にーい
「何か嫌なことでも言われたの?」
「いいえ?」
席に着き、侍女や護衛を離れたところへ下げ、自己紹介をして紅茶を飲んだだけで、嫌なことも何もない。むしろ、ソラが嫌なことをした方だろう。
二人は今まで面識はなく、初対面である。
お互いの領地も遠く、違う派閥に属している上、年も五歳離れているので、十四歳のソラが通い始めた三年制の貴族学園も一緒ではない。
共通の友人も趣味もなければ、お互い貴族相関の知識として名を知る程度の他人である。
いや、ナメルポ家からしたら要所ではない領地を治めるペシェル家の存在自体を知らなくてもおかしくはない。
ナメルポ家は王家に連なる家として超有名なので、ソラが一方的に知っているだけの関係と言った方が正しいかもしれない。
なんせ、ペシェル家は王都から離れた豊かな山と川を領地に持つ田舎子爵家。ナメルポ家は王都に近い領地と数多の事業と寄子を持つ侯爵家。
貴族の位は公爵が第一位だが、この国の公爵位は直系王族が臣下に下る際、他家の後継ぎとなる結婚をしない場合に与えられる爵位のため、めったに新しい家は興されない。実質の貴族のトップは侯爵家である。
その侯爵家と子爵家。通常なら縁の無いこの二家だが、今回縁付いたのには理由があった。
ペシェル家の領地で魔石鉱脈が発見されたのである。
魔石は魔力を帯びた石のことで、魔物を倒すと魔石が取れ、強い魔物ほど美しく強い魔力を帯びた石を持つ。「良い」石は強い魔物からしか取れないため稀少であり、取引される値段もかなり高価であった。
人々の生活に根ざす魔道具の動力に必要な魔石は、需要がなくなることはなく、莫大な利権をはらんでいるのである。
そこへ魔物に由来しない魔力を帯びた石が人間の都合で採掘できるとしたら。
権力と経済の均衡を崩す発見に、国が動いた。
それが王家に近しい家であり、国王派である高位貴族とペシェル家の縁組みである。
ペシェル家には三人の娘がいる。
性別に関わらず当主の血族か当主に指名された者が家督を継げるこの国では、男子が生まれなくても何も問題は起きない。
ペシェル家でも、長女が分家筋の男性と婚約し、後を継ぐ者として領地経営の一画を既に担っている。
次女と三女にはまだ婚約者がいなかったため、それぞれに縁組みが用意されたのだが、相手が大物だった。
現在、王家には姫しかおらず、将来は女王が誕生することがほぼ確実である。
王女と結婚する男性は未来の王配となるため、滅多な男では女王を守り支えることは難しい。
そのため、王家により三人の侯爵家子息が王配候補として確保されていた。いわゆる優良物件たちである。
本来の予定であれば、成人に合わせて来年決定されるはずであった王女の婚約は、今回の件で時期を早めて決定され公表された。
三人の王配候補は、いずれも揺るがない国王派の侯爵家の子息。王家が信を置く、
王女の婚約者とならなかった者たち、その手札をペシェル家に出す程に、国は魔石鉱脈を重視していた。
ペシェル家としても、利権に群がるハイエナどもに領地を食い荒らされないよう、強力な後ろ盾が速やかに必要であった。
しかしながら、憎み合うような相性の二人を添い遂げさせるつもりもないため、まずは見合いから、という段階である。
そうは言っても、父子爵は娘二人の縁談がうまくまとまることを心から願っていた。
そして見合いの日。
ソラが紅茶の香りを楽しんでから口に含んだ瞬間、無情にも記憶は甦った。
回想し終わって、はあ、と溜め息をついてソラは一人呟いた。
「私が上手くいかなくても、ジア姉様が上手くいけば国としても我が家としてもオッケーってことよね。ジア姉様に頑張ってもらいましょ」
次姉も本日お見合いである。
ソラの二歳上の次姉ジア・ペシェルは、家の外では物静かな淑女である。儚げで可憐な見た目から、社交界では密やかなファンも多い。
次姉ならば、高位貴族の令息が相手でも、淑女としてしっかりと対応してくるだろう。
そうソラは思い、自分はもう
ソラは今、「体調が優れない」と嘘を吐いてナメルポ家を辞して帰宅し、自室で寛いでいるところである。
結局、見合いと言っても自己紹介だけで終わってしまい、いくら王家が絡む政略結婚だとしでも、縁が無かったと断られるとソラは踏んでいた。
自己紹介したら紅茶を吹いて具合悪いと帰った娘の印象が良いわけがない。
ソラは、淑女としての矜持やペシェル家の安泰よりも、対「ぽ」防御力の低い自分の精神衛生を守ることを選んだのである。
ちなみに、帰りは寄り道して時間調整をしてから帰ってきたので、ソラの父子爵は、まさか娘がそんなことをしでかしたとはまだ知らない。
さすがに怒られるので、ソラもバレるまで言うつもりもない。記憶が甦る前から、末っ子のソラは要領が良いのである。
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