さーん


 バァンッ!


「最っ悪!!」


 ノックもなく扉を勢いよく開けて入ってきたのは、次姉のジアだった。


 その様子に、空気の読める末っ子のソラは一瞬で己の運命を悟った。

 悟ったが、認めたくなかった。


「ジア姉様、お帰りなさい。いかがいたしましたの?」


 ソラは内心の動揺を微塵も出さず、素知らぬ振りをして問いかけた。


「イカも蛾もないわよ! 何あいつ! むっちゃ腹立つーっ!」


 次姉が床をダンダンと踏みつけ、ムキーッと吠えた。


 淑女。そう、次姉は家の外ではきちんと出来る人である。だが、その実、中身は結構なポンコツで、頑張って猫を被っているだけなのである。


 まだムキムキ言っている次姉だが、家ではいつものことなのでソラは動じない。


「あいつ、とは?」


 誰かはもう分かっているが、この世には奇跡というものが起こることもあるのである。

 次姉は見合い相手ではなく、別の人に怒り心頭なのかもしれないと、ソラは希望を持った。


「ルイス・リードレよ!」


 はい、オワター。

 ジア姉様は、見合い相手のリードレ様に激おこのご様子。

 外面の良いジア姉様が相手を呼び捨てにするなんて、余程だわ。

 こうなったジア姉様は、人見知りを発動してしまうから……もうこの話は進まないわね。


 ソラは、眉間の皺をさすりながら溜め息をつき、自身のあまり広くはないネットワークで収集した王配候補三人を指す二つ名を思い起こした。


 全治全能忠犬。

 微笑みの腹黒狸。

 溺愛威圧魔王。


 護衛として王女に付き従う忠犬のタロ・ホーレ・ナメルポ様。

 常に紳士的に微笑みを絶やさず、笑ったまま政敵を葬り去る策士腹黒狸と言われているのが、ルイス・リードレ様。

 王女殿下を溺愛し、威圧をもって周囲を制圧して魔王と呼ばれているのが、今回王女殿下と婚約したマティアス・ロンベルグ様。


 犬とか狸とか魔王とか。

 バラエティに富んだ二つ名の情報源は、社交界の噂に明るい年上の友人である男爵腐人……ん゛ん゛ん゛っ、夫人である。

 もちろん表立って言うことは絶対にない。いわゆる淑女たちの隠語である。


 相性は悪くないと思ったんだけどなぁ。


 ソラは次姉に座るように勧め、マーヤにお茶を頼んだ。


 ルイス・リードレは二十歳の青年で、当時、高位貴族の家に生まれる子どもが女児ばかり続いていたため、ルイスは嫡男として生を受けたが妹が生まれた後に王配候補となり、生家の後継者からはずれている。

 常に微笑みを絶やさないという評判だが、もちろんそれが分厚くて大きな猫を被った結果であることは、貴族の端くれであるソラにもきちんと分かっていた。


 だからこそソラは、次姉とルイスは良い縁だと思ったのだ。


 この見合い話がやって来た時、カップリングはペシェル子爵家に委ねられた。

 それ程、国はペシェル家を尊重しているということを態度で示したのである。

 ソラたちの父子爵は、碌に会ったこともない子息たちを自分が選べないと、娘たちと話し合いを設け、釣書や社交界での評判も踏まえてそれぞれの相手を決めたのだった。

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