戦禍の始まり②
ジャンヌは野太い男の声や、村人たちの怯える声を辿って村の広場にまで来た。まずは状況を確認するために、近くの物陰に潜んで様子を見ることにする。
広場には村人たちの他に、黒と金の装飾の鎧――アルディア帝国軍の者たちが大勢いた。夕方という時間も相まって、かなり物々しい雰囲気である。一体いつから村の近くにいたというのか。
「いいか、よく聞け村人ども!!」
一番前にいる、赤い鶏冠のような兜飾りの男が叫んだ。あれは小隊の隊長の証でもある、とジャンヌは記憶している。
「この村は我々、アルディア帝国の一部となる。よってまずは手始めに、この村の食糧、財産、資材などを我々が接収する!」
「そんな…!」
小隊長の男の言葉を聞いた村人たちは、一斉にざわつく。突然押しかけて、一方的に村の全てを奪うというのだから当然である。
「静かにしろ!」
小隊長は村人たちを怒鳴りつけた。村人たちは怯み、黙ってしまう。するとそこへ、一人の老人が小隊長の前に進み出た。
「何だジジイ」
小隊長は老人に威嚇するように言った。ジャンヌはそこで身構える。
「私はこのシェース村の村長です。どうか、村の財産全てはご勘弁くださいませ! せめて、せめて半分だけにして下さいませぬか!?」
村長はそこで土下座した。それを見た小隊長はせせら笑う。
「そんなことをあっさり聞き入れると思ったのか? オレたちは別にここに遊びに来たんじゃないんだよ」
「知っておりますがどうか! ですが、どうか! 村の者たちが死んでしまいます!」
村長が食い下がり、小隊長の男ににじり寄る。
「ええい! しつこいぞ!」
小隊長の男が手にしていた抜き身の剣を、村長目掛けて振り下ろされようとしたそのとき――
「っ、貴様…!」
小隊長の剣を受け止めたのは、ジャンヌであった。そのままジャンヌは剣を押し返す。今度は別の意味で村人たちがざわついた。
「何者だ!? ジジイ、てめぇこんな手練れの用心棒を雇っていたのか!?」
「ち、違います…!」
小隊長に問い質された村長は、弱々しく否定した。
「違う、私が勝手にこの村に居着いただけだ」
ジャンヌは鋭い声と視線で、小隊長を睨め付ける。小隊長はジャンヌの迫力に、鎧の下にある肌が粟立つのを感じた。
「帝国はどこまで侵攻している?」
ジャンヌは小隊長に詰問した。
「そ、それを訊いてどうする!?」
「そちらの意図を知る他ないだろう?」
ジャンヌは冷淡に言い放った。
「知ったところで貴様一人に何が出来る!」
「一人でも知っていれば、この状況は覆すことが出来る」
ジャンヌの言葉に小隊長も、兵士も村人たちも静まり返った。ジャンヌの言ったことが現実離れしているのではなく、逆に説明の付かない説得力があったからである。
「は…ははは!」
しばしの静けさを破ったのは、小隊長の男であった。
「戯れ言を! たった一人では何も出来まい! 帝国は今や前の戦争以上の力を付けたのだ!」
「それは本当か?」
「ええい、いちいち貴様に答える義務などないわ! 死ねえ!!」
小隊長は再び剣を振りかざす。ジャンヌは聖剣で剣の流れをそらし、そのままの動きを利用して甲冑の隙間に叩き込んだ。
「ぐおっ!?」
小隊長は呻き、よろめいた。ジャンヌはそのまま渾身の蹴りを入れ、男はそのままあっけなく倒れてしまった。ジャンヌは小隊長の胸元に片足を置き、兜と首の隙間に切っ先をギリギリ差し込んだ。
「き、貴様!」
部下の兵士たちが剣を構え、ジャンヌにかかろうとすると、
「動くな!」
ジャンヌが一喝し、兵士たちは思わず動きを止めてしまう。
「動くとこの男の喉を突き裂く。もう一度訊く、帝国はどこまで侵攻している?」
一旦間を置くと、一人の兵士が口を開く。
「こ、この国には殆ど帝国兵が転移魔法で配置され、リュヴェレットはほぼ制圧している! 貴様一人でどうにも出来ないことが分かっただろう!?」
「転移魔法!? そんな大規模な転移魔法を使える物が帝国にいるというの!? …誰だ、その術者の名は!?」
「知らん! 末端のオレたちにはただこの村を襲えとしか命令されていない!」
兵士の言葉を聞いたジャンヌは頭を抱える。前代未聞の侵攻方法に、先手などほぼ打てるわけがない。だが、状況は分かった。――ジャンヌは小隊長の喉元にある切っ先を、軽く横に裂いた。
「があっ!!」
小隊長は苦痛の声を上げ、兵士たちはどよめく。聖剣には鮮血が付いていた。ジャンは小隊長から離れる。
「すぐに手当をすればこの男は助かるだろう。このまま全員この村から退け! それとも、全員斬り殺されたいか!」
ジャンヌが兵士たちに告げると、兵士たちは顔を見合わせ、じりじりと後ろに下がり、やがて走り去っていく。数人が小隊長を抱え、皆去って行った。聖剣についていた血はいつの間にか消えていた。村人たちは安堵の声を続々と漏らす。
「旅の方、ありがとうございました。確かあなたはベルナデットの…」
村長がジャンヌに歩み寄り、礼を言った。
「はい、ベルナデットの家でお世話になっているジャンヌ、と申します」
ジャンヌは険しい表情を崩し、自己紹介をした。
「おお、なんと、百年前に国を救った英雄の名と同じ名の方! 今もまさにこの村を救って下さったのは、運命を感じますな」
「そう仰っていただけて光栄です」
聞き慣れた言葉に、ジャンヌはあっさりとそう返す。
「…ですが、奴らの話だとこの国のあちこちに帝国兵がいるという話でしたが…」
村長は不安そうにジャンヌに話した。
「残念ながら、今のところその情報がどこまで正しいのかは分かりません。ですが、帝国が動き出したのは確かでしょう。そして、恐らくまた帝国軍はこの村に来ます。村長さん、村の皆さんに資材や食料を分かりにくい場所に隠して、すぐに村の外に…ペルコワーズや他の町や村に避難できるように準備をするよう、お伝えした方が良いです」
「そ、そんな急に…分かりました、少し村の港話をしてみます」
「なるべく早くお願いします」
ジャンヌが釘を刺すように言うと、村長は広場にいる村人たちの方へ向かった。ジャンヌは家にいるベルナデットが心配になり、急いで家へと戻った。
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