第4話

みどりちゃんが兄貴の家に来なくなってから三ヶ月がたった。

外は涼しくなって蝉がなかなくなった。



兄貴が俺にギターを買ってきてくれた。



「何これ?」


「誕生日プレゼントだろ」



アコースティックのそのギターはアニキいわく、かなりの上物らしい。



「お前さ、これやってみろよ」



相変わらず歯を見せて、優しく笑って、俺の頭に手を置いた。



「お前には歌の才能がある!」



それが俺と音楽の出会いだった。




それ以来、兄貴が仕事から戻ってくるまで一生懸命練習した。

ギターが弾けるようになったらみどりちゃんが戻ってくる気がして。




でも、違った。




違ったんだ。



そのギターがアニキからの餞別だと気付いたのは二週間後だった。




「流星、俺はもうお前とは会えないんだ」



目の前が真っ白になった。



兄貴はどうやら転勤することになったらしい。




転勤って言っても同じ関東だし、今思えば、会おうと思えばいつでも会えた。


でもアニキは言ったんだ。



「次に会うのはお前が高校に行ってからだ」



当時、中学一年生の俺に、それは遠い未来すぎて。



「……なんでだよ。

俺、やだ!ずっとアニキといてぇよ!」



思わず涙が溢れてきてしまって。




アニキのこと、ズルイって思った。



兄貴は多分言うだろう。俺なんかを待ってるな、と。


兄貴は多分言うだろう。俺のことは忘れろ、と。



みどりちゃんの時のように。




兄貴はいつだって自分のほうから手を離す。



こっちの気持ちも知らないで、お前のためだと手を離す。



「兄貴がいなくなったら俺、どうしたら良いんだよ……!」



信頼できる人がいない。


笑いあえる人がいない。


理解してくれる人がいない。



その辛さを俺にもう一度、味わえって言うのかよ。


ホントはそこまで言いたかった。



なのに兄貴が泣き出したから。

ごめん、って泣き出したから。



俺は何も言えなくて。



「……元気でな、流星」


「……っ、」


「絶対だぞ。絶対、元気でいろよ」



そう固く抱きしめあって、俺と兄貴は決別した。


13歳の10月。


俺の周りには音楽しか、なくなった。


相変わらず、友達はいなかった。

声をかけられても全部シカトしてた。



親父も相変わらず、怒らなかった。


毎日真面目に働いて、夜遅くに帰り朝早く出ていく。



結衣におはようと声をかけて。



学校に行っても行事には参加しなかった。

仲間意識はいらなかった。



ただ、兄貴に言われてたから。

学校に行く理由はそれだけだった。






なぁ、そんな俺でも今ではあんなに笑顔に囲まれてる。

人間に不可能なんてないのかもな。


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