そうだね。・・・ってそうだ! 今すぐ聞いて貰いたいことがあって早めにここへ来たの!」
「聞いて貰いたいこと?」
穏やかであったリシャールの表情は、鋭いものへと変化した。
「うん、ちょっと信じられないことだと思われるかもしれないけれど・・・」
「大丈夫だ。この戦争が始まってからは、信じられないことだらけだからな」
リシャールはそこで苦笑しつつ“自分はちゃんと話を聞く”という雰囲気を出して見せた。
「そう・・・だよね。それじゃあ、私が昨晩夢で見たことなんだけど・・・」
ベルナデットは夢の中で、神殿のような場所で聞いた少女の言葉について話した。話が終わったあと、周囲の兵士たちは驚いた表情をしていた。
「冥府の門の場所を知っていて、なおかつそのことを聖剣を通じて伝えることが出来る・・・その人物も相当な力を持っているようだ」
リシャールは思案顔でそう言った。
「問題は冥府の門の位置が、本当なのかどうかですね。フューメ山・・・この砦からは比較的近い場所にあります」
ガストンは円卓の上にある地図を指さした。
「・・・冥府の門が近くにあるのならば、その少女が言ったように瘴気が濃いので周辺の植物が枯れたり、魔獣が多く出没したりしているかもしれません。この付近でそのような報告は・・・」
「ないな。そもそも、この砦に至るまで俺たちは何もかもが手一杯で、今から情報を集めようとしていたんだ」
ガストンの問いに対し、リシャールは首を横に振って答えた。
「・・・ですが、我々には計り知れない力を行使してまで、嘘を伝えることなどするものでしょうか?」
今度はローランが“夢のお告げ”に対する疑問を口にした。
「そうだな、真偽はどうであれ、今はとにかく情報だ。その上で冥府の門も破壊出来れば重畳・・・。分かった、フューメ山の冥府の門を破壊する部隊と、情報収集のための部隊、そしてこの砦を守る部隊の編成を軍議の中で考えるとしよう」
リシャールの言葉に対し、その場にいた兵士たちは了承の返事をした。
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