第29話 ゴーレムダンジョン(裏ボス②)

白銀シルヴァー…それが私の新たな名』


奏と共に走りながら、白銀は今までに無い心と身体の軽さを感じていた。

《聖騎士》のスキルの一つである『神聖魔法ホーリーマジック』で使用できる呪文の一つ、『誓約オース』は、自分の使える主君もしくは信仰する神の前で誓いの言葉と共に使用することで、使用者に強力な加護を付与できる呪文だ。

白銀が使用したのはその中でも『献身の誓約』と呼ばれるもので、誓約が遵守されている限り、聖騎士はその身を不浄を避ける『守護のオーラ』に包まれ、『神聖力の導管』によって無尽蔵の法力を持って神聖魔法を使用することができる。

そして『聖なる武器ホーリーウェポン』によって与えられた白銀の聖鎧、巨斧槍「神罰の断罪」、塔盾「不滅の守護」を手に、白銀は数多の悪魔の将の首級を上げ、聖女姫アリシアを守る無敵の盾として幾多の戦場を戦い抜いた。

──だが、巨大な加護を与えるが故に、『誓約』はこれを破った時のペナルティも大きい。

魔王の手からアリシア姫を守れなかった白銀は、天罰として『呪われた獣』、『堕ちた神獣』として終わりなき戦場を無限に戦い続ける罰を宿業として与えられたのだ。


(軽い!身体が軽いぞ!私が待ち望んでいたのは、この御方だったのだ…)

──あれから数百年、或いは数千年か。

今、この身を縛っていた神呪の呪縛が解けるように溶けて行くのを感じる。

古い身体は砂のように崩れ去り、その跡には、一体の可愛らしい山羊の聖騎士のぬいぐるみが立っていた。


(…よかったあ〜 、とりあえず話しを合わせてみたけど、何だか勝手に色々納得してくれたみたい)

正直、『従魔化クリエイト』を受け入れてくれなかったらどうしようかと…うん?

「メ゛エエ〜!メ゛エエエエ!メ゛エ!『誓約オース』!」

(訳:我が名は白銀!龍の姫君に仕える聖騎士なり!この命尽きるまで、我が斧槍は汝の意志に奉仕し、我が盾は汝を守護せん。

光と正義の道を往き、闇と混沌に立ち向かう。

我が命尽きるまで、竜姫への忠誠を貫き、汝の栄光を護ることをここに誓う!『誓約オース』!)

─突然、ぬいぐるみになった白銀が斧槍を高く掲げて鳴き声を上げる。

(何言ってるのかはわからないけど、嬉しそうだし、まあいいか…)


(…成功した?)

(……マジで?神話級エピックのモンスターを?テイムしたの?)

(テイムっていうか、従魔化ぬいぐるみ化?)

(…前例あった?)

(…ねえよ!確認されてる限りでは…伝説級レジェンドが最高だったと思う)

(あは…あはは…)

(ああっ!せんぱーい!お気を確かに!)

(あっ)

(あっ)

(あっ)

(ま、まあぬいぐるみだし?弱体化してるだろ?)


白銀の姿は、全長約40~50センチほどの、愛らしいのにどこか威風堂々とした姿をした騎士姿のぬいぐるみだ。

全体のフォルムは、銀色の毛並みを持つ山羊を模しており、ふわふわとした手触りの布地がその柔らかさを強調してる。

首元には、聖騎士の証である白銀の鎧を模した布製のマントが巻かれ、胸元には金糸で刺繍された聖なる紋章が輝いている。

このマントは、白銀の魔力によってふわりと動き、戦場ではまるで風をはらんだ本物のマントのように翻る。

両手…もとい両前脚には玩具のようになった小さな斧槍と盾が握られており、斧槍は細やかなステッチで刃の模様が描かれ、盾には山羊の角を象ったエンブレムが刻まれている。

これらの装備はヒーロー物の玩具のような質感を持ちつつ、どこか本物の武器のような重厚感を漂わせていた。


(どうやって持ってるんだろう…?)

そんな疑問を思い浮かべつつ見ていると、白銀はその脚の斧槍を空高く掲げ、

「メ゛エエ〜!『神聖属性付与』『大回復:範囲最大化』『解呪』『解毒』『浄化』『精神力譲渡』…『聖域サンクチュアリ』!」

次々と強力な神聖魔法を連発し始める。


(…………おい)

(誰が弱体化してるって?)

(まって?私、高僧ハイプリーストなんだけど、聞いたことない呪文が…)

(………サラサラ)

(せんぱーい!先輩が灰にいい!)

(あっ)

(あっ)

(あっ)

(…もう安らかに眠らせてさしあげて)


「うわっ!」

「ミャ?」

「ガウ?」

「ひゃんっ?」

白銀を中心に光が爆発するように拡がると、僕の毒で受けたダメージが一瞬で回復し、絵麻ちゃんと共にへばっていた煌と紅蓮が目を覚ます。

「これが神聖魔法か、ありがとう白銀。これなら…煌、紅蓮、行けるね?」

「ミャ!」

「ガウウ!」

「メ゛ェ!」


「はっ、はっ、はっ…」

一方、クルセイド・センチビートを引き付けていた委員長にもそろそろ限界が近づいていた。

痛いほどに鳴る心臓を抑え、息を荒げる委員長。

その痛みが、魔力がもう殆ど残ってない事を知らせていた。

「キシャアアア!『腐敗の嵐』!」

クルセイド・センチビートから放たれた毒の気が渦を巻き、魔力と血液で作られた分身達を次々と消していく。

「うぐっ」

「いいんちょ、もうもたないよ!」

必死にクロスビースト達の魔石を活性化させて援護していた由麻ももう音を上げている。

「くっ…もう少し、カナちゃんが戻るまで…あっ」

(グニッ!)

由麻の声に気を取られた瞬間、足元が疎かになって転んでしまう委員長。

「キシャアアア!『死鎌の断裂』」

クルセイド・センチビートはその隙を逃さず、巨大な鎌の如き牙で襲いかかる。

(ジャリン!)

「由麻っ!」

「いいんちょ…」

咄嗟に由麻を庇い、その背を鎌が切り裂こうとした瞬間、

(ガキイイン!)

釜を受け止めたのは玩具のような、しかし重厚な存在感を放つ塔盾だった。


「メ゛エエ!『シールドバッシュ』!」

白銀が掲げた塔盾の山羊のエンブレムが輝くと、光と共に発生した衝撃波がクルセイド・センチビートを大きく吹き飛ばす。

(ズガン!ゴシャッ!)

「ギイイッ!ギッ!ギッ!」

衝撃波はこれまで全くダメージの通らなかったその甲殻に罅を入れ、その巨体を弾き飛ばし、岩肌に打ちつける。


(うおっ)

(あの硬い甲殻を砕いた?)

(どう見ても玩具なのに…)

(見た目はともかく、性能は本物準拠なのか?)

(神聖属性付与のお陰じゃね?)

(信じられない…私も『聖属性付与』なら使えるけど)

(お、高僧ネキ)

(そこは聖女とかシスターじゃないの?)

(仏教系なので)

(それでも尼僧じゃないとおかしくね?)

(私に聞かれても…システムに聞いてちょうだい)

(待て、尼さん…だと?)

(それはそれで…)

(エロい)

(ガタッ)

(ガタッ)

(ガタッ)

(座れ!それどころじゃねえだろ!)


更に、白銀が張り巡らせた神聖魔法『聖域サンクチュアリ』の聖なる力に満ちた領域が、その身に纏った毒々しい瘴気を浄化していき、苦しそうにのたうつクルセイド・センチビート。

「ギッ!ギガアアアア!ギイイッ!」

「委員長!ありがと!下がって!」

転びかけた委員長を抱きかかえて助け、由麻ちゃんと共に下がらせる。

「ふあっ………あ、あのカナちゃん…」

「大丈夫、後は任せて」

「……はい(ポッ)」


(…おっ)

(…おっ)

(お姫様だっこ…)

(てえてえ…)

(百合でござるか!)

(ブヒ!)

(百合萌え豚は帰ってもろて)

「いいんちょ、雌の顔してる〜」

「あれは…堕ちたね」

(wwww)

(wwww)

(ユマちゃんエマちゃん、そのロリボイスでそういうこと言うのは…)

(やめなさい)

(たすかる)

(いいぞもっとやれ)


なぜだか顔の赤い委員長とニヤニヤしている双子を下がらせる…いや、うん、確かに委員長、何だかやけに色っぽいんだけど。

…ひょっとして半吸血鬼ダンピールになったせい?


「キシャアアアア!『死鎌の断裂』!」

(ジャカカカカカッ!)

ひび割れた甲殻から体液を撒き散らしながら、そんな事は気にも止めぬと身体を捻り、巨大な牙を奮って飛びかかってくるクルセイド・センチビート。

「煌!紅蓮!」

(スウウ…キュバッ!)

「ガウウ!『紅蓮拳吼』!」

(ゴオオン!)

だがそれを煌のブレスと紅蓮の拳が迎撃する。

「ギシャアアアアア!」

(バキバキバキ!ブシャアアア!)


「よし!とどめだ!……スウウ」

思いっきり胸を膨らませて、周囲の空気を…いや、大気中の魔素を集め、自分の中の魔素と反応させ、属性を与える。

煌のブレスを何度も見ていてようやく正しい吐き方が分かったよ、これが本当の…

「『竜の息吹ドラゴンブレス』!」

(ドカン!ビシャアアアアン!)

僕の口から、白銀の魔法で神聖属性を付与されたかみなり…いや神鳴かみなりのブレスがこれまでの倍ほどの太さで解き放たれ、轟音と共にクルセイド・センチビートを貫いた。


「ゴッ!ガガッ!ギチギチッ!」

全身の甲殻を煌と紅蓮に砕かれ、僕のブレスを受けたクルセイド・センチビートは半ば黒焦げになり、断末魔の痙攣をしている。

(百足の黒焼きって漢方があったな…ヤモリだっけ?流石にもう死ぬと思うけど…いや、光る砂になるまでは油断するまい)

一応、いつまた復活して来てもいいように、油断せず絶命するのを待つ。

すると暫くして、完全に動きが止まると同時に、あの不思議な声がボス討伐の完了を告げ始めた。


≪"ゴーレムダンジョン"のボスの討伐を確認しました──ジジ─Error─ボスが従魔化された為、《繰生 奏》のクリア報酬は《魔導人形ぬいぐるみ》となります≫

≪《善家 志恵》《百井 由麻》《百井 絵麻》にクリア報酬が渡されます》≫


(よかった、なんとか倒せたのか)

どうやら本来は倒さないといけないはずのボスを従魔にしてしまった事で、何かエラーが発生したらしい。

僕のクリア報酬が白銀のぬいぐるみということになってしまったようだ。

まあ僕は白銀が仲間にできたから満足だし、委員長達の方は問題ないみたいだからそれでいい。


≪裏ボス討伐により特別報酬が与えられます≫

≪ボス及び裏ボス討伐により、ダンジョンはこれより初期化されます≫


≪ボス討伐に─ジジジジ──よ─り─転送─魔法陣──『にが…さぬ』≫

≪Error─Error─Emergency─Emergency─ダンジョン外からの違法なアクセス──検知──≫


「え?」


(え?)

(え?)

(なにこれ)

(システムメッセージが文字化け───)

(ブツッ)


リスナーさん達のメッセージを流し続けていたダンジョン・アイが回線が切断された音と共に停止し、フラフラと着陸する。

「なっ!」

≪『にが…さぬ…と言った』≫

(ヴイイイイイン)

光る砂となって崩れ始めていたクルセイド・センチビートの亡骸の下に何処かで見たような禍々しい魔法陣が浮かび上がる。


≪─警告します─本システムへのクラッキングは犯罪です─すぐに停止を勧告─『黙っておれ、回廊に住み着く寄生虫如きが…誰に物を言うておる』≫


(なんだ?声が2つ…言い争ってる…のか?)

魔法陣は百足の亡骸を吸い込み…そこから別の何かが浮かび上がる。


─それは女性の上半身と百足の下半身を持つ怪物だった。

ただ、大きい。

クルセイド・センチビートも10mはある巨体だったが、こちらはちょっとした山程のサイズがある。


≪─ピピピ─探索者繰生 奏に当該犯罪者の情報を開示します─≫


名称: 魔蟲神の影

属性: 闇/毒

分類: 魔獣(超大型)

出現場所: 呪われた沼沢地、奈落の蟲窟、崩壊した聖堂の地下

レア度: ★★@〜…〒★★★(Error:推定★★★★★★★★/エピック)

ドロップ品: 毒輝石、死神の鎌刃、呪蟲の外殻、奈落の魔液

加護: 魔蟲神アチュアトル

解説:魔蟲神の影は、百足の神アチュアトルの分魂が不完全な形で現世に顕現した恐るべき存在。

その姿は、息をのむほど美しい女性の上半身と、無数の節足がうごめく巨大な百足の下半身が融合した異形の魔獣。

女性の上半身は絹のような白い肌と蠱惑的な微笑みをたたえ、長い黒髪が闇に溶け込むように揺れるが、下半身は硬質な甲殻と鋭利な鎌状の肢で構成される。

全身を覆う半透明の黒い霧は触れる者を腐敗させる毒素を放出し、近づく者を幻惑する。

しかし、この顕現は不安定で、長時間の維持が不可能。戦闘が長引くとその姿は揺らぎ、黒霧が薄れ、肉体が徐々に崩壊し始める。

この不安定さは魔蟲神の完全な力を現世に投影できない呪い、あるいは意図的な制限とされる。

出現場所は魔蟲神の影響が色濃い呪われた沼沢地、奈落の蟲窟、崩壊した聖堂の地下で、群れを率いる個体も確認されている。

戦闘では、百足の下半身で高速に移動し、毒霧や腐敗液を広範囲に撒き散らし、鎌刃で敵を一掃。女性の上半身は甘美な声で呪文を紡ぎ、精神を侵す幻覚毒を分泌して戦意を喪失させる。

この魅了効果は特に強力で、未熟な冒険者はその美貌に惑わされ命を落とす。

物理攻撃への耐性が極めて高く、聖属性や炎属性の攻撃でなければ有効なダメージを与えるのは困難。不完全な顕現ゆえに、時間を稼げば自滅する可能性もあるが、その前に壊滅的な被害を受ける危険が高い。

伝承では、魔蟲神の影はアチュアトルの意志を代行し、文明を腐敗させるために送り込まれるとされる。

その美貌と恐怖の両立、そして不完全な存在ゆえの儚さは、神の試練か誘惑かを巡る議論を呼んでいる。

ドロップ品の「奈落の魔液」は強力な呪術素材だが、扱いを誤ると使用者の命を奪う。

討伐には精鋭パーティ、解毒手段、精神防護、そして時間管理の戦略が不可欠である。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る