第19話 ラスボスとの会話

「さて……アルガくんと話をする前に」


 魔国ブフードのトップ、ゲルトの顔がナディアの方を向く。

 見られたナディアは、その圧倒的な威圧感に小さく「ひっ」と声を漏らした。


「ナディアくん、君はどうやら己の欲望に負け、魔国ブフードの崇高な理念を忘れてたかが一貴族に従っていたようですね」


 ゲルトの口調は淡々としていて、特に激しい怒気をはらんでいるというようなことはない。

 しかしその平静が、かえって相手に恐怖心を抱かせる。

 事実、ナディアは蛇に睨まれた蛙のように身体を震わせていた。


「で、ですが、アルバンも“五星”の一角。私が正面から戦って敵うような相手ではなく……」

「おやおや。敗北によって醜態をさらしておきながら、この期に及んで言い訳ですか。君は魔国ブフードの幹部たちや、あるいは王である私ですらもアルバンに敵わないと? それとも、私たちのことを仲間を助けることのない薄情者だと言いたいのでしょうか」

「い、いえ……! 決してそのようなことは!」

「ナディアくん、君には何かしらの処分が必要なようです。追って伝えます」


 冷たく言ってから、ゲルトは俺の方に向き直る。


「見苦しいところをお見せしましたね」

「いやいや。それで闇の帝王が俺に話したい要件とは何だ?」


 いつの間にか、ビアンカだけでなくエルザも俺の背後へと移動している。

 先ほどのビアンカへの一撃を見て、明らかにこいつはやばいと察したのだろう。

 俺はその場にいる全員を庇うようにしながら、ゲルトと対峙する。


「明らかに没落寸前だったキルシュライト家が復活。聞こえてくるのはフローラという少女の良い評判ばかりでしたが、まがりなりにも当主は君です。どうにも気になって様子を見守っていたのですが、どうやら君は世間が思っている以上の傑物のようですね」

「わざわざそんなお褒めの言葉を伝えにここまで来たのか?」

「おっと、対話の第一歩、礼儀として褒めてみたのですが、あまりお気に召しませんでしたか」

「いきなり人に槍投げつけてきた奴が礼儀とか言ってんじゃないわよ……」


 俺の背後で、ビアンカがぼそりと呟く。

 どうやら先ほどの攻撃を受けて、ゲルトに直接堂々と言う勇気はないらしい。


「はぐらかすつもりなら、こちらから話をするぞ。お前もきっと、彼女には興味を持つはずだ」


 俺はそう言いながら、後ろのエルザを指す。

 急に会話に登場させられたエルザは、慌てて俺の肩を掴んだ。


「ちょっとちょっと、急に巻き込まないでよ」

「案ずるな。別にゲルトも、今すぐお前を取って食うようなことはしない」

「今すぐってことは……いつかはあり得るって意味に聞こえるんだけど」


 ゲルトがここへ来た本来の目的は、おそらく俺とアルバンの戦いの勝敗を見届けた上で、俺が勝利した場合は直ちに接触することにあった。

 しかし、この状況でゲルトの思い通りに話を進められてしまい、下手に俺のあれこれを探られるのはどうしても避けたい。

 だからこそ、ゲルトがこの場へやってくる可能性に備えて、気を逸らすのに格好のエサを用意しておいたのだ。


「これはこれは……。まさか『略奪』のエルザですか。二十年前に少しだけ噂になった盗人ですね。消息を絶ったと聞いていましたが、まさか生きていたとは」

「えー、私のこと知ってるの?」

「もちろんですとも。君の深淵魔法【神速の略奪者】には、非常に興味があります」

「私ってより、深淵魔法に興味、ね」


 いつも通りの調子で言い返すエルザだが、俺の肩を掴んだままの手は微妙に震えている。

 そんな強がらなくたっていいのに。


「ゲルト、お前はきっとエルザその人にも興味を持つぞ。何せ彼女は『大賢者アーデルベルトの手記』の一部を持っている」


 俺が特大の情報を伝えた途端、それまで風のない湖面のようにぴたりと凪いでいたゲルトの魔力が、小刻みに揺れた。

 仮面の下の表情は見えないが、動揺していることは間違いない。


『大賢者アーデルベルトの手記』は、一定以上の魔法の知識があるものなら、誰もがその価値を知っている書物。

 気絶しているアルバンとクルトはともかく、ビアンカもナディアも超機密事項レベルの情報に唖然とする。

 そして同じように、エルザもまた動揺していた。


「ちょっと? 何をべらべらと喋っちゃってるのかな、君は」


 やや怒っているようにも見えるエルザに、俺は本当に小さな声で耳打ちした。


「悪いが、ゲルトのペースで話を進めさせず、かつこの状況で全員が生きて帰れる最善策だ。エルザ、お前の身の安全は俺が保証する」

「生きて帰れるって……最初からこの仮面男、戦う気はないって言ってたよ?」

「闇の組織の王の話を信じきってどうする。もしあいつの気が変わったら、簡単に戦いになるんだぞ」

「……」


 もしこの場でゲルトと戦うことになったとして。

 エルザやビアンカを守りながら勝つなんてことは、はっきり言って不可能だ。

 いくらアルガの持つ才能が凄まじく、俺が努力を重ねてきたとはいっても、相手は正真正銘最悪のキャラであるラスボス。

 原作知識によって相手の情報が筒抜けだったとしても、ゲルトを圧倒して上回れるだけの力を持っていなければ何の意味もない。

 まだ、こいつと戦うには早すぎる。


「もし仮にエルザくんが『大賢者アーデルベルトの手記』を持っていたとして……良いのですか? そんな貴重な情報を、明らかに味方ではない私に開示して」

「ああ、構わない。お前ら魔国ブフードはまだ、【神速の略奪者】の能力で保管されている書物を奪える段階にまで達していないからな」

「……!」


 エルザの魔法【略奪倉庫】の中にある手記には、何人たりとも手出しすることができない。

 いわば鉄壁のセキュリティが施された保管場所だ。

 まあ、原作のストーリーが進んでくると、その鉄壁にも綻びが生じてくるんだけど……今はまだ“本編”が始まってすらいないからね。


 そしてもし今エルザを殺してしまえば、【略奪倉庫】の中のものは全て消滅する。

 つまり全部で四巻ある『大賢者アーデルベルトの手記』がすべて揃うことは、二度となくなってしまうのだ。

 魔国ブフードも、手記を全巻を手に入れようとしている以上、決してエルザを殺すことはできない。


「これは少し想定外ですね。アルガくん、君はどうやら私が思っていた以上に大きな存在のようです。まさか魔国ブフードの内情にまで通じているとは」

「ちなみに、俺を殺してエルザだけを連れ去るなんてことも、考えない方が良いぞ。俺が死ねばエルザも死ぬように、魔法で契約してあるからな」


【生命繋鎖】。

 互いの生命を魔力の鎖でつなぎ、片方が死ねばもう片方も死ぬという半ば呪いに近い魔法だ。

 初耳の話に、エルザが怪訝な顔をする。

 まるで口から出まかせやめろとでも言いたげな顔だ。

 そんな彼女の右肩を俺は黙って指差す。

 釣られてエルザが肩を確認すると、そこには魔法の紋様が浮かび上がっていた。


「えーっと、いつの間に? あー、さては、さっき耳打ちした時にやったね? 気持ち悪」


 エルザは観念したように、軽く肩をすくめる。

 さっきまであった震えは止まり、今は不思議と落ち着き払っているのだから、やはり彼女の胆力には目を見張るものがあるね。


「もしかして君は、私がここへ来ることも見越していたのですか?」

「可能性としてはあると思っていた。できることなら、面倒だし会いたくはなかったが」

「そうつれないことを言わないでください。ただ、どうやらこの状況では君に少し分があるようです。戦力うんぬん以前に、私が戦おうにも戦えない状況に持ち込んでいる。まあ、そもそも戦うつもりはありませんでしたが、さすがにこれ以上お話しても……」


 ゲルトは途中で話すのをやめると、こめかみにそっと手を当てた。

 どうやら魔力を使った特殊な念話で、遠く離れた誰かと交信しているらしい。

 しばらくの沈黙の後、更新を終えたゲルトは再び口を開いた。


「失礼。部下のバルタザールという男からでした」


 ――バルタザールか。あのホストみたいな見た目の女たらしチャラ男ね。


 俺の脳内に、軽薄でヘラヘラした態度のキャラが浮かんでくる。

 魔国ブフードの最高幹部バルタザール。

 すんごい個人的な話だけど、キャラとしては何か憎めなくて嫌いじゃないんだよな、あいつ。


「ひとまず今日のところは引いておきましょう。ああ、それからナディアくん、君への罰をちょうど考えつきました」

「は、はい。何でしょうか」


 再びゲルトから視線を向けられ、ナディアの身体が硬直する。

 そんな彼女にゲルトは言った。


「おそらく君は、そこのアルガくんの諸々の手続きが終われば投獄されるでしょう。そこから脱獄してきなさい。無事に戻ってきた暁には、改めて魔国ブフードの国民として認めてあげます」

「わ、分かりました……」


 わずかながら、ゲルトが自分を解放してくれるんじゃないかという期待を抱いていたナディアは、予想していなかった罰にしゅんとする。

 必要なことを伝えると、ゲルトはくるりと反転して森の向こうへと一歩踏み出した。

 そしてふと思いついたように足を止め、背中越しに俺へと問いかける。


「アルガくん。君はいったい、何になろうとしているのですか?」


 俺はただ、アルガ・キルシュライトというキャラが引き起こすすべての破滅フラグを回避し、生き延びたいだけ。

 でも、口で言うほど単純なことじゃない。

 破滅フラグを回避しようと起こした行動を起こせば、それがまた別の危機を引き寄せる。

 それにもし、ゲームで言うハッピーエンドを迎えたところで、そこでこの世界が終わるわけじゃない。

 その先もずっと、俺の生活は続いていく。


 だから俺が生き延びる術はただひとつ。

 どんな破滅フラグも、原作ストーリーも、世界の運命さえも壊滅させられる最強の男であることだ。

 それは言ってみれば――。


「神、みたいなものかな」

「おやおや。傲慢だという噂だけは、本当だったようですね」


 仮面の下で曇った笑い声を漏らしてから、ラスボスは夜の闇の中に姿を消した。

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