運命の邂逅②
翌日、ベルナデットはいつものように雄鶏の声で目を覚ました。――だが、今日は仕事が休みなのでそこでは起きず、まだベッドにいることにする。
そうして二度寝をして目が覚めたときには、太陽が昇っていた。今日は近くにある大きな街・ペルコワーズ二位って羊毛をお金に換える日であった。その街には村の親友である少女が奉公に出ており、タイミングが良ければその親友と会えるかもしれないのである。
ベルナデットは七日に一度のこの日が一番楽しみであり、大好きであった。
いつもより少しゆっくり朝食を摂ったあと、クローゼットの中にあるシンプルな白の開襟ブラウスに、空色のカーディガン、花の刺繍が入った深緑のロングスカートを取り出す。これはよそ行きの一張羅であり、2年前まで健在であった父に、今から行く街で買って貰った大切な一着でもあった。
顔を洗って歯を磨いたあとは、念入りに髪に櫛を入れ、寝癖が付いてないかを小さな鏡で確認する。身支度を終えると、羊毛の毛糸の束を詰めた栗色の肩掛け鞄を持って、軽い足取りで家を出た。
「おやベルちゃん、おはよう」
「おはようございます!」
ベルナデットに声をかけたのは、近所のアンヌ婆さんであった。この老婆にも日頃からお世話になっている。
「楽しそうだけど、どこかにお出かけかい?」
「はい、ペルコワーズに羊毛を売りに」
「そうなのね、それでお洒落な格好で…」
そこでアンヌ婆さんは言葉を途中で止めて、何か思い出したような表情をする。
「そういえばもう聞いているかもしれないけれど、魔獣が最近よく出てくるらしいのよ。ペルコワーズの方でも討伐隊を出してるみたいだけど…」
――魔獣とは、呪術や瘴気などが原因で凶暴化した野生生物の総称である。魔獣に襲われて命を落とす者も少なくない。
「はい、私も前に聞いたことがあります。…なんだか嫌な予感がしますね…」
ベルナデットは羊飼いの夫婦から同じことを聞いていた。街に行くまでの道中は不安だが、生活費を稼ぐためにも街には行かなくてはならない。
「そうよねえ…野菜の出来もなんだか悪いし…。とにかく、村の外に出たら気をつけてね」
アンヌ婆さんの言葉にベルナデットは「はい」と頷いて答え、そこで別れたのであった。
■
ペルコワーズまでの街道を恐る恐る歩き、何事もなく辿り着けたことにベルナデットはほっとした。ペルコワーズの街は今日も賑わっており、来る度に人の多さに驚いてしまう。まずは、街の大通りにある衣料品の卸問屋へ毛糸を売りに行くことにする。
その間にも様々な店が民家と混ざって建っているのだが、その店の品物を見ながら歩くのも楽しみの一つであった。青々とした野菜や果物、煌びやかな装飾品、美味しそうな香りを漂わせる焼きたてのパン――どれも村では見られない物ばかりである。季節によって品揃えも変わるので、全く飽きることはなかった。
そうこうしている内に、目的地である問屋に到着する。店の扉を開けると、店員が数人店内を行き来し、客の相手をしていた。その内の一人がベルナデットに気が付く。
「おやベルちゃん、いらっしゃい!」
中年の男が笑顔で話しかけてきた。ベルナデットもすぐさま挨拶を返す。この店員とベルナデットは顔馴染みであった。
「今日も毛糸を買い取って貰いに来ました」
「はいよ、じゃあこっちに来てくれ」
店員はそう言って空いているカウンターに向かった。ベルナデットも店員について行き、カウンター越しに対面する。鞄から毛糸の束を取り出してカウンターに置き、店員は一束を手に取った。
「ふむ。今回もぱっと見たところ良い状態だね。どれどれ…」
そう言って店員はまた別の束を手に取った。束を一つ一つ見たあとは、近くに置いてあった秤を持ってきて、毛糸の総量を量る。その様子をベルナデットは静かにじっと見つめる。
毎回この査定の時間はハラハラとしてしまう。何せ、これで自分の生活が左右されるのだから気が気ではない。一方店員は、羊皮紙と羽根ペンを取り出し、別紙を見ながら記入していた。そのペンの動きを止めると、今度はベルナデットに少し待つように言い、店の奥へと一旦引っ込んだ。査定の中でもこの瞬間が特に緊張する。
しばらくして、店員は小袋を手に店の奥から戻ってきた。カウンターに袋が置かれたとき、以前よりも音が重い気がした。
「はい、今回の買い取り分だよ。金額はこのくらいだ」
店員は先ほど記入していた紙を、ベルナデットの目の前に置いた。
「……えっ!?」
査定額を見たベルナデットは、思わず大声を出してしまった。周りの店員や客たちは驚いてベルナデットに注目する。ベルナデットは視線が痛くなり、軽く咳払いをした。
「あの…これって間違いじゃないですよね?」
ベルナデットは声を潜めて店員に尋ねた。店員は笑顔を崩さない。
「大丈夫、俺のミスでもないし、君の見間違いでもないよ。最近魔獣が増えたり、情勢が不安定だったりして毛織物の価格が高騰していてね…。それでこの値段なのさ」
「そうなんですね…」
想像以上に高く買い取ってもらえたのは嬉しいが、その背景を聞かされて素直には喜べなかった。
「まあそういうわけで、衣料品の原材料も中々手に入りにくくなっているから、本当に助かっているよ。ありがとうな!」
「いえ、こちらこそありがとうございます」
ベルナデットはお金が入った小袋を恐る恐る鞄の中に入れると、店員とまた来る約束をして卸問屋をあとにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます