第20話 戦後談①

 “五星”アルバン・ダイスラーの失脚。

 この一報が伝わると、バルテイ王国中が騒然とした雰囲気に包まれた。

 キルシュライト家、ダイスラー家、さらにドナート家、ハイン家、メルクル家からなる“五星”は、現在の体制となってから三百年以上に渡って、その地位を守り続けてきた。

 “五星”の陥落というのは、この時代を生きる誰にとっても初めての経験なのである。


 特に大きな混乱が生じていたのは二つの場所。

 一つはダイスラー家の領内であり、突如として領主不在の状況となった領民たちは、この先どうなるのかと口々に話し合って頭を悩ませていた。

 アルガの計らいにより、アルバンが捕えられたのはビアンカの主導により行われたこととなったため、ビアンカが“五星”の座を世襲するのではないかという見方もあった。

 しかし大半は、ダイスラー家そのものが取り潰される可能性が高いと見ている。

 何せアルバンは、悪名高い魔国ブフードと繋がっていたのだから。


 そしてもう一か所。

 にわかに激震が走ったのが、王都フェルンハイムにある宮廷だった。

 既に『運命』からの手紙によって「星が墜ちる」という情報は掴んでいたものの、それがダイスラー家のことだとは誰も思っておらず、さらに事態があまりに急に起きたため、宮廷の人々は想定外の対応を迫られたのである。

 王族や大臣たちがドタバタするなか、第一王女エミーリアの部屋では、例によってエミーリアと第三王女ローザがお喋りをしていた。


「まさか『運命』の言っていた“星”が、ダイスラー家のことだなんて微塵も思わなかったわ」

「私もよ、お姉様。キルシュライト家が復興していく様子を見て、てっきり『運命』の視た未来が外れたのかと思ったけれど……」

「今までに『運命』の未来視が外れたことは一度たりともない。今回もきちんと的中させてきたわね」


 そう言うエミーリアの顔は、どことなく楽しそうだ。

 仮にも国を揺るがす大きな事態ではあるのだが、こういった緊急事態を非日常として楽しめてしまう性格なのである。

 良い意味で図太いというか、王族という特殊な家庭環境にはぴったりの性分だ。


「この先、ダイスラー家はどうなるのかしら。主導して計画を止めたのは長女のビアンカとは聞いているけど」

「それがね、お姉様」


 ローザは仕入れた情報を披露するチャンスと見るや、得意気な顔で姉にこっそりと話す。


「ダイスラー家の人間だけじゃなくて、魔国ブフードのメンバーも逮捕したことで、ビアンカの功績は大きいという評価なの。だからビアンカがダイスラー家を継ぐなら、“五星”として存続させても良いっていう意見もあったみたい。下手に勢力の均衡を崩したくないっていうお父様の考えもあって」


 ローザたちの父とは、もちろん国王のことである。

 国王ヨハン・エーベルハルトは、ビアンカの功績に免じて、彼女自身は魔国ブフードと何の関わりが証明できた場合、ダイスラー家を“五星”の地位に留めても良いと考えたのだ。


「じゃあ、ダイスラー家はアルバンたちが逮捕されるだけで存続するの?」

「話はここからなのよ」


 ローザは姉の言葉に首を振ってから、さらに声を潜めて話を続ける。


「かなり寛大な処分になりそうだったけれど、当のビアンカ本人が、責任を取って“五星”から退くって言い出したんだって」

「え? せっかく立場が保証されるチャンスだったのに?」

「うん。でも、これにもまだ続きがあって。どうやらダイスラー家以外の“五星”のメンバー、特にキルシュライト家のアルガが、お父様含め宮廷の主要な人たちに接触しているみたい。処分が決まるのは、もう少し先のことになりそうなんだって」


 ビアンカが“五星”から退くと通達したのは、アルガと出会った時に交わした取引の条件を守ってのこと。

 しかし、ビアンカにその行動を取らせることすら、アルガが仕組んだ計画の一段階にすぎない。

 ビアンカが約束を守ることを見越して、アルガはさらなる一手を打っているのである。


「アルガ・キルシュライト……。確か、私と同い年だったはずよね?」


 エミーリアの問いかけに、ローザは黙って頷く。

 その反応を見てから、彼女は相変わらずの楽しげな様子で言った。


「何度か見掛けた時は、本当にろくでもない傲慢怠惰な貴族家の息子という印象だったけれど……。何だか彼に、興味がわいてきたわ」


 王女という立場からして、エミーリアも当然『無限の運命』の主要なキャラクターである。

 そんな彼女と、悪役貴族アルガが出会うのも――まもなくのことだ。




 ※ ※ ※ ※




 時は少し戻ってキルシュライト家の屋敷。

 俺、エルザ、クリストフの戦闘に出たメンバーが無事に帰還し、フローラとメディ、カールは盛大に喜んだ。

 そんななか、俺はクリストフの隣に立つ女性を見て思わず真顔になる。


 ――何でだよ、何でここにいるんだよ。


『血薔薇』のラウラ。

 どうやら今は臆病な人格の方が出ているようで、おっかなびっくり俺と目を合わせている。


「あ、あの……すみません……。私がついてきたいと言ったわけではなく……あ、いや、私が言ったんですけども……」

「お前の人格のことは知っている。もうひとつの人格と話をさせてくれ」

「は、はい……今すぐに……」


 ラウラはカバンから小さな針を取り出した。

 そしてそれを、躊躇なく自分の首筋に突き刺す。

 俺は知っていたから驚かなかったけど、他のみんな――特にフローラとメディは、「ひっ」と声を上げた。

 そして数秒後、すっかり顔つきの変わったラウラが口を開く。


「アルガ・キルシュライトね。会いたかったわ」

「どうしてここにいる。お前はグリムドア帝国の魔術師であるはずだろう」

「それがね……」


 ラウラは端的に、自分がここにいる理由を説明する。

 もうひとつの人格が、グリムドア帝国の魔術師という環境に疲れ果ててしまったこと。

 そこへ出身であるバルテイ王国のキルシュライト領が復興したことを聞き、こちらへ帰ってきたこと。

 その道中で盗賊団に捕まり、何やかんやあってクリストフと一緒にキルシュライト家の屋敷へやってきたこと。


 全てを聞き終えた俺は、何度か軽く頷いて話を飲み込んだ。


 ――確かに、筋は通っているね。


 原作でも、臆病な性格の方は過酷な環境にストレスを抱えていた。

 しかし逃げ出すところまではいっていなかったが、故郷が良い環境になったと知り、気持ちが傾いて原作外の行動に出てしまったのだ。


 ――つまり彼女を引き寄せたのは俺ってことか……。


「それでラウラ、お前はこれからどうするんだ? お前ほどの魔術師ともなれば、いろいろな選択肢があるはずだが」

「うーん、そうだね……。私が一番好きなのって、やっぱり戦いなのよね」


 そう言うと、ラウラは舌なめずりをするようにペロリと舌を出しながら、俺に顔をぐいっと近づける。

 それに伴い、薔薇の強い香りが漂ってきて鼻腔を刺激した。


「何だか君といると、面白い戦いに出会えそうな匂いがするわ」


 ――『血薔薇』は両刃の剣。味方であればこれ以上なく心強いけど、制御しきれなければ痛い目を見ることは間違いないね……。


 しばしの思考の後、俺は結論を出した。

 ここで『血薔薇』を手放し、いつか彼女が敵として立ち塞がることが、一番のリスク。

 それだけは絶対に避けたい。


「ようこそ、キルシュライト家へ」


 俺が差し出した右手を、妖艶な微笑みを浮かべながらラウラは握り返したのだった。




 ※ ※ ※ ※




「ご報告、よろしいでしょうか」


 グリムドア帝国内のとある場所。

『運命』の異名を持つ魔術師の元に、ひとりの部下がやってきた。


「話せ」


『運命』の許可を得て、部下は手短に報告事項を述べる。


「ご報告すべきことは二点。一点目、『血薔薇』のラウラ様がバルテイ王国内に現れ、魔国ブフード最高幹部バルタザールと交戦したとの情報が入りました。決着はつかなかった模様です。そしてもう一点、ラウラはその後、バルテイ王国の貴族であるアルガ・キルシュライトと接触したようです。以上になります」

「ふむ。分かった。下がれ」

「失礼します」


 部下が去った後、ひとりになった部屋で『運命』は静かに呟く。


「アルガ・キルシュライト。どこまでも運命をかき乱す男め……」

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