第3話
親父に電話して、ダメだと言われたことはない。
それなのに兄貴は俺の親父にも丁寧だった。
「流星くんのこと預からせて頂きます」
みどりちゃんは言っていた。
「大輔は家族を事故で亡くしてね。
おばあちゃんに育てられたの。
お父さんと喧嘩したまま死別しちゃったみたい。
だから、りゅうちゃんには後悔してほしくないんじゃないかな」
そう言ってみどりちゃんは、やっぱり優しく微笑んだ。
学校には行くだけ行っていた。
兄貴に言われてたから。
「サボるなんてのは逃げてんのと同じだ!」
そう言って俺を登校させる。
たまにバイクの後ろに強引に乗せられて「行かないとか言ってんじゃねぇ!!」と、学校まで連れてかれた。
兄貴の言うことは全部守った。
兄貴しか信頼できる人がいなかった。
俺にとっての道標。勝手にそう思ってた。
知らなかったんだ。兄貴の心の闇なんて。
ある日、みどりちゃんが夜ご飯を作ってるときキッチンで倒れた。
「みどりっ!!」
そう叫んで、救急車を呼んだ。
「流星、悪い。今日は一人で帰れるか??」
まだ時間も早かったし、あの兄貴の様子に逆らう理由は見つからなくて。
「分かった」
俺のその声が兄貴の耳に届いていたかは定かじゃない。
次の日、兄貴の家にみどりちゃんのお母さんが来ていた。
「大輔くん、頭上げて良いのよ」
土下座をする兄貴にみどりちゃんのお母さんは優しく言った。
なのに兄貴は頭を上げなかった。
「みどりさんにあそこまで無理させてしまったのは俺です。
本当に申し訳ありませんでした」
そう言いながら、何度も何度も謝っていた。
「たった一週間の入院だし、元々あの子は身体が弱いから。
本当にあなたのせいじゃないのよ??
むしろ、救急車を呼んでくれて助かったくらい」
みどりちゃんのお母さんは兄貴を責めてなんかいなかったし、むしろ感謝している様に見えたのに。
「……責任とりますんで」
兄貴の目から涙が流れたのは、みどりちゃんのお母さんが帰ってからだった。
その日以来、兄貴は仕事を増やした。
みどりちゃんの見舞いにも行かなかった。
俺が一人で見舞いに行くとみどりちゃんは少し寂しそうだった。
「大輔は、げんき??」
力無く聞いてくるみどりちゃんが、なんだかかわいそうで。
「兄貴、どうしてみどりちゃんの所行かないんだよ??」
俺がそう聞いたら、兄貴は言いづらそうに、それでも俺には笑顔を作っていた。
「……流星、あのな。
俺はみどりとはもう会えない。
流星も、もう病院にはあんまり行くな。一人で行くのも危ないだろ?」
一瞬、電気が消えたのかと思った。
「……なんで?なんでもう、みどりちゃんに会えないの?」
声が震えてるのが自分でも分かった。
「流星はなんでとか、気にしなくて良いから」
アニキと目は合わなかった。
みどりちゃんがいないと、俺は兄貴の家にほぼ一人でいるのと同じだった。
兄貴が仕事から帰ってくるのはいつも夜の7時を過ぎていたし、ご飯はみどりちゃんがいないからインスタントばかりになった。
兄貴に内緒で俺はこっそり病院に通った。
「……なぁ、みどりちゃん」
みどりちゃんは病院のベットによりかかりながら、俺の目を覗くように見つめた。
「退院したら戻って来るよな?」
その質問に一瞬、病室の空気が反応した気がした。
「……りゅうちゃん、あのね、」
そしてみどりちゃんは兄貴のことを語り始めた。
兄貴は昔、中学はほとんど行かず地元では指折りのワルで、適当な工業高校に通っていたらしい。
でも、両親が事故で死んで。
それから兄貴は行ってた高校を中退して、おばあちゃんに迷惑かけないようにって就職した。
みどりちゃんに会ったのは働き始めて半年後くらいだった。
みどりちゃんは兄貴の上司の知り合いの娘で、身体が弱いから学校も休みがちだったらしい。
そんなみどりちゃんに楽しい話を沢山したのがアニキだった。
そこから二人は交際を始めたらしい。
みどりちゃんのお父さんも兄貴のことは気に入って、恋人同士になった時も応援してくれた。
アニキは責任感が人一倍あるから、みどりちゃんが倒れたのは自分のせいだって思ってるみたいだった。
みどりちゃんからそういう話をされて、俺はどうするべきか正直わからなかった。
そもそも、みどりちゃんが倒れたのは俺のせいなんじゃないかとすら思った。
兄貴はみどりちゃんと会わなくなっても優しくて、俺とは今まで通り接してくれた。
でも、俺はみどりちゃんも好きだったから。
幸せそうな二人が好きだったから。
「アニキ、今日みどりちゃん退院だよ」
そう言ったら、やっぱり笑ってた。
「そうか、よかった」
だけどいつもみたいな、歯を見せた笑顔じゃなかった。
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