戦禍の始まり③
ベルナデットは結局、ジャンヌを追えないまま家の中に引き返した。そのまま椅子に座って、手を膝の上に置いたままじっと動けなかった。――そうして家の中もすっかり暗くなったあと、外から、
「ベルナデット! 中にいるの?」
ジャンヌの声がしたので、ベルナデットは力が抜けてしまう。そのままドアが開かれ、ジャンヌが入ってきた。
「ジャンヌさん…」
ベルナデットはなんとか立ち上がり、ジャンヌに歩み寄った。
「良かった、無事だったのね!」
ジャンヌもほっとした表情になった。
「ジャンヌさん、あの、何があったんですか…?」
「…アルディア帝国が、この村にまで攻め入ってきたわ」
「えっ!?」
安堵はどこかへ吹き飛び、またしても恐怖がベルナデットを襲う。ジャンヌはかいつまんで村の広場であった出来事を話した。
「またすぐにでも奴らはやって来るわ。ベルナデットも…辛いでしょうけれど、すぐにこの村から逃げられるよう、準備をした方が良いわ。ペルコワーズの街ならば、ここよりも守りが堅いはずよ。もし余裕がなければ、一旦泉の方へ逃げて。…もしかすると、またセラディアーナ様が現れて助けて下さるかもしれない」
ジャンヌの話に、ベルナデットは何も答えられなかった。ジャンヌは室内のランプを点けると、ジャンヌが寝室にしていた部屋から鎧や籠手などの装備を身に着け始めた。
「ジャンヌさん…これからどうするんですか?」
ベルナデットはやっと口を開くことが出来た。
「これから村の周囲に帝国軍がいないかどうか、見回りに行って来るわ」
「そんな…」
ベルナデットはジャンヌに傍にいて欲しかった。その心情を察したのか、ジャンヌは優しく微笑んでみせる。
「大丈夫よ。一通り見回ったらなるべく早く戻ってくるから」
「…約束ですよ」
「ええ、もちろん。…でも、その間に何かあれば、さっき話したようにすぐに村から逃げてね」
「…はい」
「うん、それじゃあ、行って来るわね!」
ジャンヌは青いマントを翻して、家を出て行った。――ベルナデットはしばし逡巡していたが、せめてジャンヌの願いは聞こうと、家から持ち出す物を探し始めた。
■
それから異変が起こったのは、ジャンヌが家を出て少し時間が経ったあとである。外から再び村人や家畜たちの悲鳴が聞こえてきたのだ。しかも今度は先程よりも大勢の悲鳴であった。ふと、外が妙に明るいことに気が付く。ベルナデットは思い切って外へ出てみた。
「ひっ!?」
ベルナデットの目に飛び込んできたのは、村の家屋のあちこちに火が付き、中には炎に包まれている家もある状態であった。ここまで凄惨な光景は見たことがなく、愕然とする。辺りを見回すと、火の付いた矢が家の屋根や壁に刺さって燃やしているのが分かった。
「きゃああああ!!」
悲鳴と共に、また火の付いた矢が放たれた。このままではいつ自分の家に火が付けられてもおかしくない。ベルナデットは慌てて家の中に一旦戻ると、袋の中に入れておいた、父に買って貰った服一式と、母の形見のブローチ、ジャンヌに買って貰った文字の教科書だけを持って行き、急いで家を飛び出した。
家の外は夜闇と炎の橙色、黒煙が混ざり、その中に悲鳴と怒号も加わる。ベルナデットは村の人々やジャンヌが心配になりながらも、今は帝国兵に見つからないように祈りながら逃げるしかなかった。
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