タロン傭兵団②
「…寝返った、だと!?」
リシャールは驚きの声を上げた。傷顔の男―ミゲルと名乗ったタロン傭兵団団長は村の広場に皆を集め、自分たちがここまで来た経緯を話した。隊の数人は話を聞いて剣や杖に手を掛ける。
「そう。オレたちは今話した通り、最初は帝国に雇われていたんだ。だが、オレたちは帝国と手を切ることにした」
「金でもケチられたのか?」
リシャールがすかさず理由を言い当てようとする。ミゲルは首を大きく横に振った。
「違うな。オレたちは帝国のやり方が気に入らなかった。死者を愚弄するやり方がな。オレたちも金のためなら何でもする外道だが、帝国はその外道すら越えねえ線を越えやがった。あんたたちからするととんだ偽善かと思うかもしれねえが、オレたちも最低限の“人の心”を持ち合わせてたらしい。だから、前線からバックれて、帝国軍からは敵前逃亡と見なされて追われることになった、ってワケだ。ここへはたまたま流れて来ただけさ」
ミゲルはそこで肩をすくめた。“自分たちも難儀なことをしたものだ”と言いたげな表情である。
「…お前達の事情は分かった。では、この村の住民がどうなったのか知っているか?」
リシャールはもう一つ気になっていた疑問をミゲルに尋ねた。
「昨日オレたちが来た頃にはもぬけの殻だったぜ。その代わりに魔獣がうろうろしていたんで、全部斬ったけどな。魔獣が荒らしたとこ以外は生活していた跡があった。帝国兵が連れ去ったか、自主的に避難したか…」
「後者であることを祈るしかないな」
リシャールはぽつりと呟いた。ベルナデットも隊の皆も、同じ気持ちである。
「そんでまあ、人が居ねえんならちょうど良いってんで、この村を隠れ家にさせて貰ったのさ。しばらくここでゆっくり出来そうだと思ったところにあんたらが来たんで、思わず威嚇しちまったんだけどよ」
ミゲルはそこで豪快に笑った。だがすぐに、真剣な表情に変わる。
「なあ王子様、あんた、オレたちを雇わねえか?」
「は!?」
ミゲルの突然の申し出に、リシャールだけでなくガストンやオリヴィエらも思わず声を上げてしまった。
「てめえらで帝国と手を切ったのは良いが、飯にも酒にも困っててよ。ちゃんと給料分は働くぜ? それに、見たところ戦力が足りてないんだろ?」
「どうしてそう思うんだ?」
リシャールは訊き返した。
「そりゃあ、大事な王子様がいるってのに、隊の人数がこれっぽっちしかいないんだもんな。伏兵がいるかとも思ったが、その気配もねえ。加えて、不死の兵士に瘴気…リュヴェレット王国も苦戦しているのがよく分かるぜ」
「…今、リュヴェレットも、と言ったな。他国の状況を知っているのか?」
「…オレたちも末端の帝国兵と同じくらいしか情報は知らされていないが…大陸各国に一気に侵攻したって話を聞いたぜ。とんでもなく狂っちゃあいるが、あの転送魔法と不死の兵士がいれば、いけると踏んだんだろう。実際、王子様もここにいるしな。…さて、情報もタダで与えたぜ、どうする? 王子様?」
「……少し隊の皆と話をさせてくれ」
リシャールはそう言うと、ミゲルたちから離れた。隊の者たちもリシャールに続く。
「さて、どうしたものか…あの感じだと戦いにも慣れているようだ。戦力の増加にはなるが、皆はどう思う?」
リシャールは皆に尋ねた。
「…確かにそうですが、彼らは自分でも言ったとおり、あっさり雇い主を裏切っています。我々にも刃を向けないとは限りません。それと、彼らの中には帝国出身もいます。帝国と通じている、もしくはこれから通じることになる可能性もあるかと」
ガストンは雇うことに否定的な意見を述べた。
「それも一理ある。あの傭兵団の素性がはっきりと分かっているわけではない。まだ信用に足りる状態でないのも事実だ。…他に何か意見はあるか?」
「あ、あの!」
ベルナデットは思い切って手を上げた。リシャールは一瞬だけ驚いた表情をしたが、すぐに続けるよう、じっとベルナデットを見た。
「さっきあの人たちが『死者を愚弄することは許さない』みたいなことを言っていましたけど、あの言葉に嘘はないと思ったんです。…特にはっきりとした理由はないんですけど…。だから、あの人たちは王国軍を裏切らない気がします」
「ふむ、確かに帝国を裏切った理由がそれならば、もう帝国につくことはない、と言う可能性もあるか。他に意見は?」
リシャールは更に意見を募るが、ベルナデット以降は出てこない。皆、二人の言い分どちらも分かる、と言った風に考え込んでいた。
「このままでは埒が明かないな。ここは多数決で決めよう。ちょうど20人だから、俺は抜けることにする。では皆、目を瞑って…タロン傭兵団を雇うことに賛成の者は手を上げてくれ」
リシャールの問いに対し、ベルナデットは手を上げた。公平を期すためにリシャールは目を瞑らせたので、自分の他に誰が手を上げたのかは分からない。
「次に、反対の者は手を上げてくれ」
リシャールがそう言ったあとに、しばし間が空く。そして、
「目を開けてくれ。賛成が12人、反対が7人…雇うことが決定したな。…ただし、あちらにもちゃんと条件を付けるから反対した者たちも安心してくれ」
リシャールはそう言うと、ミゲルたちの方へ戻る。皆もまた、リシャールに続いた。
「おう、話し合いは終わったか?」
「ああ、我々リュヴェレット王国軍は、タロン傭兵団を雇うことを決めた」
「話が分かる王子様だな」
「ただし」
ミゲルの言葉をリシャールは遮った。
「お前達には監視をつけさせて貰う。万が一背任行為を取れば、即刻斬り捨てることを肝に銘じておけ」
「わーったわーった。その代わり、王子様の方もちゃんと働いた分は払ってくれよ?」
睨み付けたリシャールに対し、ミゲルは気安くそう返した。
「…契約書を今用意する。少し待っていろ」
リシャールはミゲルの様子に少し毒気を抜かれた。――その後、持っていた羊皮紙とペンで急遽契約書を作り、ミゲルはそれに署名したのであった
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