第30話 異空間
─気がつけばそこは、先程まで居たゴーレムダンジョンではなくなっていた。
山肌はいつの間にか暗く深い洞窟の岩肌へと変わり、洞窟の中には朽ちた神殿跡らしい建物が建っている。
そしてその神殿の朽ちた柱の間を無数の足を動かしながら、百足の下半身を持つ巨大な女性がするすると近づいて来たかと思うと、腕を組み、奏を睥睨する。
(ジャララ…)
(…でかい、そ、それに…この圧力…)
(これは…まずい、僕では、勝て、ない)
勝手に震え出す身体を我知らず抱きしめる。
魔蟲神の影の姿は、息を呑むほどに妖艶で矛盾に満ちた存在であった。
上半身は豊満な美女そのもの――滑らかな肌は月光を反射し、流れるような黒髪が背を覆い、深紅の瞳が獲物を絡め取るように誘う。
彼女の曲線は完璧なまでに女性的で、豊かな胸元とくびれた腰は、見る者の心を狂わせるほど魅惑的だ。
指先は繊細で、まるで絹を紡ぐように空気を撫で、微笑みは同時に甘美で危険な毒を孕んでいる。
─だが、その下半身は悍ましい異形の極致である。
美女の腰から下は、黒光りする無数の節を持つ巨大な百足がうねる。
無数の脚が地面を掻き、節ごとに蠢く甲殻は、まるで生き物そのものが別の意志を持つかのように脈打つ。
硬質な装甲は鈍い金属音を立て、尾部は鋭い毒針で終わり、滴る毒液が地面を焦がす。
美女の優雅な仕草と、這うような不気味な動きの対比。
それは、見る者の本能に恐怖と魅惑を同時に植え付ける。
(SAN値チェックとか必要かな…それにしても)
(見てるだけで、何もして来ない…?何故?)
(ただ腕を組んで…何か考えているような…?)
(まいったな…委員長達も心配だし、逃げ…たいけど、逃がしてくれるかどうか…)
(…………ギロッ)
どうしたものかと考えていると、突然、魔蟲神の影が目を見開く。
そして、その巨大な手が奏を掴もうと伸ばされる。
(…ズオッ)
「うわああっ!」
慌てて翼を拡げ、空中へと逃れる。
逃すまいと追ってくる巨大な掌から必死に飛び回って逃げていると、どうやら諦めてくれたのか、不思議そうに掌を見る魔蟲神の影、そして、
「ククッ……はーっはっは!なるほど成る程、我が分霊の1体が討たれたのを感じて顕現してみれば…随分と懐かしい顔を見るものよ」
「しゃ、しゃべったああ!?」
…これまでにモンスターと会話が成立した試しなどない。
「何を驚くことがある?影とは言え妾は神の一部…回廊の寄生虫共の定めたルールに従ってやる義理など無いわ!」
(ドバッ!ジャララララッ!)
魔蟲神の影がそう言って手を振ると、その影の中から無数の黒い百足達が溢れるように出現すると、奏の身体に纏わりついてがっちりと拘束してしまう。
(ギチ…ギチ…)
「あっ!」
「…捕まえたぞ」
空中に固定された奏に巨大な顔を近づける魔蟲神の影。
(ひええ…でかいでかい!怖いって!)
「ふむ?これでは少々話しにくいな…どれ」
(パキッ)
魔蟲神の影が小さく指を鳴らす。
すると、ふいにその輪郭が縮こまり、凝縮する。
空気が軋むような圧迫感の中、影は一瞬にして人の形を結んだ。
そこに立つのは、百足をモチーフとした着物を纏った、和風の少女だった。
長い黒髪は墨のように滑らかで、肩から腰まで流れている。
金色の眼は鋭く、まるで獲物を捉える虫の視線のように冷たく光り、着物は深い黒を基調とし、黄金の糸で緻密に描かれた百足が裾から袖まで這うように広がっている。
文様はまるで生きているかのように蠢き、布の上で緩やかに動く。
少女の唇には不敵な笑みが浮かぶ。
自信と嘲りに満ちたその表情は、どこか人間離れした傲慢さを漂わせていた。
「これでよいかな?」
と、彼女は低く囁く。
声は甘く、しかし底知れぬ毒を含んでいる。
「え?…え?」
「ふふふ、人の姿をとるのも随分久しぶりじゃ。この不自由さもたまにはよい…どれ」
そう言うと、いきなり奏の纏っている服…クロスビーストの龍嵐に手をかける。
「ちょっと!?」
「…む?これは、どうなっておるんじゃ?ハイカラな服じゃのう?」
「LuLuLun!」
服の構造がわからないのか、あちこち弄り回してどうにか脱がそうとする魔蟲神の影、そうはさせまいと抵抗する龍嵐。
「む?此奴魔物の類か?…おい、此奴に脱げるように言え、さもなければこのまま破るぞ!」
そう言いながら、指先から伸ばした赤い爪を龍嵐にかける。
「や、やめて!わかったから!…龍嵐」
「LuLuLun……」
不服そうな龍嵐だったが、なんとか説得する。
いくら『リペア』で直せると言っても、ビリビリに破られたらどうなるかわからない。
せっかく皆で作ったのに、破られたら困る。
「はようせい!胸元を見たいだけじゃ!傷つけはせん!」
不承不承ながら、胸元をはだけさせる龍嵐。
そこには無色透明の球体…竜崎先生の言うところの、『無色の
「………ふふふ、やはり、無色透明…」
何がそんなに嬉しいのか、満面の笑みを浮かべてその竜核を見る。
「ふふ…震えておるな?安心せい、痛くはせぬゆえな…」
(ペロッ)
「ひゃんっ!」
いきなり竜核に舌を這わせ、異様に長い舌でチロチロと表面を舐めまわす魔蟲神の影。
「やっ…やめ…あ…あ…」
(や、やああ…くすぐったい…)
「ふふふ、妾の媚毒はよう効くじゃろう…?」
魔蟲神の影が舌を這わした跡が熱い。
身体の奥底から、今迄に感じたことのない、甘い疼きが湧き上がってくる。
「ふぁっ!や、やめ、あうっ!」
「ふふ、ここがよいのか?それとも…此方かな?」
「あっ!あっ!だめ、だめ、やめて、やだっ」
(ガクガクガク…)
「……はーっ、はーっ」
初めての感覚に翻弄され、魔蟲神の影に散々に弄ばれ、息も絶え絶えの奏。
「可愛いのお…昔はよくこうして遊んだものじゃ、それでよく我らの父神、天蒼竜神オオアマツソウリュウ様にこっぴどく怒られたものよ…まだ思い出さぬか?」
「ち、父神…?オオ、アマツ…?」
「…まだ無理か、流石にまだ幼すぎるかのう」
「さて、どうするかのう、このままもう少し育つまで飼ってやってもよいが」
そう言うと、これ迄はどこか優しげですらあった顔が嗜虐的な微笑みに変わる。
「…ひっ」
「ふふふ、なあに、すぐに自分からおねだりできるように仕込んで……む?」
(ギュインギュインギュイン──カッ!!)
洞窟の暗闇を引き裂いて放たれる月光のような一条の光。
「…ほう?これはこれは…」
(パタパタパタパタ)
「ミャアア!」
洞窟の暗闇の中を飛んできた小さなドラゴン、煌が次々と光のブレスを放ち、魔蟲神の影を撃つ。
(カッ!カッ!)
その攻撃をひらひらと躱す魔蟲神の影、だが奏の傍を離れた隙をついて、近付く影が二つ。
「ガウウ!『火炎爪』!」
「メ゛エエ!『大回復』『解毒』『解呪』『浄化』!」
紅蓮の炎の爪が影の百足達を焼き切り、白銀の魔法が奏の傷を癒し、毒と呪いを消し去っていく。
「う…煌?紅蓮、白銀…」
この場所に移動した時には居なくなっていた僕の
(でも、この子達がここにいるということは…委員長達は?)
「姫様、御三方なら、救助隊に保護されております。心配はございませんぞ」
「そう、よかった…ん?今喋ったのって…」
「私です」
そう言って綺麗にお辞儀をして見せるのは、山羊の
「……喋れるの!?」
「はい、自分でも驚きですが…神呪が解けた故ですかな?」
(マジか…しかもやけにイケメン風の凛々しい声)
可愛い羊のぬいぐるみからイケメンなバリトンボイスが聞こえて来る…違和感が凄い。
「姫様、今はそれより…」
「…そうだった」
「ガウウ…」
…ごめん、決して状況を忘れたわけじゃないんだ。
ただちょっと現実逃避がしたかったというか。
(うう…まだベチャベチャする…なんなんだあの神様…)
そ、それに…僕もなんであんな声を…。
(わーっ!知らない!もう忘れた!忘れたから!)
思わず頭を掻きむしって記憶を消そうとするが…どうにも消えそうもない。
「うう…トラウマになりそう」
「姫様、お疲れのところまことに申し訳ないのですが…兄者から伝言がございます」
兄者って…煌のこと?いつの間に義兄弟の盃を交わしたの君達。
「あの『魔蟲神の影』は強力です。ですが自分は先程、『リアライズ』を使ってしまった故、
…
「それ故、我がかの神影を引き付けている間に、紅蓮と白銀を『リアライズ』させよ…と。それでようやく、かの神影と拮抗できようと仰っておられました」
「2人いっぺんに!?ま、魔力が持つかなあ…
煌1人でも相当重たかったのに」
実際、煌を『リアライズ』させていられたのって、賞味十分もなかったんじゃないかな。
「はい、それ故に…
「…これを?」
今も胸元に輝く無色透明の球体に手をやる。
「兄者によれば…『その竜核は無尽蔵の魔力を生み出す竜の器官、正しく用いれば2人だろうと3人だろうと、或いは軍勢であろうと賄うことができます。今の姫様はまだ竜核を励起させておられぬだけです』」
『
「『集中しなされ。竜にとって
(できて当然…当たり前のこと…心臓の鼓動…)
(トクン…トクン…トクン)
胸に手を当て、心臓の鼓動を聞く。
すると、鼓動に隠れるように小さく脈動する音。
(トッ…トッ…トッ…ドッ…ドクン…ドクン)
その音に集中すると、小さな脈動が段々と大きくなっていく。
(うう…熱い、何か、熱いものが血管を流れてる…)
「……ひ…めさま!姫様!もう十分です!」
「え?あっ…」
(ゴオッ!コオオオオ!)
白銀が僕を呼ぶ声に目を開けると、無色透明だった竜核にいつの間にか光が灯り、濁流のように輝く魔力がドバドバと溢れ出している。
それでいて、魔力が枯渇しそうな感覚は全くない。
「これなら…行くよ白銀!紅蓮!」
「応!」
「ガウウッ!」
「縫い目の奥に眠る記憶よ、布に宿りし無垢な魂よ。編まれた絆、愛の欠片、今ここに真実を紡げ。
我が声に応え、形を超えて息吹け!『リアライズ』!永遠の顕現を今、解き放て!」
聖句と共に出現した魔法陣が紅蓮と白銀を包んで行く。
瞬間、紅蓮の周囲に鮮烈な深紅の光が渦を巻き、炎がざわめく。
白銀の周囲に白い光が瞬き、光が爆発する。
ぬいぐるみの赤と白のフェルトが震え、縫い目が光の糸となって解けるように輝き出す。
深紅のガラスの目は燃えるように赤く燃え上がり、黄金のガラスの目をは煌々と輝く。
光が収束する刹那、紅蓮と白銀の小さな体が膨張し、布の質感が肉の身体へと変貌する。
名称: ドラゴニック・シルヴァーゴート・パラディン
属性: 光/鋼/竜
分類: 竜聖騎士(超大型)
出現場所: 聖騎士の古戦場、輝く深淵の最深部、竜神の聖域
レア度: ★★★★★★★(レジェンダリー)
ドロップ品: 竜銀の聖鎧片、巨斧槍「竜罰の裁断」、塔盾「不滅の竜守」、聖竜の輝結晶、竜姫の加護鱗
加護:竜姫カナデの加護
解説:ドラゴニック・シルヴァーゴート・パラディンは、竜姫カナデの加護を受け、シルヴァーゴート・パラディンが竜の因子を得てランクアップした究極の姿。
白銀と竜鱗が融合した神聖な鎧に身を包み、竜の力を宿した巨斧槍と塔盾を操る。
光、鋼、竜の三属性を融合させ、破壊力と防御力を超越した存在感を放つ。
戦闘では、竜の息吹を纏った広範囲の薙ぎ払い攻撃「竜聖の裁き」や、光と竜の力を融合させた衝撃波「聖竜の雷吼」を放ち、敵を殲滅する。
塔盾「不滅の竜守」は、あらゆる攻撃を吸収し、竜の咆哮を伴うカウンター「竜輝の加護」を発動。
竜の因子により、飛行能力と炎や雷を操る攻撃を新たに獲得し、空中からの急襲や広範囲の爆炎攻撃「竜姫の怒り」を繰り出す。
知能はさらに高まり、敵の戦術を瞬時に分析し、竜の直感で最適な戦法を選択する。
単独行動を好むが、竜姫の加護により、召喚した竜魂の分身を従えて戦うこともある。
その鎧は竜姫の祝福と神聖な力で強化され、破壊は事実上不可能。
ドロップ品の「竜銀の聖鎧片」は、伝説を超える防具や武器の素材として極めて貴重。
「巨斧槍『竜罰の裁断』」は、ダンジョンそのものを粉砕するほどの威力を持ち、竜の魔力を帯びた一撃は空間すら切り裂く。
「竜姫の加護鱗」は、装備者に竜の耐性と再生力を与える至宝。
性格は高潔かつ威厳に満ち、竜姫への忠誠心から卑劣な者を許さず、挑戦者を試すために全力を尽くす。
伝説では、ドラゴニック・シルヴァーゴート・パラディンは、竜姫カナデに選ばれし聖騎士の化身であり、ダンジョンと竜神の聖域を守護する永遠の守護者とされている。
名称: ドラゴニック・レッドオーガ
属性: 火/竜/混沌
分類: 竜人型モンスター(超大型)
出現場所: 火山地帯、竜炎の深淵、古代の戦場跡、竜神の溶岩殿
レア度: ★★★★★★☆(レジェンダリー)
ドロップ品: 竜紅の烈角、灼熱の血晶、竜炎の皮革、レア:巨戦斧「竜焔の断砕」、竜姫の炎鱗
加護:竜姫カナデの加護
解説:ドラゴニック・レッドオーガは、竜姫カナデの加護を受け、レッドオーガが竜の因子を得てランクアップした圧倒的な存在。
赤黒い竜鱗に覆われた巨体は、火と竜の力を融合させ、炎を纏った筋肉から繰り出される攻撃は破壊そのもの。
竜の形質により、背に翼を生やし、短時間の飛行や滑空を可能とする。
戦闘では、巨大な戦斧を振り回す豪快な近接攻撃に加え、竜の息吹を放つ「竜炎の咆哮」で広範囲を焼き尽くす。
炎と混沌の力を組み合わせた「混沌の業火」は、敵を混乱させつつ継続的なダメージを与える。
さらに、竜の因子により、自身を一時的に強化する「竜血の覚醒」を発動し、攻撃力と耐久力を飛躍的に向上させる。
知能はレッドオーガよりも向上し、戦術的な判断力を持つ。
単独で行動する場合が多いが、竜姫の加護により召喚された炎の精霊や竜魂を従えることもある。
敵の弱点を鋭く見抜き、特に氷や水属性の攻撃にわずかに反応するが、火耐性はほぼ完全。
ドロップ品の「竜紅の烈角」は、火と竜の魔力を宿した武器や防具の素材として極めて貴重。
「灼熱の血晶」は、魔力増幅や強力なポーションの材料として重宝される。
「竜炎の皮革」は、炎と竜の耐性を持つ最高級の防具素材。
「巨戦斧『竜焔の断砕』」は、一振りで火山を裂くほどの破壊力を持ち、まれに炎の衝撃波を放つ。「竜姫の炎鱗」は、装備者に竜の再生力と火耐性を付与する至宝。
性格は獰猛かつ誇り高く、竜姫への忠誠から敵に対して一切の慈悲を示さない。
伝説では、ドラゴニック・レッドオーガは竜姫カナデに選ばれし戦士の魂が宿った存在とされ、火と混沌の領域を守護する不屈の闘士として恐れられる。
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