第18話 クリストフvsディルク②&ラウラvsバルタザール①

『荒野の狼』のアジト。

 ディルクとバルタザールに挟まれ、さすがのクリストフも窮地に陥っていた。

 騎士たちも援護しようとするが、特にバルタザールの戦闘力は凄まじく、ひたすらダメージだけが蓄積していく。

 予期せぬ強力な味方を得た盗賊たちは、一段と活気づいた。


 ――ディルクひとりが相手なら、十分に勝算はある。ただバルタザールはあまりに格が違い過ぎる……!


 必死に剣を振るいながら、クリストフは何とか策を考えようとするが、絶望的な力の差に打開する手段が見つからない。

 もしクリストフ以外の騎士が全員で束になってかかっても、バルタザールを倒すことはできない。

 それほど、この戦場におけるバルタザールは圧倒的な存在だった。


 ――アルガ様がこの場にいれば……いや、アルガ様が信じて任せてくださったこの戦場! たとえ相討ちになろうと成果をあげなくては……!


 心は折れていない。

 しかし策もない。

 クリストフがパンクしそうな頭を必死に回転させていると、突如として遺跡の内部から爆音が響き渡った。

 次いで異常なまでの魔力が放出される。

 バルタザールが現われた時のように、再び戦場の時間が一瞬止まった。


 ――この魔力の持ち主が味方ならば、勝ち筋が見えてくる。しかし敵なら、その先にあるのは死だけだな。


 一周まわって冷静になり始めるクリストフ。

 そんな彼が見上げる遺跡の上層部から、壁を破って魔力の持ち主――ラウラが飛び出してくる。

 月が輝く夜空を薔薇の翼を広げて飛ぶ彼女の姿は、まさに妖艶そのもの。

 ラウラは眼下の戦場を見下ろすと、よく通る落ち着いた声で言った。


「あら? バルタザールじゃない」

「おいおい、『血薔薇』じゃないか」


 ラウラを認識したバルタザールは、思わぬ人物の出現に愉快そうな顔をする。

 その間に、ラウラは素早く戦況を分析して自分のすべき行動を見極めた。


「キルシュライト家の『覇戦騎士団』団長、クリストフね。そこの爆発大好きお坊ちゃんは、私が引き受けてあげるわ。騎士団は引き続き、盗賊団の制圧に専念しなさい」

「上等じゃん。やってやるよ」


 ラウラの挑発に乗って、バルタザールは勢いよく空中へと飛び上がる。

 二人が遺跡の屋上に当たる位置で相対すると同時に、地上ではこれを好機と捉えたクリストフが騎士たちを鼓舞する声を上げた。


「『覇戦騎士団』の騎士たちに告ぐ! バルタザールによりダメージを受けた者は回復を最優先に! 戦える者は、今のうちに盗賊団を全員残さず制圧しろ!」


「うおおおおお!」

「何かよく分からんけどあの爆発野郎がいないならいける!」

「形勢逆転だ!」


 勢いづく部下たちを背に、クリストフは再びディルクと向かい合って言った。


「さあ、終わらせるぞ」




 ※ ※ ※ ※




 遺跡の屋上。

 辺り一帯が激しい魔力で満ち、空気がビリビリ震えるのとは対照的に、対峙した二人の顔には愉し気な笑みが浮かんでいた。

 いつでもおちゃらけた態度を崩さないバルタザールと、戦いが何よりの楽しみである戦闘狂のラウラ。

 互いに強敵と認識する相手を前に、たぎる感情が笑顔になって二人の顔を満たす。


「グリムドア帝国から姿を消したとは聞いていたが、まさかこんなところで出会うとはな」

「私のもうひとつの人格が、あそこにいるのに疲れちゃったみたいなのよ。それで出身であるこの国に帰ってきたら、盗賊団に捕まっちゃったみたいだわ」


 ラウラはもともと、『無限の運命』の舞台であるレドギラ大陸最大の国、グリムドア帝国のお抱え魔術師だった。

 グリムドア帝国は軍事的にも経済的にも最強の国であり、そこのお抱え魔術師というのは非常に高い地位を持っている。

 いわばエリート中のエリートというわけだ。

 ちなみに、バルテイ王国の王宮へ手紙をよこした魔術師『運命』もまた、グリムドア帝国の魔術師である。


「あなたこそ、魔国ブフードの最高幹部がどうしてこんなところに?」

「俺はかわいいナディアちゃんがいるって聞いてきたんだけどな。どうやらナディアちゃんいないみたいだし、仕方ないから騎士でもぶっ飛ばすかと思ったんだけど……」


 バルタザールは一度言葉を切ると、まっすぐにラウラを指差して言った。


「いまいち騎士どもは張り合いなかったんだよね~。あんたなら楽しめそうだ」

「ふふふっ。それならせいぜい楽しんで、私のことも楽しませてちょうだい」


 先に動いたのはバルタザール。

 凄まじい量の魔力を解き放ち、それだけで爆風がラウラを襲う。

 しかし本番はここから。

 バルタザールがパチンと指を鳴らすと、ラウラを包むように展開された魔力が一気に爆発した。

 常人ならば、木っ端みじんになってまともに骨も残らない。

 しかし爆炎が晴れた先にあったのは、翼で体を覆い全くダメージを受けていないラウラの姿だった。


「【血を愛す薔薇の魔女】……攻撃力が売りの深淵魔法とは聞いていたが、防御力もなかなかのもんだな」

「あなたこそ。すごい火力で丸焦げになっちゃうかと思ったわ」

「よく言うよ」


 憎まれ口をたたくバルタザールを前に、ラウラは大きく翼を広げる。

 そして、どこからともなく現れた、先が三本に分かれた鞭を手にした。

 鞭には薔薇の茎にあるような棘が大量についていて、一目見ればその殺傷能力の高さが分かる。


「【薔薇鞭・吸血咲裂】」


 ラウラが振るった鞭は、前に進むごとにその長さを伸ばしていく。

 さらに彼女が魔力を加えることで、あらゆる物理法則を無視した不規則な動きでバルタザールへと襲い掛かった。


「おっとっと。かわいい顔してるのにえげつない攻撃だね」


 そう言いつつも、バルタザールは軽快にステップを踏み、時には魔力を爆発させて鞭の軌道を逸らしたりしながら、完璧に攻撃を回避する。

 さらに隙を見ては、ラウラに攻撃を仕掛け、ラウラもまたそれを鉄壁の防御で通さない。


 超高次元の攻撃と防御の応酬。

 二人の戦いを普通の人が見れば、激しく殺し合っているように感じるだろう。

 ただラウラにもバルタザールにも、あまり殺意はない。

 この程度では死なない相手だと、お互いに認識しているのだ。

 相手の実力を試しつつ、戦いという名の遊びをしている。

 そんな感覚が、二人には共通している。

 だからこそ。


「ちょっとストップ。あれ見なよ」


 動きを止めたバルタザールに言われて、ラウラは地上の様子へ視線を落とす。

 するとそこでは、ちょうど倒れ込んだ頭領ディルクをクリストフが捕えているところだった。

 トップ同士の戦いに、たった今決着がついたのだ。


「あら、残念。あなたのお仲間は負けちゃったみたいね」

「別に俺の仲間ではないよ。あーでも味方みたいなこと言っちゃったんだっけ。まあいいや、俺には関係ない」


 ちゃらちゃらした言動に、薄っぺらい態度。

 バルタザールは極めて適当な男である。


「さーてと、パーティーは終わりみたいだし、俺たちも終わりにしようか」

「あら、逃げるの?」

「冗談はよしてくれよ。今ここで俺と君が決着がつくまで本気で戦って、いったい何が生まれるっていうんだい?」

「私は楽しいけれど」

「ああ、そうか。君はそういう人だったね」


 まだまだ不完全燃焼な様子のラウラを見て、バルタザールは軽快に笑う。

 そしてくるりと踵を返し、背中越しに言った。


「君とはいつか、またどこかで戦うような気がするよ。気がするだけかもしれないけどね。知らないけど」


 言い残して姿を消したバルタザールに、ラウラは呆れ気味に呟く。


「どこまでも適当ね……」


 それからラウラが地上に降りると、盗賊団の制圧が完了し騎士たちが帰りの準備を進めているところだった。

 彼女にクリストフが近づいて言う。


「助かった。もしあのままバルタザールに暴れられていたら、こちらの勝ち目はなかった」

「どういたしまして。私もあなたの部下に助けてもらったから、貸し借りはなしよ」

「バルタザールの確保までは、さすがにならなかったか」

「そうね……もし私と彼が本気で戦っていたら、下にいたあなたたちはみんな巻き込まれて死んでいたけど、それでも良かったかしら?」

「……」


 冗談を言っているようには見えないラウラの口調に、猛者であるはずのクリストフの顔が引きつる。

 緊張をほぐすかのようにラウラは妖艶な微笑みを浮かべ、それから言った。


「あなたのところの当主、アルガ・キルシュライトに興味があるの。会わせてもらえるかしら?」


 ――クリストフvsディルク、勝者クリストフ。

 ――ラウラvsバルタザール、決着つかず。

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