運命の邂逅④

 トワネッタと別れたベルナデットは、目的は達成したもののすぐに帰るのも勿体ない気がしたので、もう少し街を散策してみることにした。トワネッタの話によれば、新しく出来た店もあるとのことなのでワクワクしながら歩いて行く。

以前からある店も街の入り口にある店と同様に、また品揃えが変わっていた。その中でもベルナデットが好きな店は、衣服を取り扱う店である。自分の着てみたい服を見ることもそうだが、一番の理由は“自分が生産を手伝った羊毛がどのように使われているか”というのが気になって見に行ってしまうというものであった。ドアが閉まっている店は買わなかったときに申し訳ないので入りにくく、なるべく外にも衣服を出して売っている店を見てみることにする。服の中に、羊毛が使われたカーディガンやセーター、ベストが並んでおり、ベルナデットは近付いてベストをよく見てみる。染色された青色の羊毛を三つ編みのように下地に織り込んでおり、その見事な技術にベルナデットは感銘を受けた。自分が卸した羊毛ではないかもしれないが、同じ原材料が素敵な服に変わっていると嬉しいものであった。

 衣料品店を眺めながら街を歩き、途中で塩と胡椒、少しの砂糖を買った。調味料は買い溜めが出来るので、今日のように街に来た日はなるべく買うようにしている。これで暫くは調味料には困らないだろう。

 最後に立ち寄ったのは、トワネッタに教えて貰った、新しく出来たというパン屋である。トワネッタの奉公先でも美味しいと評判であるというのが気になり、行ってみることにした。教えて貰った目印である看板の特徴と一致する店をなんとか発見する。だが、その店の軒先を見るなりベルナデットはぎょっとした。その一軒のみ、ずらりと長蛇の列が出来ていたのである。舌が肥えているであろう町長一家が絶賛するのも納得の評判である。ベルナデットは列の最後尾まで近付いて、今から並んで店に入り、パンを選んで会計をし、そこから村に帰るまでの時間を想像してみた。――ゆうに日没は迎えており、明かりがない夜道を一人で帰る勇気はなかった。それに、もしかすると並んでいる間に売り切れてしまう可能性もある。

 ベルナデットは踵を返し、行列から離れた。結局いつも買っているパンが一番だ、と思いながら馴染みのパン屋に寄り、買ったパンを鞄に詰めて街をあとにした。


                  ■


 街道も周囲の野原も、夕日の橙色に染め上げられている。美しい光景ではあるが、それに見とれている時間はない。日没まで時間がないので、ベルナデットも街へ向かう人々も、急ぎ足であった。

 世界の色に徐々に薄墨が混ざってきた頃、村の明かりが見えてきたのでほっとする。だが、その安心感はすぐに吹き飛んでしまった。――村の入り口手前に、人影が見えたのである。しかも、ふらふらとした動きを見せていた。賊の類いか、酔っ払った村人か。どちらにせよ関わりたくない人種ではあるのだが、どうしてもその人影の側を通らなければ村には入れない。ベルナデットは恐る恐る人影に近付いた。

 顔や体格、服装などが分かるところまで来たとき、ベルナデットは驚愕した。てっきり男かと思っていた人物は、横顔が美しい女だったのである。――波打つ長い髪を青いリボンでひとくくりにしており、リボンと同じ色の深い青色のマントに、金の装飾が入った白い鎧という、この田舎では浮いてしまいそうなほど豪奢な格好をしていた。表情はよく分からないが、片足を引きずって歩いており、ふらふらとした動きの理由は分かった。心配になったベルナデットは、思わず女の近くにまで早足で行く。

「あ、あのっ、大丈夫ですか…?」

 少し声を上擦らせながら、ベルナデットは女に尋ねた。女はおもむろにベルナデットの方を見る。

「あなたは…?」

 女は弱々しくベルナデットに尋ね返した。

「私はこの村に住んでいる者です。ペルコワーズの方から帰って来たんですけど、ふらついているあなたを見て声を掛けたんです」

 ベルナデットはそう答えた。

「そうだったの…ごめんなさいね、心配を掛けちゃって…。私はジャンヌ。各地を旅している者よ」

 ジャンヌと名乗った女は、柔らかな笑みを浮かべた。だが、その顔色は夕闇の中でも分かるくらいに青ざめている。

「実はここに来る前に、周辺に潜んでいた魔獣を一掃していたんだけど、油断して足を怪我しちゃってね…」

 ジャンヌは視線を落とした。ベルナデットもそれに合わせて見ると、ブーツは切り裂かれ、黒ずんでいるのが分かった。夜風に混じってかすかに血の臭いもする気がする。しかし、ベルナデットの中で一番驚いたのはジャンヌの発言であった。

「あの、その『魔獣を一掃』ってもしかして一人で…?」

「ええそうよ。私は一応剣には自信があってね、これまでに数え切れないほどの死線をくぐり抜けてきた。だけど、それが過信に繋がってこのザマよ」

 ジャンヌは自虐的に笑った。それとは対照的に、ベルナデットは驚きで固まってしまう。具体的な数は分からないが、ペルコワーズの街が討伐隊を組まなければいけない程、魔獣の討伐は大変な仕事である。それを複数相手に一人で全部対処出来たジャンヌは、只者ではなかった。

「そういう訳で、ふらつきながらこの辺をうろついていたの。びっくりさせちゃってゴメンね。すぐここを離れるから…」

「離れるって…怪我は大丈夫なんですか?」

「このくらいの怪我、たいしたことないよ。もう慣れっこね。それじゃあ」

 ジャンヌはそう言ってこの場を離れようとした。その次の瞬間、

「あ、あの! 怪我してる人を放っては置けません! ウチで手当てします!」

 ベルナデットは自然とそう口走っていた。彼女の正体は分からないが、怪我をして弱っている一人の女性を無視することはどうしても出来なかった。ジャンヌはベルナデットの申し出を聞いて、目を大きく見開く。

「でも、そんなの悪いわよ。怪我は私の自業自得なのに…」

「怪我をしたのは、この辺の魔獣を退治してくれたからですよね? あなたのお陰で、この村は魔獣に襲われる心配はなくなったんです! 村の恩人を怪我させたまま何もしないなんて、出来ないですよ」

 ベルナデットはなんとかしてジャンヌの説得を試みた。ジャンヌの方は思案の表情で少しの間黙っていたが、もう一度ベルナデットに視線を合わせ、

「それじゃあ…お言葉に甘えちゃおうかな。お世話になるわね」

 と、笑顔で答えた。

「はい! こっちです!」

 ベルナデットは村の入り口に向かってゆっくりと歩き出す。ジャンヌもその後に続いた。

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