運命の邂逅③

 大きな目的を一つ果たしたあとは、村の親友であり、今はこの街の町長邸へ奉公に行ったトワネッタに会いに行ってみることにした。

 トワネッタはベルナデットと同じ18歳の少女であり、家計が厳しいという理由で奉公に出された。子供も多くない小さな村の中で唯一の親友であり、奉公に出されると聞いたときは二人で大泣きしたのであった。それから一年が経ち、こうしてペルコワーズに行くときに、トワネッタに会いに行っている。奉公人なので会えるかどうかは運次第であり、会えたときは本当に幸運であった。今回はどうだろうか、とベルナデットはそわそわしながら通りを歩いて行く。大通りを真っ直ぐ、北の方向へ行くと、一際大きな屋敷が見えてくる。一目で町長の住まいであると分かる外観なので、訪れる身としては助かっていた。

 屋敷の近くにまで行くと、立派な門の側に槍を持った衛兵が二人も立っているのが見えた。別にやましいことは一つもないのだが、武装した人間が立っているというだけで萎縮してしまう。ベルナデットは勇気を出して屋敷の周辺をうろついてみる。屋敷の前を行き交う人々にそれとなく混ざり、外周を歩いてみる。生け垣や塀で屋敷の様子は分からないが、屋敷の二階から三階までは外の景色が見られるので、運が良ければトワネッタが外のベルナデットに気が付いてくれるはずである。何とかトワネッタが外にいる自分を見つけてくれることを祈りつつ、ベルナデットはゆっくりと歩いた。

 一通り屋敷の外周を歩き、正門の前まで戻ってきた。――今回も会えそうにないのか、とため息をついたそのとき、

「おーいっ! ベルーっ!!」

 背後から、聞きたかった声が耳に入ってきた。すぐさま振り返ると、肩で息をするトワネッタの姿があった。

「トワネッタ!!」

 ベルナデットはトワネッタの元に駆け寄る。トワネッタはボルドー色のポニーテールを揺らして顔を上げた。

「良かった! このまま帰っちゃったらどうしようかと思った!」

「私も、今回も会えないかと思って諦めそうになってたからびっくりしたよ! お仕事は大丈夫なの?」

 ベルナデットは少し心配になって尋ねた。

「それがね、二階からベルを見つけたあたしに気付いたお嬢様が、気を利かせて下さって午前の間は休憩してくれても良いと仰ってくれたの!」

 トワネッタは嬉しそうに答えた。以前会ったときにもトワネッタは『奉公先の旦那様方が優しくて安心した』と話していた。今回もきっと寛大な心でそう言ってくれたのであろう。

「それなら、結構長く一緒にいられるね!」

 ベルナデットがそう言うと、トワネッタは頷いた。

「積もる話が山ほどあるし、村の様子とかも知りたい! とりあえず、適当に歩きながら話そっか」

 トワネッタの提案に、ベルナデットは頷きで返した。


                  ■


「そっか…今年は作物の出来が良くないんだね…それとは逆に、毛糸とかが高くなってる、と」

 歩きながらベルナデットから聞いた近況をトワネッタはまとめた。

「作物の出来と関係するかは分からないけど、魔獣も最近増えてきてるって…。村の人は皆、悪いことの予兆じゃないか、って話してる」

 ベルナデットは情報を補足しつつ、自分でも不安になりながらトワネッタに伝えた。それを聞いたトワネッタは、小さく唸る。

「まあ、村の人たちが言ってるのは半分迷信だけどさ、魔獣が増えてきたってのは普通に怖いよね。旦那様も最近討伐隊を出して、何とか街周辺の魔獣は減ったみたいなんだけどね…」

「だから街に続く街道は安全だったんだ」

「そうそう。でも、だからって帰りは油断しちゃダメよ? また現れるかもしれないんだから!」

「うん、それは分かってるよ。…でも、いざってときのために、魔法が使えれば良かったな…。トワネッタは風魔法が得意なんだっけ?」

ベルナデットはトワネッタに確認した。

「そうだけど、使えると言っても大したモンじゃないわよ。ちゃんとした学校とかで扱い方を学べれば役に立つかもしれないけれど…」

 トワネッタはそこで言葉を止めたが、ベルナデットにはトワネッタが云わんとしていることが分かった。トワネッタの家が裕福ならば、王都にあるという魔法学校に通えたかもしれない。ベルナデットは自分のことのように“貧しさ”というものが悔しくなった。 

 気が付くと二人は街のシンボルである噴水の前にまで来ていた。この広場にはベンチが多く、腰を落ち着けて話すにはちょうど良い場所である。二人は空いているベンチに腰掛けた。

「トワネッタの方は最近どう? 体調崩したりしてない?」

 今度はベルナデットからトワネッタの近況を尋ねた。

「見ての通りピンピンしてるわよ。村にいるときより良いものを食べてるお陰ね」

 トワネッタは得意気に言った。

「奉公人でも良いものを食べさせて貰えるの?」

「ええ、あたしも奉公先での初めてのご飯のとき驚いたもん。村で食べていたときよりおかずが2品も多い! って。それは凄く良いんだけど、あたし前より太ってない?」

 トワネッタの問いかけに、ベルナデットは首を横に振った。

「良かったー…。…ねえ、ベルも奉公に出たら? あたしから旦那様に掛け合ってみるし。……そりゃあ、自分の家が大切なのはよく分かる。でも、ベルの顔色、前より悪くなってるし、痩せた気がする」

「えっ……」

 トワネッタの言葉にベルナデットは驚きのあまり言葉に詰まってしまった。今朝鏡で見たときはなんとも思わなかったが、しばらく会っていなかったトワネッタにはベルナデットの変化に気付けたのである。

「その様子じゃ、あんまり食べられてないんでしょ? あんたの方こそ体調はどうなの?」

「……特に具合が悪いとかはないよ。今日もいつも通りの調子だし」

「今は大丈夫でも、その生活を続けてたら体調崩しちゃうよ!」

 トワネッタは語気を強めた。その迫力にベルナデットはまた黙ってしまう。二人の間に沈黙が降り、人々の喧噪と噴水の音が少しの間響いた。

「…怒鳴っちゃってごめん。でも、あんたを心配してるのは本当だから……」

 トワネッタは小さく謝った。

「ううん、気にしないで。それは私も分かってるから」

 ベルナデットはトワネッタに気にしないように言った。――ベルナデットが奉公に出るのを勧められたのは、実はこれが初めてではない。2年前に父親のアンリが仕事中の怪我が元で亡くなり、その一週間後には村の人間にそれとなく言われていた。だが、ベルナデットは亡き両親の家を守りたいが為にその勧めを固辞し、何とか村の中で仕事をしながら生活を続けていた。だが、トワネッタの言う通り、生活が厳しく、満足に寝食が出来ていないのも事実である。そろそろ奉公に出ることも真剣に考えるべきかもしれない。

「とにかく、奉公に出ようって気になったら旦那様に頼んでみてよ。あたしの名前も出して良いからさ」

「うん、ありがとう」

 ベルナデットは礼を言った。それから沈んだ空気を変えようと、トワネッタは話題を別に移して、奉公中に起こった何気ない出来事や、この街の新しい店の情報などを教えてくれた。それから話が弾み、あっという間に時間は流れていった。二人の会話が途切れたのは、正午を報せる鐘の音が鳴ったときである。

「ええっ、もうこんな時間!? いっけない! 早くお屋敷に戻らなくちゃ!」

 トワネッタは弾かれたようにベンチから立ち上がった。ベルナデットもつられて、慌てて立ち上がってしまう。

「今からお屋敷に戻って大丈夫?」

 ベルナデットは心配になって尋ねた。

「大丈夫…だと思う! 走れば間に合うはず!」

 そう答えるトワネッタの前から、二人組の男たちが歩いてきた。トワネッタはそれに気が付かず、ベルナデットが声を掛けようとしたときには既に遅かった。二人組の片割れとトワネッタは、強かにぶつかり、トワネッタの方は尻餅をついてしまう。ベルナデットは慌てて駆け寄った。

「いてて…ああっ! すみません!」

「リック様、大丈夫ですか!?」

 トワネッタが謝るのと、もう一人の男が叫んだのはほぼ同時であった。すると、ぶつかられた男は膝を折ってトワネッタに手を伸ばす。

「すまない、怪我はなかっただろうか?」

 男は心配そうに声を掛けた。――男は若く、ベルナデットたちと同じか少し上の齢であり、絹糸のような金の髪に、深い森のような緑の瞳を持ち、端整な顔立ちをしていた。ベルナデットもトワネッタも思わず見とれてしまい、返事に間が空いてしまった。それから数秒後にトワネッタははっとして我に返り、男――もう一人の男によればリックという名の青年の手を取る。リックはトワネッタと一緒にゆっくりと立ち上がった。

「こっ、こちらこそ本当にすみません! 怪我もしてないのでだ、大丈夫ですよ!」

 トワネッタはしどろもどろになりながら答えた。その顔と耳は真っ赤に染まっている。

「それは良かった。こちらも考え事をしていて避けるのが遅くなってしまって。それでは、我々はこれで。アルベール、行くぞ」

「はい」

 リックはもう一人の眼鏡を掛けた青年――アルベールに声を掛け、もう一度ベルナデットとトワネッタを見ると「それでは、失礼する」とひと声掛けて言ってしまった。二人の姿が小さくなると、ベルナデットは微動だにせず立ち尽くしているトワネッタの傍までゆっくりと近付く。

「あの…トワネッタ、大丈夫?」

 ベルナデットはそう声を掛けると、ぼうっとしていたトワネッタがまた我に返った。

「あ、ああごめん! 大丈夫、あたし頑丈だし! それより今の人見た!?」

 トワネッタは興奮気味に尋ねる。ベルナデットは少し引き気味に相槌を打った。

「あんなに格好いい人見たことない! まるでおとぎ話に出てくる王子様みたい! 身なりもかなり良かったし、どこかの貴族の方かな!?」

 トワネッタは早口でリックについて語り出した。トワネッタは昔からおとぎ話が好きであったが、今もそれは変わりないようである。だが、トワネッタの言うことも分かる。あのような容姿端麗な青年は二度とお目にかかれないかもしれない。そして、ベルナデットは重要なことに気が付いた。

「そういえばトワネッタ、急いでたんじゃ…」

「あっ!? そうじゃん! ありがとベル! また会いに来てよね、それじゃあ!」

 トワネッタはまたもや早口でそう告げると、今度は誰にもぶつからないように気を付けながら走り去って行った。その姿をベルナデットは、苦笑しながら見送ったのであった。

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